第179話

「えーっと……じゃあここでいいな」


 この里の全容はぐるっと丸く囲んだ記憶しかない。そして大部分が草や花。低木が占めてるし、なによりこうして安全な住処を与えているのはフニィ茸の回収こそ最優先なんだ。であればそこは壊せんのは当然。

 となると、自然と土俵を作るのは外側一択なので入って来た背後に作る。他にいい場所があるかどうか探すのは移動するのが面倒だからね。

 まずはじめに柵をぐぐっと動かして土俵のスペースを確保して、地面を盛り上げてギュッと固めるけど、詳しい硬さが分からんので適当なキノコを引っ張って来て踏ませたり。ピョンピョン飛ばせたりして適当に決める。

 円の大きさはどうすっかな。小さいと尻相撲になるし、デカすぎると面白くならなそうだからこの辺はキッチリ決めたい。


「……お前等って大きさ変わらん?」


 そう問いかけると、ごくまれに例外はあるっぽいらしいけど大体同じって回答が来た。ふむ……となると記憶にある通りの大きさでも問題ないか。日本でも200オーバーと100ちょいって体重差の一番だってあるしな。

 後は外周の縄? みたいなのが必要だがそんなもん無いので余りに余りまくってる麦の藁でそれっぽい物を作って埋め込むと――いい感じに土俵っぽくなったから一応完成でいいだろ。


「……遅いな」


 せっかく俺がわざわざ労働してやってるって言うのにちんたらするなんて、調子乗ってるとしか思えんなと内心イライラしてると、村長だろうキノコと他と比べてひとまわりくらいデカいキノコが近づいて来るじゃないか。


「うん? 聞いた話じゃ結構数が居ると聞いてたんだが1じゃねぇか」


 ふむふむ……村長の話を聞くに、どうやら問題のあるキノコ共が生意気にもこの俺の招集だと言っても聞く耳を持たんらしい。

 じゃあ隣のデカいのはなんだと聞いてみれば、どうやらそんなアホ連中を取り締まってた側のキノコらしいんだが、まったく覚えてないが俺に軽くあしらわれたせいでその威厳が地に落ちてしまってて、新しくその地位に就いた奴が今の状況を作り出しているんだとか。


「俺は文句を聞くために来たんじゃない。さっさと連れて来いよ」


 なになに……せっかく体格に優れてるというのに、数の暴力の前に屈したとは情けないな。所詮はキノコか。これがアリアやヴォルフであれば、多少の物の数なんてひっくりかえせると思うんだけどなー。


「だったら親でも何でも使って全員連れて来いよ。俺の不興を買ってこの柵をぶっ壊されたくないだろ?」


 手に負えないと言っても、それはあくまでキノコ世界での話でしかない。これが壊れれば、多分だけどひと月も経たずにここはキノコの里からウルフの集落に様変わりするんじゃないかな?

 なんて脅しをかけたんだが、デカキノコが俺の背後に回ると、体当たりをして土板を押し出す。どうやら俺にやらせたいらしい。面倒だなぁ……でも移動に対する労働が無いのはいいな。

 とかなんとか考える事なく青空をボケーっと眺めてるとふいに雲の流れが止まった。どうやら目的地に到着したらしいんで青空から視線を逸らすと、ざっと20ほどのキノコが居る。


「お前等が、俺の邪魔をしてる不届きな連中か?」


 ほぉほぉ。この態度を見るに、どうやらこいつ等はちゃんと俺の事をなめているらしい。まぁ、確かに交流があるのは長老キノコを始めとした大人連中がほとんどだし、基本ぐーたら神の信者なのでそういった面倒そうな事は違反行為になり得る。

 とはいえ、ちゃんと俺の事を下の連中に教え込むのは上の人間に課せられた義務であるにも関わらずそれを怠った罪は重い。


「なぁ、俺の事を教えてない訳?」


 ……どうやら教えてなかったっぽいようだ。なんでも、こんな安全な住処を得たのが初めてらしく、こんな事になるなんて誰も思わなかったんだとか。


「まぁいい。それに関してはまたキノコの増量で許すかどうか決める」


 いちいち説教するのはぐーたら道に反するし、今はこいつ等を何とかするほうが優先なんで、全員に無魔法をかけて拘束。ハブられキノコに土板を押してもらって再び土俵の前まで戻って来た。


「さて。今回お前等にやってもらうのは相撲だ」


 と聞いても分からんだろうから、土魔法でキノコっぽいのを作ってルール説明。モチロン聞く気のない愚かキノコには罰を与える。具体的には火魔法であぶって多少乾燥させる。

 逃げようと思っても無魔法で拘束してるんで身動き1つ取れまい。

 ボケーっとしてると長老キノコが慌てた様子でわたわた。この程度で慌てるなよ面倒臭い。

 少しイラっとしながらも大人しくなったのを確認してからチビっと水を撒いてから説明を再開。

 今度は騒がしくする事なく大人しーく俺の話に耳を傾けてる――とは言い難いけど、静かであれば文句は言わん。俺の不労所得の邪魔さえしなければ、ルールを聞かずに怪我をした所でどうでもいい。


「——とまぁこんな感じなんで、今後暴れるならここでやれ。乾燥したくないなら素直に従うように。以上!」


 さて、早速実験台として2つのキノコを土俵の上に放り投げ、ボケーっと眺める。モチロン火魔法を横に携えて「なにもしなかったら分かるだろう?」という意味を込めていて、あっちにもそれが伝わったんだろう。よたよたとした足取りで相撲を取り始めた。

 どうなるかなーとボケーっと眺めてたら、始めこそ嫌々というか脅されて仕方なくって感じだったけど、片方がたたらを踏んだ辺りから随分と熱が入り始めた。

 グイグイと互いを押し合ったかと思うと、ふ……と力を抜いて往なしたり。かさを引っかけて倒そうとしたりと、互いに技術を見せて一進一退の攻防が繰り返されると、周囲のキノコ達もうずうずし始める。

 そうこうしているうちに決着がついた。入れ代わり立ち代わりでもはやどっちがどっちか――というかほとんで見分けなんてつかんからどうでもいっか。


「はいこっちのキノコの勝ちー」


 わっ! って感じで盛り上がり、次は俺だと言わんばかりにいくつものキノコが土俵の上に立ってはぶつかり合い。小技を使って転ばせ。力づくで土俵の外に押し出したりと思い思いに相撲をする姿が確認できる。


「うんうん。これで大丈夫なんじゃないか?」


 俺の言葉に大人キノコ連中がうんうんと頷く。当然だろう。今まで手の付けられない――かどうかは知らんけど、普段の生活の邪魔になるような連中が端っこの方で勝手に無駄に余ってる体力を吐き出すんだからな。


「さて、そんじゃ帰るかな」


 用件も済んだし、面倒な厄介事も解決してやった。ならこれ以上ここに居る理由としては、ウルフ肉を回収するくらいか。

 ぐーたらはしたいが新鮮な肉も食べたい。グレッグ率いる村の腕っぷし自慢の連中がちょくちょく狩ってきてくれてるから量は十分だけど、来たんであればついでに回収するのがぐーたら神も納得のぐーたらよ。わざわざ肉回収のために一度村に戻ってからここに来るなんて、過酷な労働という他あるまい。


「じゃーなー」


 柵を飛び越え、反対側へ。そこにはいつも通りウルフが居るんで風魔法で首をスパスパ切り落とし、水魔法で血を操作して一滴残らず吸い出して氷魔法でカチコチ――は解体してからの方がいいか。


「……」


 ふと思ったけど、こいつらどっから来てんだろう。

 毎日狩ってる訳じゃないとはいえ、発見されてからグレッグ達が結構狩りまくってるのに今日も普通に柵の周りをうろついてる。遠くの方に森っぽい木々もあるにはあるけど、ウルフが暮らすための餌は少なそうな印象だ。


「なんかあんのかな?」


 鼻がいいからキノコの匂いでも感じ取ってんのか? だとしても数が多すぎる気がする。発見してまだ期間が短いけど、そこそこウルフ肉を食ったから分かる。肉質が痩せ細ってるとか脂のノリも少ないとかもなかった。

 うーん……ますます謎が深まるばかりだが、調査をするつもりはさらさらない。なんか異常があればグレッグがすでにヴォルフに報告してるか。すでに解決しているかもしんないしな。


「さーって……帰るか」


 ウルフの後処理は……面倒だから村人に押し付けよう。これも練習だと思って頑張ってもらおう。

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