第176話

「さーって……作りますかね」


 デザインが決まったらもう作るだけ。亜空間から材料を取り出してパパっと作るかと腰を上げた辺りで――


「どうせなら、見学させてもらってもいいかしら?」


 と言ってきた。うーん……別に見られるのは構わないんだけど、タダで見せるってのも嫌だなぁ。


「いくら出します?」

「リック……さすがにそれはどうかと思うぞ?」

「何言ってんだよゲイツ兄さん。俺の魔道具作りは他とは一線を画す作り方なんだよ? それをタダで教えるってのは嫌だなーって考えるのは普通じゃね?」


 情報は金だ。まぁ、俺の方法で魔道具を作れるかどうかは別として、知ってればそれに向かって訓練をすればいいだけだからな。数年かければモノにできるかもしんないけど、魔法の増やし方すら知らん後進国が本当に出来るかな?


「……そうね。じゃあ金貨1枚でどうかしら?」

「3」

「構わないわ。その支払いも領主代理に渡せばいいのかしら?」

「そっちは俺で。綿と布が欲しいんでそれを代金替わりって事で」

「分かったわ。それじゃあ部下を呼んでくるけど、ここでいいのかしら?」

「数によりますかねー」


 この家の中で普通くらいの広さとはいえ、10人も20人も居られると暑苦しいし狭苦しい。確か護衛としてやってきた連中がそのくらい居た――ようななかったような気がする。


「じゃあ魔法使いを数人ほど見学に呼ぶから少し待ってて貰っていいかしら」

「いいですよー。こっちも材料の準備とかあるんで」


 って訳でいったん解散。あっちは多少時間がかかるかもしれんけど、こっちは部屋に行って亜空間から引っ張り出すだけなんでさして時間はかからない。運ぶのだって無魔法に任せりゃすべてが簡単解決するもん。


「おん?」


 誰も居ないかなーと思ったら既に先客がいた。確か……気弱騎士を尻に敷いてるお嬢魔法使いだったよな。名前は知らん。


「どうして貴方が入って来るんですの」

「魔道具作る以外に理由ある?」

「貴方のような子供が魔道具作り? 冗談はよしてくださいませ。そんな事よりワタクシ様との勝負の話はどうなったんですの!」


 勝負……の話? あー。そういえばそんな事を言ってたような気がしないでもないや。すっかり忘れてたけど、元々相手をするつもりは毛頭ないんだよねー。


「じゃあ金貨3枚で相手するよ」

「どうして増えているんですの!」


 なんか増えてるらしい。どうやらあっちはちゃんと覚えてるらしいが、こっちにはその提案に対して意見を特に曲げるつもりもない。だって、こっちには本当に得る物が何もないんだもん。にもかかわらずあーだこーだ言って付きまとわれそうな未来が見えるからな。


「どうしてと言われても……面倒だから」

「面倒……ですって!」

「それに、今から魔道具作り見せんのよ。伯爵の邪魔をするほど偉いんか?」


 金払いがいいからこうしてわざわざ他人に合わせて魔道具作りを他人に合わせて作るっていうのに、たかがいち護衛程度がそれの邪魔をするっていうのは道理に合わんが、金さえくれれば仕方ないから付き合ってやらん事もない。

 その後に怒られた所で俺には何の関係もないし、巻き込まれたとしてもすべての責任を押し付けるのは当然の権利なのでそれを行使させてもらうつもりなんで、こっちに被害が及ぶことはないだろう。そのくらいの弁は立つつもりです。


「……では、この件が終わった暁には勝負を受けてもらいますわよ!」

「金払ったらな」

「貴方のような生意気なガキを躾けるのに、金貨の2枚や3枚安いものですわ」


 金貨なんてそうポンポン払えるもんじゃないはずなんだけどなー。領民が年中汗水たらして労働に勤しんで納めた税金を、こんな事に使うとは金銭感覚トチ狂ってるし、何とも思ってないんだろうなって感じる。


「じゃあ前払い」

「……貴方の場合、忘れそうなのでこれが終わってからにいたしますわ」


 チッ! そうするつもりだったのを見破られてたか。


「で? あと何人集まる予定なん?」

「さぁ? 伯爵様に新しい魔道具制作の実演の見学会があるとお聞きになっただけですから」

「ふーん……」


 既に材料の準備は終わってるし、とりあえずロリ伯爵が来るまでぼーっとするか。


 ——


「——と。ちょっと君!」

「んぁ? おぉ……」


 がっくんがっくん肩をゆすられて、空の彼方にさらに上の宇宙の真理が垣間見えそうだった俺の意識が体の中に戻って来たら、目の前にはロリ伯爵が居て、その背後ではお嬢魔法使いの他に数人だけ。


「これで全員ですか?」

「そうだけど……大丈夫なの?」


 大丈夫……あぁ。いつもの死んだ魚の目の事を言ってるんだろう。どうにも自覚はないんだけど、宇宙の真理に到達しそうになるくらいボケーっとしてると大抵の連中が心配するんだよなー。

 家族も最初の頃は心配してたけど、今となっちゃあ慣れたもんで無視されるし普通に声を掛けられるくらいにはなっている。


「……あぁ。別にいつもの事なんで大丈夫ですよ」

「大丈夫って……人としてどうなのかしら?」

「まぁまぁ気にしない気にしない。そんな事より魔道具魔道具」


 別に死んだ魚の目になろうが、俺の人生には何の影響もない。そんな事より、さっさと魔道具作り講座を終わらせて金貨をゲイツに押し付け、悠々自適な生活を送ってもらいたいもんだ。


「はーい。それじゃあまずはこの鉄の塊を円盤にします」


 土魔法で手のひらサイズの鉄球を薄めの円盤にすると、魔法使いだろう連中が目を見開いて超ビックリしてるが当然無視する。


「次にここに送風の魔法陣を刻みます」


 送風の魔法陣を思い出しながら円盤をじっと眺め、ぼんやりと見えてきたら一気に彫りこむ。


「最後に魔道インクを均等に注入して、蓋をすれば完了」


 この程度の魔道具、時間にして5分もかからん。

 あとは同じように高温の魔法陣を作って、さっき作った試作品を大きくし、下の方に線を伸ばし、最後に魔石を嵌めてちゃんと稼働するかを確認して完成。


「こんな感じですかねー」

「はぁ……随分と速いのね。これは普通なのかしら?」


 完成品しか知らんロリ伯爵だからこその言葉だな。事実、俺も王都で酷すぎる魔道具を目の当たりにするまではこんなモンだろうと思ってたしねー。

 当然。後ろでビックリしまくってる魔法使い連中は、ロリ伯爵の何気ない疑問にブンブン首を振りまくってるよ。


「不可能です。そもそも鉄球をあの速度・あの短い詠唱で歪みもない円盤にする事自体が異常なのです」

「お前等が働き者なだけだろ。いちいち詠唱なんて面倒な事をそんな年になってもまだ続けてるなんて、俺にはとても真似できねーっすわ」


 一般的には怠けと思われるんだろうけど、ぐーたらを信条とする俺からすれば、より良い方向へと改善しないのはただの労働ジャンキーなんだよなー。より面倒を削り落とし、楽な方楽な方へと努力するのはぐーたら道の基本理念だからな。

 別に煽ったつもりはないんだけど、魔法使い連中の目が怖いね。労働環境を変えない自分のブラック精神を棚に上げるのはお門違いだと思うわー。


「じゃあこれで完成なんで、おしまいですね」

「ありがとう」


 感謝の言葉を述べながらもその表情はやっぱり浮かない。出来が良くないからだという理由は受け付けんよ? だって俺はぐーたら道の求道者であって、魔道具職人って訳じゃあないからね。


「さーってと。それじゃあ――」

「ワタクシ様との試合ですわね!」

「金払ったらな」

「その程度、安いものですわ」


 そう高らかに宣言すると、本当に金貨を投げ渡された。そういう行動、お嬢としてはどうなんだろうと思わんくもないけど、まぁ、赤の他人がどうなろうが知ったこっちゃないんでなーんも言わん。


「……うん? 2枚しかないけど?」

「最初に提案されたのが金貨2枚なのだから問題はございませんわ」


 ……まぁ、本人がいいっていうなら別にいいか。

 しっかし何買おうかねー。魔道具に関しては自作出来るし、何より現状欲しいと思える物がない。腐葉土は来月入荷の予定だし。肉も野菜も新鮮なのが手に張る目途もたった。となると後は……人か。


「金貨2枚で人って買えますかね?」


 村の住人が増えれば作付面積を増やす事が出来るし、単純に労働力が増えるのはありがたい。いずれは俺の魔法に頼りっきりの生活から脱却するためにも、マンパワーは絶対条件だからな。

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