第165話

「じゃ。後はよろしくね」

「ほな早速……あ~。めっちゃ涼しいわー」


 とりあえず鱗の配合を変えた10枚の鉄板が出来たのでララ――の横から親方の手が伸びて奪い取ってララに。相変わらず面倒臭い……。

 それを受け取ったララはすぐに魔石をセット。ついでに風の魔道具も併用して冷風を浴びると表情をとろけさせた。

 俺は氷魔法で常時適温を保ってるからあんま分かんないけど、やっぱ相当暑いんだろうなーってのがあの顔でよく分かるのと同時に、それは1度手にしたら2度と手放しがたい麻薬のような物だぞと内心でほくそ笑む。


「おぉ……こりゃあ確かにえぇのぉ」

「ちょ――オトン邪魔や」

「な……っ⁉」


 冷房という人類最大級に近いぐーたら神宝を手にしたララは、本当に邪魔そうにかざしてた親方の手を払いのけた。早速効果が出たな。

 そして、それに対して親方はかなりのショックを受けたっぽい。とはいえ神宝・エアコンを前に多少の家族の情など吹けば崩壊するくらい脆い物よ。フハハハハハ!


「オドレ……随分と楽しそうじゃのぉ」


 随分と恨みがましい声を向けて来るじゃない。理由は単純。ララを俺の作った冷房に取られてイラついてんだ。

 だからって取り上げる訳にも行かない。すでに報酬は渡してるし、それを今更要らんと突き返せる代物じゃないのは明らか。万一それが出来る強靭な精神力を発揮できたとしても、次に待ってるのはララからの容赦ない口撃。それにはさすがの親方も立っていられないどころかこの世からおさらばしちゃうんじゃない? その時に俺を巻き込もうとするのは止めてね?

 まぁ、そんな考えを声に乗せるほど馬鹿じゃない。


「そりゃそうだよ。これが形になればぐーたらライフが大きく前進するからね」


 その気持ちももちろん嘘じゃない。比較的早期に冷期の極寒は克服した。その成果はあんまり現れてないけど、熱期も克服できれば確実に子作りの時間が増えるはずなんだ。そうなれば10年後20年後は立派な労働力として領のために尽くしてくれるだろう。

 そう考えての笑みでもあるから、いくら詰められたところで本音は語らない。別に精霊に襲われたって平気だし、そんな事をここですれば間違いなくララから雷が落ちるのは明白だから、流石にそこまで馬鹿な事はしないだろうと、すぐに気持ちを切り替える。


「あえて聞くけど、親方とララで鉄の疲労具合の見極めに差ってある?」

「そんなん当たり前やろ。オトンはドワーフ1の鍛冶師やで? そんなおとんとウチが同じ目ぇ持ってる訳ないやん」

「ララ……」


さらっと父親持ち上げにいたく感動したらしい親方がてやんでいみたいな感じで鼻をすすった。どうやら嬉しさのあまり泣いてるんだろうが俺は気付かないふりをしてやろう。まぁ、ララからは思いっきり気持ち悪……みたいな顔をされてるけどね。

 さて……後はそれぞれがどの程度冷えてどの程度の時間保つかを調べてもらえれば、いよいよ我が村の全てにクーラーがやって来る。灼熱の熱期を鼻歌交じりに乗り越え、子作りにでも励んで住民を増やして欲しい。頑張れるようになるお薬もあるしね。準備は万端よ。


「ところで、調べるのにどのくらいの期間必要?」

「そうじゃのぉ……とりあえず7日程度使ってみれば問題はないじゃろう。それだけ使えば鉄の変化が分かるけぇの」

「頼もしいねー。それじゃあ覚えてたらまた来るよ」

「いやいや。覚えといてもらわな困るで」

「努力はする」


 益になる事だからそうそう忘れるつもりはないけど、物事にはイレギュラーって言葉がある。何かの拍子で来れなくなる場合もある。主に労働超過とかね。そんな場合はどうしようもないから一応努力と言ったけど、99パー覚えてて1週間後には顔を出せる予定だ。


「じゃあそろそろ帰るけど、後は任せたよー」

「任しときー。ウチもオトンもお得意さんの願い反故にするほどアホ違うからなー」

「えらいモンを既に貰うとるけぇ、手抜きは無しは当然じゃろうが」

「じゃあねー」


 2人の反応を見る限り、そろそろ金貨の準備が整っただろうと鍜治場を後にする。


 ——————


「おいっすー。元気ないなーどした?」


 再び実験場に戻ってくると、皆が昼飯を食い終わったんだろう。出て行った時よりドワーフが多いな。

 そんな中、汗だくでぐったりしてる狂信者と、同じく汗だくの転生姫がなぜか恨みがましい目をこっちに向けてきてる。


「暑い! 冷やして!」

「さっさと出せ! 焼け死ぬ!」

「じゃあ追加で金貨1枚」

「渡すからさっさとしなさいよ!」


 やれやれ。それがお願いする態度なのかねと思いながら狂信者を引っ張り出し、すっかり温くなったプールの水を少しだけ冷たくしてから放り込む。


「……ぷはっ! 危ない所だった」

「ちょっと。あんま冷たくないんだけど?」

「いきなり冷水は体に悪い。ほれ、これでも飲んでろ」


 スポドリもどきを2人に差し出すと、適度に冷えたそれを狂信者は一気に飲み干し、転生姫はじっと容器を眺めてる。まぁ、気づかない方がおかしいか。


「どした?」

「これ、アンタが作ったの?」

「そー。流れの商人に熱期の時に飲むのと良いって教えてもらってな」


 という事にしておく。


「ふーん。そいつとはどこで?」

「王都で露店やってた。黒い髪で変な服? を着て大陸の外から来たって言ってた」

「……大陸の外?」


 王都で見かけた男をイメージしながらしゃべると、転生姫の動きがピタリと止まった。おっと……ちょっと言い過ぎたかな?


「姫様?」

「ちょっと待ちなさいよ。って事は、大陸の外には別の大陸があって、そいつ等は危険な外洋を渡る航海術と造船技術を持ってるって事⁉」

「あー。そう言われればそうなのかもな」


 なーんかそんな事を誰かが言ってた気がするな。鑑定魔法でも神楽ノ国って表示が出てたし、多分そうなんじゃないかと思ってるけど、王国に来てて帝国に来てないとなると、こっち方面にあるのかな?


「うーわー。それがマジだったらヤバくない? この大陸侵略されちゃうんじゃな――とか思ったけど、アンタいたら何とかなりそうな気がする」

「まぁ、そうなれば津波でも起こして沈めるよ」


 俺のぐーたらを邪魔するモノはすべからく敵。米や醤油・味噌なんかがあるから滅亡まではしないけど、上を挿げ替えるくらいはやるつもりだ。


「でもさ、そんな情報が皇帝に入ってない訳なくない?」


 ぐーたらに関する情報以外に対して興味が無いから、大陸の外から人がやって来るなんてビックニュースもどうでもいいってスタンスだけど、他の連中からしたら緊急性の高いニュースかもしれないからねー。すでに情報を入手して何かしらの対策を考えてるかも――ってこれもその一種か?


「……そう言われればそうね」

「だろ?」

「じゃあなんであたしの耳に入らないのよ」

「女だからだろ?」


 この世界、女性の地位はすこぶる低い。政略結婚の道具が常識としてまかり通ってるんだ。他大陸が船で攻めてくるかもしれないなんて情報をわざわざ話す理由がないもんなー。

 さらっと発言に転生姫は盛大に舌打ち。狂信者が咎めるような目を向ける。


「姫様」

「うるさい黙れ。あんた知ってたの?」

「いえ。私は姫様方の事にしか興味ございませんので」


 これは本心だな。まぁ、この狂いぶりを見ればそれを信じざるを得ない。ってかそれだけの実力を今までいかんなく発揮してたしね。これで全て演技だったのだよとか言われたらマジで主演女優賞モンだ。


「まぁ知れて良かったんじゃね? 事実かどうか知んないけど」


 あくまで仮説でしかない。まぁ、ほぼ確実なんだと思うけどぬか喜びはさせたくない。それで文句を言われるのはこっちだからね。


「違くてもある前提で動くに決まってんでしょ。くっそ……そんな事すら考えなかったなんてアホすぎ」

「まぁがんばれ。それより金は?」

「ああ。それだったら用意してあるわ。持って来て」


 転生姫が指示を出すと1人の騎士が大きな革袋を手に近づいてきたんで、無魔法で引き寄せて中を確認するとちゃんと100プラス1枚が入ってるじゃないか。感心感心。


「じゃあ俺はもう行くわ」


 金が手に入った以上、今の所ここに用はない。そろそろルッツが来てもいい頃合いなんで、明日辺りは大仕事だなーとか考えてると、転生姫が恨みがましい目を向けてくる。


「あんた居ないと暑さ対策できないんだけど?」

「あー。それだったら親方の所で氷の魔道具の実験してるからそっち行けよ」

「なんですって! そういう事は早く言いなさいよ! 行くわよエリー!」

「かしこまりました!」


 言うが早いか。転生姫と狂信者が走り去った。おかしいな。今からいろいろと実験するんじゃなかったのか? と思ったけど、すぐ俺には関係ないからいっかと転移した。

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