第181話

「おー。こんなにたくさんのフニィ茸はありがたいヨ。リック様にはいつも感謝ネ」

「なんのなんの。これもぐーたらのためだしね」


 渡したキノコに目を爛々と輝かせて受け取るルッツに、生返事を返して銀貨を受け取——らない。貰ったところでここじゃあ何の役にも立たないからな。なので必要な物があればルッツに頼んで持って来てもらうのが通例だ。

 ぐーたら道に身を置く人間として、1月程度の待ちは苦にはならない。モチロン例外はいくつもある。ハンモックの時とかはマジでしんどかったな……よく1月耐えられたもんだと自画自賛したいくらいだ。


「それにしても、随分豊かになったネ」

「そうか? 俺としてはまだまだって所だけどね」


 俺が毎日井戸に水を入れなくても平気になり、新鮮な肉が食えるようにもなった。クーラーの完成も間近で腐葉土の入手も確実に近いものにもなったうえに奴隷購入の資金も手元にある。

 まさにここからが、ぐーたらライフの入り口に過ぎない。


「……リック様の理想は高すぎるヨ」

「しゃーない。俺のぐーたらに対する思いは生半可じゃないからな」


 ようやく手に入れたぐーたら出来る環境だ。これを60年も70年も満喫するにはまだまだ足りないものばかり。これでいいやなんて思ってしまうのは、ぐーたら道では降格に繋がる行為だし、この程度で満足するようじゃそもそもぐーたら道には向いてない。


「まぁ、この村が大きくなってくれるのはワタシの儲けに繋がるヨ。だから頑張ってそのぐーたら? を続けてほしいネ」

「死ぬまで続けるに決まってんだろ。そっちこそ、次また腐葉土間違えたりしたら卸す数減らすからな」

「次は間違えないヨ」


 とりあえず腐葉土は最優先で大量に欲しい。あればあるだけ俺のぐーたらライフに割ける時間が増えるんだ。1度はこの世界の概念になかったっぽいから大目に見たが、もう1回は俺のぐーたらライフを邪魔してると判断するしかなくなる。


「そうならない事を願ってるよ。ただでさえ砂糖の一件でお前の信頼度は落ちてるんだからね。これ以上下げないよう努力しな」

「分かってるネ。リック様の商品、商会の主力。だからもっと売ってもらえるよう努力するから見捨てないで欲しいヨ」

「期待してるよ。その成果が一定に達したら、こっちも新しい商品を売ってあげる」

「……魔道具ネ?」


 まぁ、そう考えるよなー。ウチで扱ってる商品は薬草と調理器具。これに加えて最近はキノコが追加された。ここにさらに何か追加するというのであれば、俺が趣味と実益を兼ねて作ってる魔道具が1番に思い浮かぶだろう。


「まぁ、その辺はその時が来たら教えるよ」


 簡単な着火の魔道具ですら大幅過ぎるサイズダウンを実現してるんだ。効果は据え置きだろうと喉から手が出るほど欲しがる連中は居るだろう。

 まぁ、だからと言って俺が注文通りに魔道具を作る訳がない。よほどの大金を積めばぐーたらの心に鞭打って嫌々作業をするかもしれんけど、今の所はそうなる未来はナノレベルで訪れないだろうね。


「うーん……そう言われるとやる気出てくるヨ」

「せいぜい頑張りな。そんな事よりちょっと聞きたいんだけど、ルッツって奴隷売ってたりしたっけ?」

「さすがに無理ヨ。奴隷扱う店、国の査定とても厳しいネ」

「じゃあ知り合いは居る?」

「居るヨ。そんな事を聞いてどうするネ?」

「買うに決まってんじゃん。まぁ、父さんの許可が出ればの話だけど」


 普通に提案したんじゃ断られる可能性があるからな。酒で釣ろう。それも特別な酒でだ。何故特別かって? 声デカ伯爵の所で高ぇ酒を飲んできてると確定させれば、いつものエール程度じゃ首を縦に振らんだろう。

 そこで登場するのが、蒸留酒よ。幸いな事にエールを買う金は十分にある。これを火魔法で水分だけを蒸発させれば高純度のアルコールになる。これを樽にでも保管しておけば、時間経過で少しづつ美味くなるからたぶんそれで簡単に落ちる。

 エレナは……黙っておく――のはバレた時に地獄見るから報告は必要だな。問題なのは首を縦に振るかどうか。こっちは単純で簡単に餌に食いつくヴォルフと違ってそう簡単にはいかない。

 一応甘い物が頭おかしいレベルで好きってのは知ってるけど、エレナはヴォルフと違ってちゃんと自制が出来る大人だ。なのでそれで釣れる可能性は低い気がする。


「なぁルッツ。母さんの弱点とか「ないヨ」あっそ」


 うーん。これは何かあるな。そしてそれを恐怖で縛ってる訳か。まぁ、エレナの恐怖に逆らえる人が居たら教えて欲しい。理不尽にばら撒くような性格じゃないのが幸いだね。


「とりあえず聞いてみるだけ聞いてみるか」

「それがいい思うヨ」


 何事も聞いてみなけりゃ始まらん。それに、奴隷——じゃなくて村人が増えるのはこの村にとってもいい事だろうしね。


 ——————


「母さん。ちょっといい?」

「あ、あらリックちゃーん。どうしたのかしらー?」


 家に帰って来たら少し焦った様子のエレナがリビングで少し焦った様子で椅子に座ってた。ちらっと足元を見ると、扇風機が隠すように置いてあった。


「それ「魔石の交換をお願いねー」……うい」


 ニッコリ笑顔に黒いオーラ。相変わらず怖いねぇ。これ以上突っ込んだりしたらもっと怖くなりそうなんで大人しく魔石に魔力を込め直す。


「助かったわー。いきなり動かなくなっちゃったから困ってたのよー」

「へー」


 一応言葉通りの可能性も考慮して、魔法陣なんかを確認してみるけど不備は見当たらない。うん……やっぱりスカートの中に突っ込んで涼を得てたっぽいな。


「ところでー、何か聞きたい事があったんじゃないかしらー?」

「そうそう。ちょっと頼みたい事があるんだけど」

「なにかしらー?」

「奴隷が欲しいから許可頂戴」

「……随分と突然ねー。どうしてかしらー?」


 聞かれたんで俺が思い描くぐーたらライフに必要な旨を滔々と語った。まぁ、人が増えれば、作付け面積が増えて税収も上がる程度の恩恵しかないし、それもこれも腐葉土が安定して入手できるようにならないと始まらない計画だけど、言っておくに越した事はないだろう。


「——という訳なんで、奴隷が欲しい」

「理由は分かったけど、それはちょっと難しいわねー?」

「どうして?」

「お金はどうするのかしらー?」

「ちゃんとあるよ。さっき稼いだ金貨2枚」


 どうよと言わんばかりに見せつける。本当であれば100枚の余裕があるんだけど、さすがにどうやって手に入れたんと聞かれる率100パーだからな。そっちはまだ黙っておこう。


「どうしたのかしらこんな大金ー」

「えーっと……名前は覚えてないけど、伯爵の近くに居た魔法使いが戦えって言ってきたからこの額で請け負った」

「それなら構わないけど、奴隷を買うのは賛成できないわねー」

「どうして?」

「みんながあんまりいい風に思ってないからよー」


 そうして説明された奴隷制度は、ちゃんと俺が知ってるテンプレ制度だったけど、どうやらこの世界基準としては、借金奴隷だったとしてもそれが後ろめたい原因である奴隷が一定数——いや、結構な数いるらしい。


「俺が欲しいのは農家の奴隷なんだけど?」


 後ろめたい原因と言われてパッと思いつくのはやっぱりギャンブルだろう。こんな世界で他に娯楽と言えば女を買うくらいか? 世事に興味がないんでネット小説情報頼りだけどそう間違っちゃいないだろう。

 なので、そう言うのにかかわってそうな技術職の奴隷とか戦闘が出来る奴隷が欲しい訳じゃない。単純に畑仕事のマンパワーが欲しいだけだから関係はないだろうと思ったんだけど、エレナは首を横に振った。


「リックちゃん。今の王国がどんな状況か分かるかしらー?」

「父さんに救ってもらった弱国?」

「……まぁ、間違ってない訳だけど、復興に向けて動いてるのよー」


 確かに。今年で滅亡の憂き目から数えて大体——どのくらいだろう? まぁどうでもいいか。少なくとも5年以上は経ってるって分かってりゃ十分だけど、それと奴隷と何の関係があるんだろうか?

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