第161話
「それじゃ、行ってきまーす」
昨日一昨日と同じように、朝飯を食って畑仕事をし、昼飯を食い終わってすぐに転生姫の所に行って金貨100枚を受け取るために行動を開始しようとしたところ、いつものエレナからは想像もつかないような素早い動きで俺の前に立ちふさがると、目線を合わせてじっと睨む――というか何かを確認するように眺めてる感じか。
「……あなた本当にリックちゃんかしらー?」
「随分いきなりだね。一応母さんと父さんの子供のはずだよ? こんなだけど」
ヴォルフもエレナもゲイツもサミィもアリア等々の家族は一切の例外なくかなりの美男美女。その中にあって俺だけが凡人レベルの容姿——うん。凡人だよ。
そんな見た目で普通の神経をしてたら真っ先にエレナの浮気を疑う所だが、それは命を失う行為なので基本的にはしない。
しかし、なんでか知らないけど息子として疑われてるようなのでわざわざこの話題を提出する。それだけでエレナが心底嫌そうな顔をする。
「本物のリックちゃんねー」
「ですね。その話題を出すのはリック以外いませんから」
「というか5歳でよくそんな事言えるよね」
家族からちゃんとした評価を受けて満足だ。
「まぁそんな訳なんで、また外に行ってくるね。夕方には帰って来るから」
「あのリックちゃんがお外で一体何をしてるのかしらー?」
「ふふん。快適なぐーたらライフをおくる為の実験に決まってるじゃん」
俺=ぐーたら。ぐーたら=俺。少なくとも、この村の中では俺の生きる意味はこれに集約されてると認知されてる自信がある。そう言う言動を常日頃からしてるんだからな。
そして今回は、とうとう氷の魔法陣を手に入れた。これによってこの村の熱期は熱期じゃなくなった。聞こえる……聞こえるぞ……俺を崇め奉る村人の声が。領主になれって声は無視だ。んな事ほざく奴には譲らんぞ愚か者どもめ。はっはっはっは。
「リックちゃん大丈夫ー? 気持ち悪い顔してるわよー?」
「自分の息子に対していう言葉じゃなくない?」
「だけど事実なんだよね。喜びと悲しみと怒りと怠惰が混じったような何とも言えない顔をしてたぞ」
まぁ、当てはまる妄想をしてたのは事実だが、言うに事欠いて気持ち悪いはさすがに傷つくなー。ただでさえホンマに家族け? ってくらい醜いままのアヒルの子なのに追い打ちをかけるとか、俺がおっさんじゃなかったら泣いてるぞ?
「ふっふっふ……その秘密に関してはまた後日ね」
今は転生姫から金貨100枚パクって来る事の方が先決だし、何よりちょっとした問題があるからお披露目するのはまだ早い。金属に詳しい親方に話を聞いてみる予定でもあるしね。
さて、とりあえず誤解が無くなったんで悠々と家を出て土板でいつもの洞窟で転移。
さて……まずは金貨100枚を回収しちゃいますかねって事で、街の外に飛び出して搬入口から地下にやって来ると、ポツンと船が浮いてづだけで周囲には誰も居なかった。
「待つか」
いちいち探し回るのはぐーたら道に反する。なので近くに新しく小さいプールを作り、そこに冷水を入れてぼーっと浮かんでぐーたらライフを楽しんでると、突然野太い悲鳴が聞こえたんで宇宙の彼方にまで飛ばしてた意識を肉体に戻すと、すぐそばに転生姫と一緒に居たドワーフがへたり込んでる。
「どうした?」
「どうした。やないわ! 飯食ぅて帰って来たら知らん水場に死体が浮いとったら誰でも驚いて腰抜かすに決まっとるやろ!」
「いい大人が死体の1つや2つで驚くなよ。そんな事より姫ちゃんどこ?」
「まだ飯の最中や――っちゅうかいい加減出て来んかい!」
「暑いから断る!」
別に白衣ドワーフに従う必要性はない。俺の行動を縛れるのはエレナくらいだ。まぁ、それも成人するまでだがね。
「もうええわ。ほんなら邪魔するんやないで」
「大丈夫ー。興味ないからー」
別に外洋に出れる船があろうがなかろうが、俺なら魔法でひとっ飛びなので何の問題もない。やっぱり、魔力はあればあるだけいいという事をこういう時に実感するよねー。
なーんて事を考えながらぼけーっと白衣ドワーフの動きを見てると、長い棒を片手にプカプカ浮いてる船をつつき始めた。何やってんだろうと思ってるとあっちこっち動いては棒でつついたり、時には飛び乗ってジャンプしたりしてる。
「何やってんのそれ」
「耐久実験やな。初めて作った船やから、どんだけ浮いてられんのか調査しとんねん」
「そのやり方じゃ弱くね?」
耐久実験をするのは納得できる。どれだけ頑丈か知らないで乗って沈没でもしたらあっという間に魔物の餌だからな。
しかし。腕力自慢のドワーフが鉄の船を棒で叩いたり乗り込んでジャンプする程度で壊れるかの実験なんて何年かかんだよってツッコミを入れたくなるな。この世界にゃ魔法って便利なモンがあるんだから、それを使えばいいのになー。
「自分はこれ造るのにどんだけ時間がかかった分からんからそないな事が言えるんや! それを簡単に壊しとうないっちゅうワイの気持ちが分からんのか!」
「分かんないなー。俺だったら魔法でぶっ壊すくらい頑張るけどねー」
安全性の観点で言えば、魔法を使った方が良いに決まってる。キノキノコですら魔法を使うんだ。外洋に住んでる魔物が魔法を使わない訳がない。そん時に壊れるより今壊さないとだろ。
「魔法なー。ワイもやろうとは思うとるんやけど、姫さんが納得せんくてな」
「じゃあ今の内にやっちまえばいいじゃん。言い訳くらいなら考えるよー」
幸いここには俺と白衣ドワーフしかいない。魔法でぶっ壊したとしても一応犯人俺やねんって事に出来るっちゃ出来るし、そこに罪悪感はないし言いくるめる自信もかなりある。
「ほんなら手伝ってもろてええか?」
「がんばえー」
ここでもやっぱり長ったらしい詠唱が終わると、何も起こらない。一応白衣エルフの足元辺りに魔力の塊があるんだけど、そこからうんともすんとも動く気配がない。
「失敗してんじゃん」
「いや……ワイの魔法が自分の魔法のせいで途中で止まってしもうてるわ。他人の魔法を止めるなんて、どんだけ魔力込めてこの空間造ったんや?」
「覚えてなーい」
頑丈になるようにと多少はギュっとしたつもりだけど、まさか他人の魔法に干渉するとは考えもしなかったな。仕方ないんで魔力がある辺りの床を一部柔らかくしてみると、弾丸みたいに飛び出した何かが天井に襲い掛かってから船のデッキに直撃。
「おい! 何したんや!」
「ん? 魔法が止まってるって言ったら開放してやったんだよ。で? どんな感じ」
「えーっと……少しへこんだ程度やな。さすがワイやな」
「で? 外洋の魔物ってのは今程度の魔法しか撃ってこない訳?」
「どうなんやろ」
俺の問いかけに、白衣ドワーフは首を傾げた。まぁ、ここは内地なんで海なんて遥か彼方。海の魔物の脅威なんて聞こえないだろう。故に首をかしげるのも納得しかない。
「どうするんだ? 今ので大丈夫って事で進めるの?」
「それは依頼主次第やろ。ワイはあの姫さんに言われたとおりの事をするだけや」
「にしては駄目すぎだと思うぞ? やっぱこういうのは派手にやんないと」
「せやったら自分がやれや。何もせんくせに横からぐちぐちぐちぐちうっさいわ」
「じゃあ暇つぶしに」
言質を取ったんで遠慮なく間欠泉の要領で船を打ち上げ、水球を10発ほど叩きつけるとそのたびに船底がボコボコにへこみ、ウォーターカッターの要領で真っ二つにしてやった。
ちなみに白衣ドワーフは危ないんで無魔法で船から放り出してあるんで安心安全だね。
「……」
「あー。結構加減して撃ったけど壊れちまったねー」
やっぱ普通の鉄じゃあ駄目って事だな。それにしても……本当に結構抑えめに撃ったつもりだったんだけど、簡単にへこんだしあっさり真っ二つになったなー。
「ど……どうしてくれるんや! 結構な時間と鉄使ぉて作ったんやぞ!」
「逆に考えろ。まだ改良の余地があるって事じゃないか」
あの程度で壊れてれば、きっと外洋の魔物の魔法じゃなくても沈没させられてただろう。そう考えればここで沈んでおいた方が俺が言ったようにイチから見直しが出来る。うんうん。むしろいい事をしてやったくらいだ。
「はぁ――――――っ! 船が無くなってるんですけど―――――!」
そう1人納得してると、転生姫の悲鳴みたいな叫び声が広ーい空間内で滅茶苦茶反響した。
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