第168話

「さて……それで話って何ですか?」


 狭い応接間には俺だけ。対面にはロリっ子伯爵と護衛のいかにもガリ勉っぽい目隠れ魔法使いと、プロレスラーみたいにがっちりとした女騎士が居て、ちょっとぶっきらぼうな言い方に両者の眉間にしわが寄って、魔法使いの方からは魔力の動きが手に取るように分かるんで、けん制の意味も込めて少しかき乱してやると目を見開いてビックリした。

 それが何かの合図にでもなってたんだろう。騎士の方が腰の剣に手を伸ばしたんで無魔法で動きを止める。


「貴……様っ!」

「……何かしたのかしら?」


 す……っとロリ伯爵の目が細くなって、エレナの絶対零度には及ばないけど、それでも涼しいと感じるくらいには冷たくなった。


「何かしたように見えますか?」


 ギリギリ指摘できるとすれば、魔力の動きを阻害した際に指先をちょいと動かした程度。そんな事で騎士が柄に手をかけたまま身動き1つ出来なくなるなんて、この世界の一般的な常識の——まぁ、ほとんど知らんけど、きっと理解の外だろう。

 証拠もないのに人を疑うのは良くない。まぁ、犯人は俺なんだけど、明確な証拠がなければ追求するのも難しいはずだ。強権を振りかざして一方的に断罪するっていうなら、こっちにもぐーたらライフがかかってるんで、容赦なくやらせてもらうけどね。


「……少なくとも、私には何も見えなかったわね」

「では何も問題ないですね?」

「そうね。この話し合いが終わる頃には解決してる事を願うばかりね」

「本当ですね」


 お互いにこれは不可思議な現象。という事に落ち着いた。俺は白状しないし、あっちも微塵も証拠がない以上は深く追求できないからね。

 一応要求を出してきたけど、もちろんそれに従うつもりだ。だって、延々と家に赤の他人が居るのは邪魔でしかないし、何より無駄に魔力を使うのはぐーたら道的にはNGだ。


「では早速だけど、ここに来たのは売って欲しい物があるからよ」

「それはそれはご足労願いまして大変にありがたいですが、我々が伯爵様にお売りできるような品物など取り扱っておりませんが?」


 表向き扱ってるのは薬草と調理器具だけ。後は麦も少し売ってるけど、ロリ伯爵はにこやかな笑みを崩さない。


「そう? 同行した商人は私も時折利用するのだけれど、最近面白い物を購入したのよ」

「面白い物?」

「真っ白な砂糖よ」

「はて? 砂糖とは何ですか? 娯楽品か何かですか?」


 ここで知らないだなんだの言ったら砂糖を知ってるんだという事になってしまう。こんな貧乏領地で砂糖なんて手に出来る訳がないからそれはおかしな事になるんで、知らないふりをしてごまかす。

 俺のそんな態度に、ロリ伯爵だけは余裕の笑みを崩さない。


「教えてあげるわ。砂糖とは食べ物よ。丁度この紅茶に入っていて、色々な物に甘い味をつけてくれるの」


 そう言って紅茶に口をつける。うーん……エレナの気遣いなんだろうけど、ロリ伯爵が来たんだから要件は砂糖だって察してほしかったね。おかげで随分と劣勢に立たされた。ここからどうひっくり返しますかね。


「はえー。俺は紅茶は飲みませんし、甘いというのはよく分からんのですよ。さすが伯爵家。我々も粉骨砕身で日々領民の為に働き、少しでも楽な暮らしをと思ってますけど、日々を生きるのに精いっぱいですよ」


 平然と嘘をついてみたら腕に蕁麻疹が出た。やはりでまかせでも労働の素晴らしさを語るのはぐーたら神がお許しにならないらしい。かゆかゆ……。


「あら、それはおかしいわね。ここ数年の王都の報告会では、カールトン領の麦の量・質は共に申し分がないと聞いておりますわ」

「魔法が使えれば難しくないんで」


 適切な栄養を適切な量ぶち込めれば、誰だって広大な土地がいかなる状況だろうと豊作かつ高品質にすることは難しくない。要はそういった知識があるかどうかで決まるのだよ。

 これを魔法無しで実現しようとすれば、途方もない金がかかるだろうね。特に肥料だよ。俺の場合は魔法で適当に作ってるけど、これは科学知識があるから何とかなるんであって、適当にやったところでうまくいくとは思えないし、ワンチャンヤバいモンが出来上がるかもと考えると怖いねー。


「なるほど。それを可能にしているのが君の実力という訳なのね」

「ええ。この程度は難しい事じゃないんで」

「なるほど……」


 顎に手を当てながら後ろの護衛魔法使いへと振り向くと、首取れるんじゃないかってくらいブンブン左右に振りまくってる。どうやらあいつに出来るかどうか視線で尋ねたけど、私には無理ですって事らしい。魔力も少ないし科学知識なんてこの世界になさそうだしね。


「まぁいいわ。それで? この砂糖はどこでどうやって手に入れたのかしら?」

「知らないですねー。そもそも砂糖というものの存在すら知らなかったわけですし、わざわざいち商人の言葉につられて領主がこんなところにまでやって来るって、それは口にして大丈夫なやつなんですか?」


 砂糖はある意味麻薬だからな。求めて3000里——とまではいかんくてもこうしてド田舎のド辺境に足を運ぶくらいには脳が禁断症状を訴えかけてくるんだろう。それ以外にも真っ白のレア砂糖だから金にもなるしね。

 なので、表向き何も知りませんよスタンスを崩さず危険性を説いてみる。まぁ、話題をすり替えるって意味もある。


「平気じゃないかしら? 私は日常的に砂糖を摂取してるけど、麻薬のように精神に異常をきたしたり禁断症状が出たりといった予兆はないわ。でも、砂糖は知らないのに麻薬は知ってるのはどういう事かしら?」

「王都観光で見学したんですよー」


 さらっとウソの爆弾を落としてみると、流石に全員がぎょっとした顔をした。まぁ、5歳が悪の巣窟みたいな場所に観光に行くとか気が狂ってるとしか思えないだろうけど、俺からすればここに居るのとあんま変わんない。


「それだけの実力があるのね」

「そうですねー。少なくとも宮廷魔導士に認められるくらいには」


 確か……帝国に魔法の気配を感じる事が出来た奴が居たけど、問題はないだろう。万一フェルト並に強かったとしても、ちょいと大気の成分量をいじればあっという間にポックリ。使った事はないけど何がヤバいかは知ってる。

 なので、1秒くらいで積層結界が粉みじんにならない限りは負ける事はない。フェルトでもそんな事にならなかったんだ。人間にゃ無理っしょ。


「フフフ……魔法は隠したりしないのね」

「俺は正直な子供なんで、素直に答えますよ」


 ニッコリ笑みを返すとあちらも笑みを返す。


「いい腕ね。仕えるつもりはないかしら?」

「働くの嫌いなんですよー」

「麦の育成は労働じゃないのかしら?」

「命より大事な物ってないと思うんですよね」


 何しろ、働かなけりゃ命が危うい。そんな状況でぐーたら出来るんだとしたらそれはもはやぐーたら仙人にならなきゃ無理だ。

 残念ながら俺はそこまでぐーたらを極めてないんで、普通に飯も食うから死に物狂いで魔法を鍛えてここまで来たに過ぎない。まぁ、生まれつき潤沢な資金力がある人にはわっかんねーだろうなー。


「貴族にあるまじき発言ね」

「成り上がりですんで」


 そう言われると、確かに貴族ってのは領民だったりプライドが命より大事ってのがあるんだろう。まぁ、大抵はクソ共なんでそんな綺麗なモンはとうの昔にゴミ箱どころか焼却炉で灰になってるだろうから、このロリ伯爵はまともな部類なんだろう。


「そんな成り上がりがどうして砂糖を入手できるのかしら?」

「ルッツから買う以外の方法はないと思いますけど?」


 こんな辺境にやって来るのは、ヴォルフやエレナと昔からの知り合いであるルッツだけ。昔は居たのかもしんないけど、少なくとも俺が知ってるのは1人だけだ。

 ロリ伯爵の疑問に普通に答えたら、相手は首を傾げた。少しうれしそうな笑みを浮かべながら。


「おかしいわね……目録を見た限りだと、砂糖の項目はなかったわよ? それなのに砂糖を買うというのはどういう事かしら?」


 ふむ……ちゃんとやる事をやっているらしいこっちからすれば非常にいい迷惑でしかないんだけど、ウチにはルッツしか来ない。そういった手前違う商人じゃないっすか? という言い訳は通じないよなー。

 これは困った。ルッツと俺は非常に距離が近い。そういった情報は筒抜けと思っていいだろう。なので、この問いに対する答えを俺が知らない訳がないもんな。

 うーん実に困った。これは生半可な言い訳は通じない。と言って素直にゲロするのはもっと嫌だね。負けた気がするから、何かごまかしが出来ないかね……。

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