第160話

 魔力操作が上手くなりたい。そんな眼鏡女の要望に応えて用意したのは、数字を彫った長短細太様々な木の棒をテーブルに並べただけの実に手間のかかってない物だ。


「じゃあまずは3番だけを倒してみようか」

「師匠……さすがにいきなり難度が高すぎないかい? ぼくも数々の実力ある魔法使いからその技術を学ばせてもらったけど、あそこまでの事はしなかったよ。というかできる領域を悠々と踏み越えてる気が済んだけど? 師匠は出来るんだよね? もしよかったらその技を見せてもらいたいね」

「別にいいけど……」


 リクエストに応えて3と彫った棒だけを跳ね上げる。適当に魔力操作を頑張ってればこのくらい簡単に出来るようになった俺からすると、これで難度が高いと言われる方がびっくりだ。初心だと思ったからそれぞれの隙間を5センチくらい空けてるってのに文句を言われるなんてね。


「事も無げに見せてくれるのはさすがとしか言いようがないけど、やはりぼくには無理そうだ。悪いのだけど難度を下げてもらえないかい?」

「じゃあもっと下げるか」


 文句が多いんで仕方なく1本に。だけどその10センチ後ろには土魔法で作ったペラペラの板を置く。ただ倒すだけなら石を投げても出来るから、このくらいの障害がないと訓練にならん。


「じゃああれ倒して。後ろの板を揺らさずに」

「むぅ……このくらいであれば――」


 ようやく詠唱を始める眼鏡女。長ったらしい詠唱なんてよくやるよなー。この世界が出来てどんくらい経つのか知らんけど、俺が知ってる魔法使いで同じ位なのはフェルトだけだ。始祖龍はどうか知らんけど、雑魚龍も速攻で魔法撃てなかったような気がする。

 それから一歩も進歩してない? だとしたらアホすぎるだろ。一応誰もが詠唱長いなーと思ってはいるっぽいけど、それを縮める努力をしない。それは、ぐーたら道を歩む俺からすれば労働してるとしか思えん。


「風の矢」


 詠唱が終わり、眼鏡女の手から見えない魔力が飛び出してあっさりと棒を倒したけど、後ろの板はパッキリ折れた。


「残念。威力が強すぎる。もっと弱く撃たないと。それに、真っ直ぐじゃなくて巻き込むようにじゃないとあんな風に折れるから考えないと」


 いちいち歩いて立て直すのは面倒だけど、無魔法で持ち上げればその場から動かずに同じ事が出来る。魔法って便利。


「むぅ……簡単そうに見えるのに凄く難しい。しかし、先ほどのと比べれば不可能ではなさそうだ」


 ——————


 そんな事を言っていた眼鏡女も、1時間もすれば魔力切れのせいか自分のふがいなさのせいかはたまた両方か。がっくりと肩を落として大人しくなっている。

 まぁ、あれから1回も成功しないんじゃそうなるのも頷けるか。自称・優秀な魔法使いと言ってたけど、この程度の事も出来ないし詠唱も全く短くなる予兆がない。所詮自称は自称。魔法得意とほざくエルフもあの体たらくだったからね。


「なにも成長しないね」

「うぐ……っ。そう言われると黙るしかできないね。妹にもぼくにはイメージ力とか言うのが足りないと言われて色々と工夫してるんだけど、抽象的すぎてね。師匠はイメージ力という意味は分かるかい?」

「勿論。魔法を使うには大事な要素だ」


 イメージが鮮明であればあるほど魔法が使いやすい。俺が魔道具を作る際にもそれを明確にするために魔法陣をじっくりと観察する必要がある。


「悪いのだけどそこから教えてもらえないかい? 妹にも何度か教えてもらったんだけど、彼女の言葉は何とも抽象的で要領を得なくてね。師匠であれば妹と違ってぼくにもわかりやすいように教えてくれるんやないかと期待しているよ」

「ふむ……イメージかぁ」


 風のイメージってなんだろうな。火とか水とか土であればモノを見せる事でイメージさせる事が出来るけど、風に関しては目で見えないから難しいんだよなぁ。なんか風の流れを見る方法……。


「まずは外に行こう」


 室内より屋外。風御感じるにはやっぱ外っしょって事で、眼鏡女を連れて店の外へ――


「すみません! 店長を戻してくれませんか!」

「……ああ! そういえばそうだった。すっかり忘れてたよごめんごめん」


 すっかり大人しくなってたから完全に忘れてた。店員に言われて、そういえば邪魔な恵比寿を壁に埋め込んでたんだけどそのままにするところだった。すぐに魔法で一部を柔らかくして引きずり出す。


「これでいいね。じゃあ」


 氷の魔法陣を手に入れた以上、ここに用事はもうない。ササっと店を出てすぐに水魔法で薄い膜を作って宙に浮かし、そこに軽く風魔法を撃ちこむと水飛沫が舞い散る。うん。予想通り、風の動きが断片的だけど把握できる。


「さぁ。やってみよう」

「なるほど。これなら視認が困難な風魔法の視認が容易になる。さすが師匠! これほど簡単に解決策を見出し、それを可能とする魔法を軽々行使する腕前はぼくの講師役となった誰よりも素晴らしい」

「そう言うのいいからさっさとやってくんない?」


 いつまでもこんな事に付き合ってる暇はない。こっちもこっちで夕方までに帰らないとエレナから圧殺されかねないくらいの笑顔でもって出迎えられる。成人していない現状で、それはぐーたらライフに大きな大きな障害となる。


「分かりました」


 嬉々としてそう言うとまた長ったらしい詠唱を始める。これを待たなきゃなんないのがもはや労働なんだよねー。無駄な時間を過ごすのとぐーたらするのはまるで意味が違う。自主的かそうじゃないか。この辺りが俺的な理由かな?


「風の矢」


 店の中で使ったのと同じ魔法が水の膜に撃ち込まれると、水飛沫が細い棒の様に真っ直ぐ伸び、20メートルくらいでピタリと止まる。


「これはいい! 今まで漠然としか分からなかった魔法の軌跡が手に取るように理解できるなんて……あぁ、ぼくはなんて愚かなんだ。こんな簡単な解決策すら思いつかないようじゃスラムの孤児と変わらないじゃないか。父の莫大な資産を食い潰して多くの魔法使いから知識を得、王国の学園でも主席確実であっただろうなんて思い上がりも甚だしい」


 喜色満面。そんな表情から徐々に落ち込んで行って、最終的には真っ黒な目で虚空を見つめたまま何かをぶつぶつとつぶやく。そう言うのは時間の無駄なんで、軽ーい雷魔法でショックを与えて強引に引き戻す。


「んぎゃあっ⁉ し、師匠? 今ぼくに何をしたんだい!」

「何かしたんだよ。それより同じのをもう1発撃ってみる」

「分かったよ」


 俺に言われたとおりに魔法を撃った眼鏡女。それに対して本人はおろか、周りの従者達まではて? といった表情をしながら首をかしげてた。


「師匠。さっきより威力が上がってるような気がするんだが?」

「当たり前でしょ。風の矢に対するイメージが少し明確になったからだな」


 魔法は必要以上に魔力を込めなくても、イメージによって結果が少しだけ変化する。それを繰り返せば自ずと強弱が付けられるし、軌道を変化させる事も出来る。そこに魔力の増減が加われば、千変万化——とまではいかなくても色々な事が出来る。

 火や水であれば温度の調整。土であれば硬度。風であればその軌道や密度といった具合に、ぐーたらライフを送るにあたって必要不可欠な技術だ。


「なるほど。これがイメージの力なんだね。確かに素晴らしい知識だ。師匠からたった2言3言の助言だけでこうも変わるなんて、今までの魔法使い達はいったい何をしていたんだと怒りすら覚えるよ」

「おい坊主。そんな簡単に魔法って変わるもんなのか?」

「変わったじゃん。おっさんだって、師匠とか実力が上の人から助言を受けて太刀筋が変わったなーって思ったりしたことあるでしょ? それとおんなじ」

「なるほどねぇ」


 思い当たる節があったのか、俺の言い分に納得したようだ。ヴォルフがアリアによくそんな事を言ってたのを思い出してよかった。


「さて。それじゃあ俺は帰るね」

「帰るのであればぼくの屋敷に泊まって行かないかい? 師匠であれば最高のもてなしを約束するよ」

「悪いけど家に帰らないと俺の命が危なくてね。多分もう会う事はないと思うけど、頑張ってねー」


 そう言い残し、土板でさっそうとその場から逃げ出す。氷の魔道具代の教えだったかどうかは疑問だけど、少なくとも眼鏡女は大きく満足してたと俺はそう感じた。であれば、十分だろう。

 そんな事より今は1秒でも早く家に帰らないといけない。まだ晩御飯までは時間があるけど、その残りは少ない。グングンと上空に駆け上がり、帝都が米粒くらいになるまで上昇してから転移魔法で帰宅した。

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