第162話
「うるさいぞー」
「なんですって――ってあんたはあの時の生意気なクソガキ! アタシの船を沈めたのはアンタの仕業ね! どうしてくれんのよ!」
ギャーギャーと文句を言いながらこっちに近づいて来る転生姫。その道中で一瞬だけなんで水に浸かってんだ? って顔をしたけど怒りが勝ってるようで、すぐに眉を吊り上げる。
そんな相手に対して、俺は至って冷静だ。
「耐久実験を手伝ってやっただけだよ。あの程度で壊れると分かって良かったじゃん。感謝してくんない?」
「馬鹿言ってんじゃないじゃないわよ! アタシはどんな風に沈んだのすら分かってないわよ! それに、1隻しかないんだから船沈めるのは最後に決まってんじゃないの! 今は推進力として使う予定の魔道具が来るのを待ってた所よ! それに見てないんだからあの程度って言われても分かる訳ないでしょ!」
「あーそーだったんだ。だがそれは、言わなかったあの白衣ドワーフが悪い」
耐久実験をやってるとは聞いたが、それは最終段階になってからなんて一言も聞いてないので、白衣ドワーフの方に目を向けると水面を見つめたまま呆然としたまま。どうやら力作があっさり沈んだ事にショックを受けてるっぽい。
「聞いていようがなかろうがアタシが居なけりゃどんな法律も意味ないのよ! だからあんたはあれを何とかしなさい!」
「まぁ、直せって言われりゃ直せるから別にいいけどね」
いつまでもぐちぐち文句を言われるのはぐーたらに悪い影響を与えるんで、無魔法で引っ張り上げ、土魔法でへこみを直し。切断面もくっつければあら不思議。あっという間に元通り。
「ほれ。これでいいんだろ?」
「本当にとんでもない魔法使いよね。ウチに仕えない? 好待遇を約束するわよ」
「興味ない。そんな事より金貨100枚貰いに来たから頂戴」
「あら? 氷の魔道具はイイの?」
「もう手に入ったから大丈夫」
「……はい? たった数日で一体どうやって手に入れたのよ」
「土板に乗って王国と帝国の首都を探し回った」
「その2都がどんだけ離れてると思ってんのよ!」
「知らん」
適当な転移での移動に詳しい距離なんて、それが何千キロだろうが何万キロだろうが転移魔法の前に意味はない。だから記憶しない。無駄な事を極力忘れる。それもぐーたらの一環だ。
「はぁ……もういいわ。そんな事よりちょっと実験を手伝いなさいよ。そんな水の中でボーっとしてるって事は暇なんでしょ?」
「断る。俺は金貨100枚が来るのを待ってただけだ」
俺は金を貰いに来たのであって労働をするために来たんじゃない。昔だったら金の為であればある程度妥協してたかもしれんが、今や氷の魔道具も手に入り。金貨100枚という潤沢な資金もほぼ手中。
となれば、わざわざ汗水たらして働く事なんて出来ようはずがない。俺は敬虔なぐーたら教の信者なんだからな。
「いいじゃない。お金なら払うわよ?」
「金は十分貰う予定だから要らん」
「チッ! こんな事なら小出しにするんだったわね」
「ちなみに、今からそんな事をしたら帝都を壊すからな」
いくら帝都がデカいと言っても、隕石の直撃には耐えられないだろうよ。あんまデカいのを落とすと王国まで滅びそうだから、最悪小粒なのを流星群よろしく落とせばいいな。
「あんただったらマジで出来そうだから止めてよね」
「分かったなら金だしな」
「今あるように見える? すぐに持ってこさせるから待ってなさい」
そう言って狂信者に目を向けるだけで、そいつが近くに居た騎士を使いパシリとして走らせる。飯時だという事で多分食った直後だろうな。そんな時に走ると横っ腹が痛くなるだろうけど俺には関係ないあと何分くらいで来るのかねー。
ワクワクしながらぼーっとしてると、すぐ横から冷たっ! って声が。それから10秒もしないうちにドボンと何かが飛び込んできた。まぁ、転生姫なんだけどね。
「姫様っ! あぁなんとはしたない事をなさるのですか! 誰とも知らない平民如き男と共にそのような場所に入ってはいけません。今すぐお出になってくださいませ」
「ぷはっ! 冷たくて気持ちいいー。だから断るわ! これも氷の魔道具の力?」
「これは自前だ」
「うわー。めっちゃズルじゃない。こんな邪魔なドレス着てクソ暑い洞窟内での生活にこの冷たさは反則よー」
と言いながら滑り落ちるように水の中に潜っていく。そりゃそうだよな。俺の場合は魔法で大抵適温を保ってるから何ともないけど、この場所は年中鍛冶仕事をしてる性質上灼熱になるのは仕方がない事だ。
そんな中で、城で見かけるような普通のドレスで歩き回ってる転生姫の暑さは相当なもんだろうな。逆によくそんな恰好で脱水症状なり熱中症なりになんないかが不思議でならない。
「ぷはっ。あー最高。ついでにこの服も脱げたらもっと最高なんだけどね」
「いいけませんよ姫様! 獣欲しか頭に詰まっていないような雄共の前で僅かでも肌を晒すなど、未来永劫あってはならない事でございます!」
「だが、多少は薄着にならんと熱で倒れるぞ?」
「そう言ってるんだけど、この馬鹿が信じないのよ」
「当然でございます。そのような戯言を信じて姫様のお美しい素肌を雄共の目で汚されるなど虫唾が走りすぎて種族構わず雄というだけで殺し回らねばなりません」
「無理だろ」
ここには俺には視認も感知も出来ない火の精霊っつー存在が居るからな。ドワーフを数人・数十人殺ったところで、魔法が使えなけりゃそのうちそれらに焼き殺されるのがオチだ。
とはいえ、そんな大それたことをしでかせば確実に国際問題に発展してドワーフ対帝国の全面戦争は待ったなしだろうなー。
「はぁ……でも、ここにこうしていれば平気ね」
「俺がいなくなればぬるい水に戻るけどな」
「何とかしなさいよ」
「魔力のないお前には無理な話だ」
ここに出力を抑えた氷の魔道具でも放り込んでおけば、年がら年中冷たい行水が楽しめるだろうけど、その為には魔石に魔力の補給は必須だが転生姫は魔法が使えない。だからどうにもならない。そもそもタダ働きはノーサンキューだ。
「はぁー……やっぱ魔法が使えるって便利よねー」
「まぁな。これで出来ない事は傷や怪我を治すくらいじゃないのか?」
一応使えるかなーと努力はした。それが使えればどれだけ暴飲暴食して内臓に深刻なダメージを与えてもあっという間に回復できるから、長期のぐーたらライフを送るのにもってこいだし、金が無くなった時に適当な貴族・王族を相手に使えば大金が手に入る。
転移を使える俺であれば、国が相手だろうと簡単に逃げる事が出来る。まさに最高の魔法だと思っていたんだが、フェルトから「んな便利魔法ある訳ないじゃろうが」と言われ絶望したのもいい思い出だなー。しみじみ……。
「ちょっと。急におじいちゃんみたいになってどうしたのよ」
「誰がジジイだ。こちとら5歳の子供だっつーの」
「いやいや。それは分かってるけど、一瞬だけど急激に老けて見えたわ。ねぇ?」
「姫様の仰る通りです。お得意の魔法でも使ってまた何か良からぬ事を始めるのではないかと斬り殺す準備は整っていた」
「お前程度の実力じゃ無理無理」
なんて煽ってみると、一切のためらいもなく狂信者が俺を脳天から唐竹割りにしようと剣を振り下ろしてきた。
あれ? 狂信者の剣が俺の結界斬ってる。このまま数時間続ければ危ないとと思ったんですぐに石弾をぶつけるとあっさり刀身が折れて、伸身20回転くらいして船のデッキに突き刺さった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 何してんのよこの馬鹿!」
「も、申し訳ございません姫様! かくなる上はこの小僧の首を切り落とし、共に冥府へと落ちますので何卒お許しください!」
「なんで俺が巻き添えなんだよ。死ぬなら1人で死ね」
勝手にキレて斬りかかって来て失敗したしりぬぐいに俺を巻き込むのは止めてほしい。まぁ、そもそも狂信者じゃ死ぬまでかかっても俺を道連れなんて無理だろうけどね。
「やかましい! もはや姫様の怒りを鎮めるにはこれしかないのだ!」
「知るか馬鹿。掘削」
巻き込まれるのが面倒なんで、襲い掛かってこようとした狂信者を地面に埋め、人体に影響がないと思うくらいの硬さにすればそう簡単に出てくる事はないだろう。たとえちょっと吐血してるっぽく見えるのは転生姫の同情を買うためだろう。
事実。その企みは成功していた。
「ちょっと……血ぃ吐いてるけど殺してないわよね?」
「大丈夫だろ。じゃあ俺行くわ」
「どこ行くのよ。まだ金貨来てないわよ?」
「親方の所。金貨は帰りでいいわ」
冷たい水の中でボーっとしてるのもいいけど、ここに来た最大の目的は氷の魔道具制作のためだ。金ももちろん大事だが、現状村に必要なのは熱期を涼しく乗り切れるようになるクーラーよ!
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