第163話

「おいーっす。親方居るー? いるよねー」


 勝手知ったる親方の工房って事でずかずか踏み入っていつものソファに腰を下ろす。これで先客がいたなら遠慮するくらいの常識は持ち合わせてるつもりだけど、親方は気難しいドワーフなんで、俺が知る限りだと常連は3人くらい。極稀に新規が居たりするけど長続きはしない。

 当然。今日も客はいないので普通にソファのど真ん中を占拠して亜空間から氷の魔法陣を彫った鉄板を取り出して魔力をちょろっと流すと、ここが村に負けず劣らずの灼熱地帯であるからか最初の数秒は冷たく感じて頬擦りしたいくらいだけど、20秒くらいすると霜が広がり始め、1分もすれば素手で触るのが躊躇われるくらいの低温にまで下がって、最終的には少し力を入れるだけで板チョコみたいにパキッと割れた。


「……はぁ」


 亜空間から購入した方の魔法陣を取り出して鑑定魔法でじっと睨みつけてみても、金属で出来たとしか出て来ない。まぁ、詳細な情報が出た所でさして詳しくもないからお手上げなんだけどね。


「……わっ⁉ なんやリック。来てたんか。一昨日くらいに来たばっかやろ」

「おっすララ。今日は親方に相談があるから呼んで来てくんない?」


 前に1回入った時、ここに居る時は常日頃から氷魔法を使って温度を一定に保ってるせいで鍜治場の温度が下がるから、次来たら殺すと言われてる。

 なので、この関係を続ける方がぐーたらライフにとって有益である以上、このくらいの事は我慢せんとね。


「相談? なんか武器でも作るんか?」

「いんや。実は氷の魔道具が作れるようになったんだけど、使った金属がすぐぶっ壊れちゃうからどうしたらいいのかなって聞きに来たんだ」


 チラッと壊れた鉄板に目を向けると、ララがそっと手を伸ばしてその感触を確かめてる。


「氷の魔道具ってメッチャ高い聞いてるで? 自分、貧乏言うとったよな?」

「知り合った帝国人にぐーたらの極意を教えたらくれた」

「はぁー。そらとんでもない金持ちなんやなー」

「そんな魔道具を量産して村中の家に設置すれば、ここに負けない――いや、もしかしたらここ以上に熱いかもしれない中でも快適に暮らせると思ってたんだけどね」

「こないなってしもうたわけか……触った感じ魔物素材とか入っとらんみたいやけどなんでや?」

「魔物素材?」

「あー。せやったな。リックとの取引やと使わんから知らんのも無理はないわな」


 ちょっと待っときやといって隣の部屋に消えた。ふーむ……確かに魔物の素材を合成するって考えは全くなかったな。今まで魔道具で失敗したのって火の魔法陣を木材に彫って使って炭にしたくらいか。

 本には魔法陣に関する情報しかなかったからな。こういう所でちゃんとした機関で学んでない弊害って出るんだなー。

 とはいえ、なにがなんでも行くつもりはない。時間通りの行動を強いられ、自由を奪われるのはぐーたらライフにおいてもっとも忌避すべき場所だから。


「持って来たでー」


 数枚の金属板を手に戻って来たララがそれをテーブルに広げる。一片が5センチ四方くらいの小さい物だけど、1つ1つ微妙に色合いが違う。


「色が違うのは素材が違うからか?」

「せや。こっちのは火牛の角の粉末が混ざっとって、こっちのは沼蜘蛛の目。こっちは風斬り蝶の羽——って感じやな」

「へー」


 素材を教えられて鑑定魔法をかけるとちゃんとそういった情報がちゃんと表示される。うん……これなら確かにいけるっぽいかもな。


「じゃあ……氷に耐性のある素材を混ぜれば大丈夫って事か?」

「そうなんと違うか? やったことあれへんから知らんわ」

「ないのかよ」

「そらそやろ。氷の魔道具作るから作って言う注文受けたことあれへんわ」

「あー」


 確かに。あの細かさを目にすれば大抵の連中は匙を投げる。本当にそのくらい細かい。俺も何回かに1回は失敗する。すぐに魔法で元に戻せるから別に問題ないけど、同じ事が出来なけりゃ一体些細なミスでいくらの損になるんだろうね。


「じゃあ作ってって言ったら作ってくれるのかな?」

「作るに決まっとるやん。オトンは大陸1のドワーフやで? 武具・金属に関して並ぶモンが居る訳ないやろ」

「じゃあ呼んで来て」


 元々作ってもらうつもりだったけど、ようやく本題に戻ったな。ちょっとぐーたら道に外れた行為だったかなーと思うけど、結果として魔物素材が合成に使えるという新しい知識が得られた。トントンとはいかんけど問答無用で降段! と言われないだけマシだ。


「うーん……オトン仕事中やから話聞けへん思うで?」

「大丈夫じゃない? 耳元で紹介したい人が居るねんと言えばすぐだって」


 親方はララを滅茶苦茶大切にしてる。まぁ、男親の娘への愛ってのはブラック企業に勤めてた俺でも理解できる。むしろうざってぇって思うくらい惚気まくられて仕事に支障きたすレベルだった。何度黙らせてやろうかと思った事か。


「——ック。リーック!」

「……どったの?」

「それはこっちが言いたいわ。急にゾンビみたいな目ぇしてどないしたん?」

「ん? ちょっと思い出したくないこと思い出しただけ。それよりも早く親方呼んで来てもらっていい?」

「わーった。せやけど、うまくいかんかっても文句言わんといてな」

「いいよー」


 ……あの親方があんな勘違いしてくださいってセリフを聞いて飛んでこない訳がないだろう。まぁ、待ってるのは俺で、用事があるから紹介したいって言葉に何も嘘はない。

 ニヤニヤしながら金属片をいじってると、地響きみたいな足音がかなりの速度で近づいて来る。うん。予想通りに動いてくれて本当に楽でいいわー。


「どこのどいつじゃ! ワイのララに手ぇ出そう言うクソは! ブチくらわすぞ!」

「おっす親方。ちょっと相談あるんだけどいい?」

「あぁ! 今はオドレの相手なんぞしとる暇なんぞありはせんわ!」

「俺がララの紹介したい人だって言ってもか?」

「なんじゃと?」


 眼の光が明らかにおかしくなっているし、ハンマーを持つ手に明確に力が込めてるのが筋肉の盛り上がりですぐ分かるが、特に気にも留めずに砕けた鉄板を親方の前に置く。


「実は氷の魔道が手に入ってね。量産すれば焼け死ぬんじゃないかってくらい暑い村での生活が非常に快適になるんだけど、魔力を流し続けると脆くなって少しの衝撃で壊れるのに困っててさ。親方って鍛冶師じゃん? なんとかできない?」


 この辺りで、ようやく紹介したい人=用事がある人って解答に行きついたみたいで、こめかみに何本も青筋を浮かべながら大きく。長く。ため息を吐き出して地べたにどっかと座り込む。


「このワシを相手によぉあんな手ぇ使ぉたのぉ」

「別に間違った事言ってないと思うけど? で? どうなの。出来るの出来ないの」

「ほぉじゃのぉ……」


 そう呟いて割れた鉄板を手に取ってクルクル回したり、指で弾いてみたりと何かを確認してるように見える。


「ええ鉄じゃのぉ。オドレ、鍛冶出来るんか?」

「あーそれは魔法でギュッと固めただけ」

「……それでこないなモン作られたら、ワシ等ドワーフも形無しじゃのぉ」

「んな事より氷の魔道具」

「そうじゃったのぉ。とりあえず動いとるトコが見たいができるか?」

「ちょっと時間要るなー」


 さすがに氷の魔道具はそうポンポン作れん。亜空間から鉄板を取り出してじーっと眺め、目の前の鉄板に魔法陣をイメージして、固定された所で一気に彫る。後は魔道インクを流し込んで蓋をすれば完成。


「ほい完成」

「時間かかる言わんかったか?」

「失敗する場合もあるからな。今回は一発成功しただけ」


 すぐに魔力を流すと、最初は変化が分からないけど徐々に霜が見え始め、それが全体に広がり。パキパキ音が聞こえ始めた辺りで魔力を止めて折り曲げるように力を入れると簡単に2つになる。


「——とまぁこんな感じになるんだよ」

「そらそうじゃろが。質が良いとはいえただの鉄じゃ。その辺が氷の魔道具が作成できん理由の1つや聞いた覚えがあるのぉ」

「へー。じゃあどんな素材使ったらこの冷気に耐えてくれるんだ?」

「ほぉじゃのぉ……氷っちゅう事はそれに則した魔物の素材がええやろ」

「ない」


 氷魔法が使えるおかげかそう言う場所を全く知らん。こんな事になるんだったら探しておけばよかったなー。今まで何の問題も無かったから大丈夫だろうと安易に考えなければよかった。


「それじゃったら魔法に強い耐性がありそうな魔物の素材じゃったらええんじゃなかろうかのぉ」


 魔法に強い耐性を持つ素材か……なんかあったっけと適当に亜空間の中を探ってるとちょうどいい物を発見。


「これなんてどうだ?」


 取り出したのは、いつぞやに懲らしめた龍の鱗である。

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