第180話

「賑わってんなー」


 村に戻り、やって来たのは酒場。と言っても、ほとんど月に1日——今日だけしか開かんような店とも呼べない建物で、近づけば大人連中のバカ騒ぎの声とかすかな酒精の匂い。

 いいなぁ……俺も飲みたいなーと酒を凝視しながら店内へ。


「おうリック様でねーか。こっだな場所に何しに来ただ?」

「酒でも飲みに来たんでねが?」

「わははは。子供にはまだ早いべ」

「んだんだ」


 うん。ちゃんと酔っぱらってるな。羨ましいなーと思いつつも土板に乗せてあった首なしウルフの死体をどっさどさ落とす。


「ちょっとウルフ狩って来たんだけど解体が面倒臭くてさ。やって」


 ナイフは……グレッグに武器を作る要領で土でナイフを数本作って置いてさっさと退散する。あー酒飲みたい。あと10年も待たなくちゃならないのかー。そこそこシンドイ……。


「おーいリックー」


 ボケーっと薄い酒の匂いに思いを馳せ家に向かってると、リンを始めとしたガキ連中数人が駆け寄って来た。なんか後ろの数人が泣いてるのはちょっと気になるけど、ずぶ濡れって事はプールから来たんだろう。


「どうした?」

「滑り台から水が出なくなっちまったから何とかして」

「……分かった」


 あぁ。そういえばそんなもんあったっけかと思い出す。このクソ暑い中でプールで遊ぶとなると、あの滑り台は結構頻繁に使ってたと思うんだけど、たぶん魔力切れだろう。意外と長く使えたな。


「じゃあ乗せて」

「……まぁいいか」


 とは言え濡れるのは嫌なんで土板をぐぐっと広げてガキ連中を乗せてやってから現場までひとっ飛びでやって来たんだが、俺の脳内にあるプールの水量と目に映る水量に大きな差があった。

 おまけに周囲が水でびっしゃびしゃ。おかげで洗濯に使う水量が大きく目減りしてて……よく文句が来なかったな。


「……おいリン。なんだこの有様は」

「いやー。楽しくてつい」

「ついじゃねーよ。これは生活用水として洗濯とかに使ってもらうための水を流用してんだぞ。そのうち母親たちが文句を言いに来ると思うぞ」

「もう言われた」


 どうやら既に説教済みだったらしい。だから後ろのガキ連中が泣いてたのか。

 その説教が終わり、再び水が溜まるまでどうすっかなーとあれこれ悩んでたら丁度俺が通りかかって、手っ取り早く水を何とかするために、滑り台を引き合いに出して連れて来たんだとか。


「リンにしては頭を使ったな」

「どういう意味だよ!」

「そのまんまの意味だよ」


 ぎゃーぎゃー喚くリンを無視してまずは魔石に魔力の補充をする。


「おー。水が出たー」

「さて……」


 次は大きく目減りした水の補充。ドバドバ吐き出すけど水の流れもあるんで中々溜まらん。しばしボケーっとする。


「なぁなぁ。もう遊んでもいいか?」

「また説教されない程度にしろよ」

「わーかってるって」


 本当に分かってるのかねぇ。まぁ、そうなったとしてもまた説教されるだけなんで俺にはどうしようもない。

 とか思ったら。よほど説教が聞いたのか、きっとこうなる前は馬鹿みたいに騒ぎまくってただろうガキ連中が非常に大人しい。まぁ、これはこれでこっちに被害がこなそうだからいいか。


「なーリック。暇だよな」

「ぐーたらに忙しいに決まってるだろ」


 俺に暇など存在せぬわ! ぐーたらに興じる事こそぐーたら道の初歩にして奥義。これを死ぬまで続ける事こそ我が指名也!


「じゃあ暇だな。ちょっと話聞けよ」

「聞くだけならいいぞ」

「最近暇だ」

「魔道具作りしてないのか?」


 勉強が嫌いな癖に魔道具作りにだけは精を出してたはずのリンからまさかの暇発言。どうせ飽きたんだろうと重いって特に驚きもせんかったが一応問い返してみる。


「おれじゃねぇ。ガキ連中が暇だって言ってんだ」

「いい事じゃん。ぐーたら出来るって事だし」

「誰もがリックみたいな奴じゃねぇの!」

「ふーん……残念だな」


 暇という概念がよく分からんくなった俺からすると、自ら労働に勤しみたいタイなど狂気の沙汰としか思えないんだけど、ガキ連中からすると結構マジな悩みらしい。


「なら勉強でもさせるか?」


 これでも一応おっさん。大学も出てるから人に物を教える程度の事は出来る。まぁ、精一杯頑張って中学くらいまでだけどね。


「勉強したって何の役にもたたねーしなー」

「多分10年20年後には役に立つぞ?」


 今は何の意味もないかもしれんけど、未来を見据えれば、きっとここは限界集落から大きな村くらいにはなってるかもしれない。そうなれば、いくつか店舗も出来てるだろうからそこで働いてもらう予定だし、そうでなくとも冒険者になったり他の街で職に就きたい場合も読み書き計算が出来るのは有利にしかならんだろ。


「じゃあ毎日勉強会出来んのか?」

「無理に決まってんだろ。俺を過労死させる気か」


 俺はぐーたら神に生涯の忠誠を誓っている。そんな神に対して毎日労働に勤しむ姿など見せたら、たちまち降段——いや、最悪破門させられるかもしれないのに、それを強行したところで得られる益なんてほとんどない。

 なので、なんと言われようが気が向いた時くらいのペースじゃないと無理。


「だろ? じゃあ別で何か暇つぶしになることやれよー」

「なんかねぇ……」


 暇つぶしになるイベントねぇ……やるんだとしたら勉強に身が入る何かがいいんじゃないかな?

 そうなれば、勉強にも今以上に熱心にやってくれるだろうし、定期的に同じ事を繰り返せばやる気の維持にもつながるだろう。だからと言って勉強会のペースを上げるつもりはさらさらないがね。


「うーん……だったら買い物でもさせてみるか?」


 文字が読めて簡単な計算が出来るんであれば、買い物は十分に出来る。そうやって勉強が身についてると理解させるのはいい方法なんじゃないか?


「買い物って……金ないぞ?」

「確かに」


 この村では、領主であるヴォルフがルッツから物品を買い取り、それを村人に配るって感じで生活が回ってるので、一応貨幣価値的なモンはちゃんと教えてるけど実物を見たってガキは少ないだろう。

 どうすっかな……おままごとの一環で作り物の金を作って配るか? 一応実物見せてるから偽物だと分かるだろうけど、問題となるのはモノの値段だよなー。

 金の価値は分かっても物の価値までは教えてない。というか、そういった俗世に関わる価値観にほとんど興味がないんで俺も全く分からんから教える事が出来ない。

 なら価値が分かってる奴——ルッツに頼むか? いい手ではあると思うけど、その為にこまごました物を運ばせるのは村の生活にとってマイナスだし、あんま無茶を言いすぎて貸しを作るのは嫌なんでやりたくない。


「じゃあ社会見学かねー」


 見学であればお金は使わないし、やり取りを見てるだけでも自分がどの程度出来るのかの指針にもなると思う。一応この村から1日の距離に声デカ伯爵の領地のここより大きい村がある。

 そこで商売のやり取りだったりなんかを見学させればいいんじゃないかね。


「しゃかいけんがく……ってなんだ?」

「こっから1日くらい行った先に別の村がある。そこにガキ連中を連れてって、売り買いの現場を見学させたり。実際に買い物をしてみたりって事をさせる催し」

「へーいいじゃんそれ。やろうぜ」

「父さんが帰って来たら聞いてみるよ」


 1番の問題は魔物。これに尽きる。村の周囲には大した魔物が出ないから安全と言えば安全だけど、件の村のあたりまで行くと普通に森があるんでウルフとか鳥系の魔物が出てくるんで危険度がグッと増す。

 俺が出張れば簡単に事は済む。とはいえ俺はぐーたら神を信奉する信者であり、ぐーたら道の段位持ち。1日がかりの仕事など懲役刑と何ら変わらんのでノーサンキューだし、こういう時のグレッグ率いる腕っぷし自慢連中だ。

 すでにウルフを相手にいくらか戦果を挙げているし、数も居れば最終防衛ラインとしてグレッグも鎮座してる。なので安全面は問題ないと思うから、この案はヴォルフに通ると思う。


「さて、そんじゃ俺は帰るわ」

「おー。あんがとなー」


 さーって。後はキノコをルッツに卸せば今日のお仕事は終わり。ぐーたら出来る。

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