第185話
「で? どこに運べばいいの?」
「決まってるじゃないー。訓練場よー」
というエレナの要求通り、一旦畑を後回しにして訓練場へとやって来ると、まだ開始前だったようで、地面が平坦で綺麗なまま全員が整列してた。
なるほど。エレナは元・傭兵としてグレッグと共に数多の戦場を駆け抜けた凄腕だったっけ。いつもリビングで俺の負けず劣らずぐーたらしてるからついつい忘れがちだった――
「母さん。なんで頬を抓るの?」
「あらー? どうしてかしらー?」
本当に自覚はないらしい。しかし、なんとなく俺が内心で呟いた事が伝わったんだろうね。アリアも時々同じ事してきてたし、親であるエレナに同じ事が出来ない訳がないのかもな。
そんなやり取りをしながら腕っぷし自慢の村人連中とグレッグの間に降り立つ。
「おや? 少年——とエレナ……」
「やっほー。グレッグちゃーん」
にこやかな笑顔を浮かべながら手を振るエレナに対し、グレッグの表情が苦悶に歪む。こういう顔をするのを見るのは何気に珍しい。いつも冷静で物腰柔ら――あぁ。もちろん訓練時以外はだよ? さすがの俺も、アレを見て冷静で物腰柔らかなんて言葉は絶対に出て来ねぇって。
「どうしたのですか? 貴女がこんな場所に来るなんて珍しい」
「訓練に参加してあげるためよー」
「結構です」
速攻で断りを入れるグレッグは珍しいな。来るもの拒まず去る者許さずといった感じで、基本的に参加者ウェルカムだと思ってたんだけどな。
「どうしてかしらー?」
「貴女の参加に、このごく潰し共が欠片も耐えられないからです」
さらりと言ってのける爆弾発言に、俺も村人連中もえ? って顔になる。
グレッグの訓練でも死屍累々って感じになってるって言うのに、エレナはその上を行くの? 外見のおっとりとした態度からはそういった素振りが全く見られないんだけどなー。
「大丈夫よー。これでも全盛期より弱くなってるしー、手加減くらいはするわー」
「貴女の加減という言葉に信用があると?」
あの責めるような視線……どうやら相当な回数なんかあったんだろう。
「そもそも。いかなる理由があって訓練に参加などと言い出したのです?」
「……どの程度戦えるのか気になったからよー?」
「少年」
「甘い物食いすぎて太ったから痩せたいんだって」
速攻で嘘だと見抜いたようで、俺にパスが飛んで来たんで端的に説明するとグレッグが深い深いため息を吐いたし、エレナはニッコリ笑顔圧を出したまま頬を抓って来る。
「いいですかエレナ。彼らはまだまだ使い物にならない新兵以下の存在でしかありませんが、この領地の大切な戦力です。それを痩せたいがために消費するのは許可できると思っていますか?」
「……」
「なので、訓練への参加はお断りです。それに、痩せたいのであれば外周を走るだけでもいい運動になるはずです」
「確かに」
ダイエットに最適——かどうかは知らんけど、ランニングであれば誰にも迷惑はかかんないと思うが、提案されたエレナの表情は浮かない。
「それじゃあつまらないじゃなーい」
「貴女は瘦せたいのではないのですか? つまらないという理由で止めるのであれば、迷惑以上に怒りがこみ上げるので関わらないでもらいたい」
まったく同意見だね。戦争はぐーたらとは対極にあるから関わり合いになりたくはないけど、戦力を保持しようと考えたのはヴォルフなので文句はない。
そしてそれは、いつ起きるか分からん戦争を想定しての物であって、怠惰に任せて食いまくって身に付いた脂肪を落とすために居る訳じゃない。そんな事に使われておばばにも治せない怪我なんてされたら迷惑以外の何物でもないよなー。
「むー……分かったわよー。それじゃあリックちゃん。お願いね♪」
「……何が?」
話の流れが急激にカーブしたどころか逆方向の俺に向かって飛んで来た。
当然何を言ってるか分からないんで問うてみると、エレナは満面の笑みで俺の問いに答えてくれた。
「決まってるじゃない。お母さんが運動できる場所を作るのよー」
「なら村の周りを走ればいいじゃん」
一応村の外には囲うようにぐるっと道を整備——って言うのかな? とりあえずこの世界基準で運動に適した仕様になってるんで、そっちに行くように提案する。
「そうねー。とりあえず確認に行くわねー」
「それがいいよー」
こっちは畑仕事があるんで、エレナとはここでお別れという事で。
——————
「ういーっす」
「おーリック様。お待ちしてましただよー」
いつも通り畑にやって来て、土魔法で栄養を注ぎ込んでまた別の畑へと向かっての繰り返し。早く腐葉土が来ないかなーと考えながら半分終わった辺りかな? つまらなそうな顔をしたエレナ――とグレッグがいた。
「あれ? 2人してなんか用事?」
「ええ。いきなりで申し訳ないのですが、外の道を修復してほしいのです」
「うん? 昨日直したばっかのはずだけど?」
ロリ伯爵が居ようが訓練はいつも通り行われ、あちら側の騎士も参加をしたんだけど、当たり前っちゃ当たり前だったけどやっぱり腕っぷし自慢の村人連中とは格が違うかったねぇ。
特に尻に敷かれてる気弱騎士。あれが強かった。グレッグには遠く及ばなかったけど、それでも同類のようで戦闘時は別人のようになってたし、それを見てた魔法使いもそりゃあもう恋する乙女って感じの表情をしてた。
そんな連中ももちろん外周をした。その時も多少平坦になったんで、いつも通り凸凹のある道に戻したつもりだったんだけどなーと現場に行ってみる。
「うわぁ……こりゃ凄い」
地面に残ってる足跡にそれしか声が出ない。一体どれだけの力で地面を蹴ったのか分からないけど、等間隔にえぐれてる。
「感心するのは結構ですが、こんな事をされてはウジ虫共の訓練に支障をきたしますので即修理をお願いしますよ」
「ふえーい」
面倒だなーと思いながら地面を直していくけど、これだけくっきり足跡が残るって……いったいどれだけ重いんだ?
「母さん?」
「あらーごめんなさいねー?」
重いという単語が引っかかったんだろう。気が付けばまた頬を抓られてた。
「というかさー。なんでこんなに力強く地面を蹴る訳? 加減すればいいじゃん」
家がこんな風になった事が無い以上、外周ランニングでは随分と力強く大地を蹴って走った事になる訳で、何故そこまでしたのかの理由が分からないな。
「運動は力いっぱいするものよー?」
「そうなの?」
「当然でしょう。何事も手抜きで行えば力になりません。少年も全力でぐーたらとやらを行っているのでしょう?」
「当然」
確かにそう言われると当たり前っぽいけど、だからって1歩走る度にこんな事をされたんじゃあこっちの身がもたんので別の運動を勧めよう。地球にゃ結構な数のエクササイズがあったし、多少は心得もあるからな。
「じゃあ別の運動にして。いちいち直すのが面倒臭い」
「そーいわれてもねー。他には戦闘訓練くらいしか思いつかないわー」
「貴重な兵力を潰されたのくないので却下です」
「グレッグが相手すればいいんじゃないの?」
「出来なくはりませんが、愚図共の訓練がありますので」
つまり、そんな事が出来なくなるくらいエレナの相手をするのは厳しいって事か。おっとりした見た目からは想像できないほど強いらしい。人は見かけによらないってのはこの事だね。
「じゃあ新しく作るしかないかー」
「あらー。リックちゃんには何かあてがあるみたいねー」
「だねー。王都で読んだ本にいくつか書いてあったの思い出してねー」
さて……何を選択するかな。
ダイエットに最適なのは有酸素運動だと聞いた事がある。有酸素運動……ランニング――は今まさにダメなのが証明されたしなー。どんなのが有酸素運動なんだろうかねぇ……。
確か筋トレみたいに息を止めない運動全般だよな。ってなると――これだ。
「よし。プール行こう」
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