第167話
「いったい何があったのー?」
遅れて応接間に入ってみると、ソファに横になってる表のひょろの婚約者だろう魔法使いの女が白目をむいてた。
「それはこっちが言いたいんだけどね。何したんだ?」
「魔力の動きがあったから念のため。余計なお世話だった?」
「うーん……一応助かったのかな?」
こいつが来た理由は先触れの為らしい。誰が来たんだよと言えば、砂糖で揉めたアークスタって伯爵。まぁ、予想通りだな。
それの来訪を知らせるためにこの女とあのひょろが来たらしいんだけど、それが終わったら俺を出せの一点張りで話にならないどころか、暴れれば嫌でも出てくるだろうとか素っ頓狂な事を抜かしたらしい。
「なんじゃそら。馬鹿なの?」
「なんでも宮廷魔導士様より強いのがリックなのが納得いってないらしい」
「ふーん……」
宮廷魔導士……ぼんやりとしか思い出せないが、確か女だったような気がする。そして簡単石を渡したんだったな。金貨20枚と魔道具の本のおかげで多少は快適な暮らしが出来るようになった。これに関しては感謝してるけど、肝心の人物像はまったくだなー。
「起こす?」
「頼めるか?」
「大丈夫」
死人も目覚めると噂の激苦薬があるんで、それを口の中に放り込んでしばし待つ。
「——————っ⁉」
少しづつピクピクし始め、1分が経った頃に飛び起きて近くにあった紅茶の入ったカップをひったくった。
「苦っが! 全然取れないんですけど! 何ですのコレは!」
「気付け薬的なもんだよ。急にぶっ倒れたって聞いたから。よく効くだろ」
「とんでもなさすぎます! 貴族としてパーティーにも顔を出さなくてはいけない高貴なワタクシ様の舌がおかしくなったらどうしてくれるんですの! こんな辺境貧乏貴族に責任が取れるんですの!」
「知ったこっちゃねぇよ。こんなとこで気絶するお前が悪いんだろ」
まぁ、気絶したのは俺のせいなんで、厳密にいえば俺が悪いんだろうけど気付てないなら素直にゲロする事もないだろう。それだけで程度が知れる。こいつは他の凡百と同じで魔力が分かんないんだろう。
「お前ですって! 貧乏下級貴族のガキの分際でこのワタクシ様になんという口の利き方をなさいますのかしら。歳はいくつですの!」
「5歳だな」
「ワタクシ様は18ですのよ! それに、我が家は辺境伯なのですから、きちんとした礼節でもって対応なさいな!」
「嫌だよ面倒臭い。ってかそんな事をこんな辺境までわざわざ言いに来たのか? 辺境伯って暇なんだな」
「ぐぎぎ……って、子供で死体のような目――貴方がエリシャ様がおっしゃっていた魔法使いですのね!」
まぁ……何も間違ってないけど、面と向かって死体みたいな目って言われるのは並の子供なら傷つくだろうなー。俺はおっさんなんで何とも思わんけど。
「誰ソレ?」
エリシャと言われても誰も思い浮かばん。まぁ、興味もないんでどうでもいいんだけど、辺境貴族はマジかこいつみたいな顔をしてるって事は相当有名人なんだろう。どうでもいいけど。
「王宮で陛下の護衛を任されてる魔法使いだ。リックは会ってるはずだけど?」
「簡単石を渡した奴だとは思うんだけど、確信はない!」
ゲイツに王宮の魔法使いと言われてぼんやりと思い出す程度。金貨と魔道具の本。後はカカァ天下だったなーってのははっきりと覚えてるけど、それ以外の印象がゼロに近いけど、どうやら合ってるっぽい。
「その程度の記憶力でエリシャ様に覚えていただけているなど納得できません! ワタクシ様と勝負ですわ! そして負けたら潔く「じゃあ金貨2枚」き、金銭を要求するんですの! なんと卑しいんですの!」
「嫌ならいいよ? ってか本当に何しに来たんだ?」
大体の理由は察してるから聞いてなかったな。というかいい加減相手すんのも面倒そうだから、本来の役目を思い出してもらいたいね。
「……そちらの領主代行にお話しいたしましたが、これからアークスタ伯爵のが参りますので、迎えの用意と歓迎の準備をなさってくださいませ」
俺の厭味ったらしい言い方で役目を思い出したっぽいけど、ばつが悪そうにそっぽを向きながらの説明に、俺はニンマリと笑みを深めながら追い打ちをかける。
「へー。その準備の時間を邪魔して反感でも買わせようって魂胆? さっき礼節がどうとか言っておきながら、自分自身が1番なってなくねー?」
「はいはいその辺りにしておきなさーい」
周りをウロウロしながらそんな事を抑揚たっぷりにしゃべってると、辺境娘が目に涙を浮かべながらプルプルし始めた辺りでエレナから待ったがかかったんで仕方なくここらで手を引いてやるとしよう。
「やれやれ。母さんに感謝するんだな。それで? 歓迎の準備って何するの?」
「そうねー。やっぱりリックちゃんには、魔法でいろいろしてくれたらありがたいわねー」
「色々?」
「そうだね……例えばこの暑さを忘れさせるとか。目を楽しませる何かをするとか」
「目を楽しませるねぇ……」
急に言われてもパッと思い浮かぶモノがない。氷魔法なら常時使ってるから、それを家全体に広げるのは難しい事じゃないとしても、目を楽しませるってのが思いつかないな。
見て楽しい……テレビは無理。
サーカス? うーん……悪くないけど人も練度も足りないからけが人続出の未来しか見えない。
花火——は真昼間からやっても意味がない。
後は何があるかな……マジックがあるな。うん……これなら魔法でいくらでもごまかしがきくし、空間魔法を使えば相当なマジックが簡単になる。おまけに大した労力も必要ないのがぐーたらライフにとっても都合がいい。
「ねぇ兄さん。ちょっといい?」
「なんだい?」
忙しそうにしてるゲイツを捕まえて、とりあえず適当に物体消失マジックを披露してみると、思いのほかびっくりした顔をした。どうやら披露しても問題なさそうだな。
「凄い魔法だね」
「でしょー。これでいい?」
「いいんじゃないか? 王都でも見た事ないし、きっとアークスタ伯も楽しまれると思うぞ」
「じゃあ何個か披露するけど、兄さんも手伝ってねー」
さて。ゲイツのお墨付きが得られたのなら少し大規模なマジックも披露しようか。1回やってみたかったんだよなー。脱出マジック。テレビで何度か見てたけどマジスゲーって感想しか出ないあれを、空間魔法がある今なら容易に再現できるだろう。
他にもいくつかのマジックをウキウキしながら魔法で作ってると、急に首が180度近く回転。視界一杯に笑顔のエレナが。
「リックちゃーん。そろそろお迎えするわよー」
「は、はーい……」
怖ぁ……あの様子だと、少し前から声を掛けられてたっぽいな。ちょっと熱が入りすぎちゃったけど、一応は完成したんでエレナの後に続いて外に出ると、すぐそこにまで見慣れた馬車と初めて見る馬車が迫ってた。
「随分質素じゃない?」
「そうねー?」
……えーっと。伯爵! そう、伯爵だったそうだった。それが乗る馬車にしては絢爛さの欠片もない。といっても、他の馬車を知らないまたは覚えてないんで何とも言えんけど、ちんまりとした馬車なのに馬2頭が苦しそうに引いてる所を見ると、重量は相当なモンなんだろうね。
そんな馬車が停まり、御者をしてた若い男がいそいそと台を置いて戸を開けると、中から現れたのは俺とそう背丈の変わらない少女。
「ようこそお越しいただきましたアークスタ伯爵。不在の父・ヴォルフ・カールトンに代わりまして、エレナ・カールトンがご案内いたします」
「えっ⁉」
こんなちんちくりんが伯爵で領主なの⁉ って思いが思わず声に出てしまった。いやー。礼儀知らずなんだろうとは思うけど、こんなロリっ子が領主って言われたら絶対に声出るって。逆に何でゲイツもサミィも無言無表情を貫けるのか分からんわー。
「なにか?」
ロリと思えん笑みを浮かべながらこっちを見てきた。どう答えたらいいんだろう。さすがに子供が領主とは思わんかったっす! なんて馬鹿正直に答えるのは悪手だろう。エレナもにっこり微笑んで圧をかけてきてるしね。
「何でもないでございますです」
「……そうですか。では早速だけど、貴方と話がしたいの。時間を空けてくれる?」
本当に早速だなー。話ってのはもちろん砂糖の件だろうな。しっかし……本当にこんなロリっ子がルッツから俺の情報を抜き出すほどのやり手とはね。俺も少しばかり気合を入れて対応せねばなるまいな。
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