第166話

「ん……っ。ちょっと筋肉痛だな」


 ここ最近動きまくったからな。いつものランニング以上の運動量と比べて多かったせいでぐ……っと伸びをするだけで全身痛い。アリアにしごかれた時と比べればまだマシだけど、やっぱしんどいもんはしんどいね。

 なので、これが治るまではベッドで大人しくしていたんだけど、エレナに滅茶苦茶怒られるんだよなー。嫌だなー。動きたくないなー。と思いながらも身体は自然と着替えを済ませて自分の足で部屋を出ている。調教って恐ろしいね。


「……これももうすぐ終わるんだなー」


 なんて事を呟きながら風の魔道具の上に氷を設置する。あと1週間の辛抱で、毎日の作業がごりっと削れるのはぐーたらライフ的に非常にありがたい。家の中だけでも10数ヶ所あるからな。それ全部に毎日氷を置くのって実は結構面倒臭かった。それが1ヶ月——半年——1年——永遠はちょっと言いすぎだな。とにかく長ければ長いほどぐーたら神からお褒めの言葉がもらえるかもしれんし、もしかしたら昇段……なんて事にもなるんじゃないか?

 そんな期待をしながらニヨニヨしつつリビングにやって来ると、今日はエレナとゲイツの2人だけでサミィの姿がない。


「あれ? サミィ姉さんは?」

「あの娘は体調不良よー」

「そっかー」


 詳しくは聞かない。5歳のガキだからね。そこで会話はいったん途切れてエレナと一緒にキッチンに。今日のメニューはつみれ入りすいとんです。


「なぁリック。ルッツはまだ来ないのかい?」

「んー? 俺的はまだっぽいかなー」


 俺のレーダーは魔法使いが居ないと全く役に立たない。だから常時結界を張って不測の事態に備えてるんだ。何かあってこのぐーたらライフを棒に振るような真似はしたくないからな。


「困ったな……そろそろ王都に戻らないといけないんだ」

「早くない?」


 来る時も帰る時もルッツと共にゲイツはやって来るが、今回はルッツじゃない奴と一緒に来た。そうなると、別にルッツと一緒に帰らなくても、ぬいぐるみをせびりに来る姫ちゃんが寄越す騎士と一緒に帰ればいい。


「いや、今回ちょっと無茶を言ったから長期休暇の期間を減らされてね」

「馬鹿の妄言なんて信じるからだよ。ゲイツ兄さんはちゃんと俺のぐーたらにかける強すぎる思いって言うのをちゃんと理解してないのかな?」


 俺が領主になるんじゃね? そんな妄言を真に受けて、わざわざぐーたら期間を削るなど、気が狂ってるとしか思えない愚行をするなんて、本当に心の底から軽蔑するよ。


「あはは。帰ってくるたびに思ってはいるんだけどね。やっぱり魔法が使えるっていうのは強力なんだよ」

「ふむ……じゃあゲイツ兄さんが魔法を使えれば、良いのかな?」


 なんとなく呟いただけだけど、その発言にエレナもゲイツもぎょっとした。


「で、出来るのかい?」

「そんなぐーたらにしか繋がらなさそうな事が出来たら村人全員にやってるよ」

「そ、それもそうだね」


 そうすれば俺の価値も自然と下がって、ぐーたらライフもより簡単に出来ただろうからね。まぁ、そんな事が出来れば色々と面倒が降りかかるだろうから、出来なくて逆にラッキーと思ってる。


「まぁ、最悪間に合わなかったら俺が送るよ」


 ゲイツには立派な領主になってもらわないと俺が困るからな。このくらいの助力はまったく惜しまない。むしろギリギリまで居てくれないと、帰った途端に書類仕事という地獄が待っているんだ。逃がしはせん。


「リックが……?」

「馬車より早いよ」


 MAXは転移魔法でポン! 都合10秒も要らないが、流石にそれは出来ない。いくら立派な領主になって欲しいと言っても、ぐーたらライフ以上の優先順位など存在しないからね。普通に土板に乗っけて超速移動が現実的だろうね。新幹線並みの速度であればあっという間に着く。

 期間を明言しないのは面倒だからだ。1日で往復できるならアレコレ買ってきなさいよ。なーんていう脳筋姉がいるからな。


「うふふー。そこまでお仕事しなくないのねー」


 どうやらエレナにはバレバレらしい。まぁ、そうと知られれば話は早い。


「って訳なんで、今回は特別って事でゲイツ兄さんの送迎は俺がやるって事で決まりね。異論は認めないから」

「そうだね。それじゃあルッツさんが遅れるようなら頼もうかな」

「それがいいよ。というか遅れなくても俺が送るから、その分お仕事頑張ってね」

「あはは。そっちは任せてよ」


 っし! これで被害が最小限になった。叶う事なら残り仕事日数がゼロになって欲しいけど、ヴォルフ達が帰って来るまであと半月くらいある。ギリギリまで居ても何日かは仕事させられそうだなー。いや、いっその事ヴォルフ達も迎えに行くか? そうすりゃああの地獄に堕ちる事も無くなるよな……。


「リックちゃーん。もしかして、お父さんを迎えに行くつもりかしらー?」

「ん-? だってパーティーが終わって帰って来てる途中でしょ?」

「そうねー。そのくらいになるかしらねー」

「じゃあもういいかなーって」


 王都と同じくらいの距離であれば、1日あれば余裕で帰って来れる。であれば、多少仕事をサボったところで問題ないだろう。何せ帰ってきたヴォルフが全部片づけてくれるんだからね。


「うーん……リックちゃんがいいならいいんじゃないかしらー?」

「じゃあそうする」


 仕事をするより送り迎えをする方がよっぽどマシだ。


「——お?」

「どうしたのかしらー?」

「来たっぽいけどこれは……」


 朝飯を食い終わり。キッチンで皿洗いをしてるとレーダーに魔力の反応があるんだけど……一応魔法使いって珍しいで通ってるはずなのに、今回は5つくらいある。ルッツがそんな大金を投じる訳がない。って事は、嫌な予感しかしない。


「どうかしたのー?」

「いつもより魔法使いが多い」

「あらー。それは珍しいわねー」

「どう思う?」


 王都からここまでの道程で、魔法使いが5人も必要な魔物は出て来なかった。それはたぶんエレナも分かってるだろう。そして、俺のレーダーの正確さも知ってるから、俺の問いかけにうーんと頭を悩ませる。


「そうねー……お母さんとしては、それくらいの戦力が必要な同行者がいるんじゃないかと思うわー」

「同行者……」


 魔法使いを何人もってなると、そこそこの金持ちだろう。

 そして、こんな辺境にわざわざそんな大金をかけてやって来る頭のおかしな奴なんてほぼいない。砂糖でひと悶着あった……えーっと……名前は忘れたけど女の貴族が来てる気がするなー。もしそうだったら面倒臭くなりそうだなー。


「きっと、リックちゃんが思ってる人が来ると思うわよー」

「はぁ……ルッツのせいで本当面倒臭い」


 やっぱ売らんかったらよかったなー。


 ——————


「あー……来たかー」


 朝飯を食い終わって、畑仕事をしてる間に距離がどんどん狭まり、あと10分くらいってところまで来たら、1つの魔力反応が一団から離れた。先触れ的な奴だろう。そう言うのの相手はゲイツに押し付け――げふげふ。任せよう。

 さて、とりあえず準備だけはしておこうと一旦洞窟に行って、亜空間からいつも通り調理器具と薬草を取り出して、土板に乗せてすいーっと家に戻ってみると、玄関先に魔法使いの姿はなく、なんかひ弱そうな騎士っぽい少年がおろおろしてるじゃないか。


「よくそんなんで騎士になれたね」

「うん? なんだい君は失礼だな」

「この家の人間だよ。そんな事よりも、お兄さん弱そうだけどよく騎士になれたね」


 一応武装してるけど、線も細いしこの世界特有の物々しさが全く見られない。どっちかというとシグみたいに書庫にこもってる方が似合ってそうだ。顔の作りも優男って感じだしな。

 そういった意味を込めての問いかけに、あっち側も自覚があるのか苦笑いを浮かべながら頬を掻く。


「あはは。ぼくもそう思うんだけど、強引に決められちゃってね」

「なに。貴族の息子?」

「まぁそうなんだけど、ぼくの場合は親じゃなくて婚約者にね。将来、領主となる男なら騎士として腕を磨きなさいと言われて……」


 そう言いながら家の方に目を向ける。どうやら魔法使いは女で、このひょろの婚約者らしい。これで3組中3組が女の尻に敷かれてる事が分かった。こうなると本当に裏の権力者だって仮説が濃厚になるねー。


「大変だねー」

「あはは……もう慣れたよ」


 なんてのんきな会話をしてると、室内の魔力に動きがあったんで、軽く空気を絞って酸欠からの気絶で強制的に黙らせた。

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