第159話

「ふむ……これが今回の氷の魔道具かい。随分と大きいね。今まで見てきた物と比べて2倍……いや3倍はあるかもしれないね。となるとモチロン性能が気になるところだけど、やはりここは師匠の意見を聞いてみたいね」


 通された個室は俺の部屋の倍以上。そして氷の魔道具は本棚レベルの巨大な代物。そしてすでに起動した状態なおかげで部屋に入った途端に涼しい空気が俺達を出迎えてくれた。

 そんないい気分で冷房を楽しみたいって言うのに、眼鏡女は相変わらずグイグイ詰め寄って来る。モチロン惜しい執事がさり気なく割って入ってくれるからギリギリうざすぎてイラっと来ない程度にとどまってる。

 しかし性能かぁ……個人的にはもうちょい強めがいいな。帝国も熱期を迎えて暑くなり始めてるからこのくらいでいいのかもしんないけど、ウチの村は既にここを超える暑さがほぼ冷期になるまで続くからこの程度じゃほぼ役に立たんだろうな。

 こそっと鑑定魔法で調べてみれば、ちゃんと良い物なのがすぐに分かったけど、それでも性能自体はそこまで高い物じゃないらしい。せいぜいが20畳くらいの部屋の温度を3・4度下げる程度かな。


「そうだな……魔石が悪いのか魔道具自体が悪いのか、ちょっと弱く感じるな」


 率直な感想を告げたら、どうやらこの魔道具は相当良い物だったようで、恵比寿のこめかみに青筋が浮かぶし、店員たち数人も息をのんだ。


「し……失礼ですがお客様。こちらの魔道具は従来品と比べまして出力は2割ほど向上しているのです。それを弱いと感じられるのは勘違いかと」

「あーそうなの?」


 チラッと眼鏡女に目を向けると、恵比寿に同意するようににこやかに頷く。何だろう……もっと強力なのを期待したんだけど、これで高品質とか言われるとマジで拍子抜けだな。


「その店員の言うとおりだよ。今まで何度か氷の魔道具を見てきたけど、これは随分と良い物だよ。正直師匠に譲るのが惜しいと思えるくらいだけど、これ1つでぼくの魔道研究が大きく前進することを考えると安い買い物さ」

「さすがメリーシャ様お目が高い。こちらは金貨320枚となります」

「……結構高いな。しかし、これほどの性能の魔道具だ。仕方ない出費と割り切ろうじゃないか。後は任せたよ」


 よし。交渉が成立したって事で、早速風魔法で外装を切り分ける。


「「「……」」」


 ふむふむ。内部を確認してみると、大きさの違う魔法陣が3段になってて、それを見た事のない技術でくっつけてるみたいだ。この機構も気になるけど、一番必要なのは氷の魔法陣だ。3つのうちのどれかがそうなんだろうと細部にまで目を走らせてる途中で、肩を掴まれて引っ張られた。


「何をしてんだ貴様ァ!」


 めっちゃ怒ってんのは店長の恵比寿。あれだけにこやかな笑顔を浮かべてたはずのあいつが、今や般若のような顔だ。普通の子供ならここでギャン泣きするだろうけどおっさんの俺は屁でもない。というか研究の邪魔だから無魔法で引きはがし、土魔法で柔らかくした壁に頭を残して埋め込んだ。


「これでよしと」


 ギャーギャー喚かれた所で魔法陣の確認には何の影響もない。うるせぇなーとは思うけど、ぐーたらライフの前じゃあそんなもんは些事よ些事。


 ———————


「ふむ……なるほどなるほど。確かにこれは難しいね」


 じっくり魔法陣を見学した結果、人の手で氷の魔法陣を作るのは確かに難しいと分かった。マジで細かすぎだから素人じゃあ手も足も出ないだろうし、万が一腕が良くなったとしても、待ってるのは老眼だろうからな。見えなくなるのがオチだ。

 だがしかーし! 俺には魔法でどうとでもなると言う技がある。魔法陣を事細かに記憶する必要はあるけど、ぐーたらライフバフがかかってるなら朝飯前よ。


「師匠。聞こえてるかい? さすがにここまでお預けを食らうと心の広いぼくでも文句の5つや6つ出てくるんだけど、あの店主みたいに触れて壁に埋まるという経験をしてみたい気持ちもある。やはり魔法を自分の身で受けてこそどんなものか分かるとぼくは思うんだが、師匠はどうなのだろうか?」

「火魔法は嫌かなー。火傷するじゃん」

「師匠! ようやく声が届くようになって一安心だよ。てっきりこのままぼくの言葉を無視し続けるんじゃないかと本当にひやひやしたしムカムカしたんだよ? ご注文の氷の魔道具を差し出したんだ。約束は守ってくれたまえよ」

「そこは安心しなよ。教えられる事は教えるからさ」


 氷の魔道具を貰ったんだ。夕方までだったら喜んで質問に答えてやろうじゃないか。何しろ動かなくていいって言うのがプラスポイント。ぐーたら道にもってこいの内容だ。


「じゃあ早速だが、その詠唱の短さはどのくらいの期間。どんなことをやって手に入れたんだい!」

「神なんて居ねー。詠唱なんて役立たずの邪魔モンだーって思いながら魔法を使う」


 さらっとした神はいない発言に、護衛の1人と店員数名が眉間にしわを寄せて睨んできた。どうやら敬虔な信者らしいけど、俺の知った事じゃない。やるってんなら相手してやるけど、ああなりたい? という意味を込めて睨んできた奴と未だ壁に埋まったままの恵比寿を交互に見れば、グッと拳を握るも何かしてくる様子はない。君等の覚悟はその程度だったみたいだねー。


「そうなのかい。しかし……神は居らず。詠唱を役立たずの邪魔者と意識するのは難しいと思うのだけれど、より具体的な方法はないだろうか?」

「最初から一気に削るんじゃなくて、少しづつ少なくするのがコツだと思う。後は想像力だね。使えるのは風魔法だけ?」

「悔しいがそうなんだ。とはいえ、女の身で魔法が使えたところで好条件の結婚か冒険者になって一旗揚げるくらいが関の山なんだよ。生憎とぼくは運動がてんで駄目だし、そう言うのが許されない家系でね。せめて魔法に関してはこうして好き勝手にやらせてもらっているんだよ」


 女性の自由がない。これが日本なら炎上案件だろうけど、ここは海外でもなければそもそも世界が違う。おまけに異世界テンプレおなじみの中世の世界観だからね。そういうモンだと諦めるか、世界に喧嘩を売って女性の自由を勝ち取るために戦うか2つに1つで、眼鏡女は前者を取ったってだけだ。


「ふーん。大変だなー」

「……さっきから何をしているんだい師匠」

「ん? この魔道具の性能が良くなかったから改造しようと思ってな」


 鉄が欲しいけどここには無いから、さっき切り分けた魔道具の木製の外装をじっと眺めながら、覚えた魔法陣を頭に描いて土魔法で寸分たがわぬように溝を掘ればほとんど一瞬で魔法陣が完成。しかもこの魔道具のと比べて倍以上にデカい。後はこれに魔道インクを注いで魔力を流せば、より強い氷属性の魔道具の完成。

 軽く魔力を流してみると、思った通りに魔法陣が凍って大量の冷気を吐き出す――その前に魔法陣が粉々に砕け散った。完全な強度不足だな。とはいえ、そもそもこれは正確に魔法陣が記憶できたかを調べるためにやった実験ともいえないレベルの事なんで、成功した喜びの方が大きい。

 一方で、俺のやった事に対して周囲の反応は完全に時が止まってる。1人を除いてだけどな。


「師匠……さすがにそれは世界の常識を何段階もすっ飛ばしすぎじゃないかな? まさか魔法でそんな事が出来るなんて考えた人物はいたのかもしれないけど、そこまで精緻な魔法が使えるのはエルフくらいだと思う。とても素晴らしい事だけど、ぼくにも同じ事が出来るようになるんだろうか!」


 この時ばかりは惜しい執事が割って入って来る事が無いせいでマジで暑苦しいくらい迫って来て、氷の魔道具完成の目途が立つ前だったらうっかり壁にオブジェとして埋め込んでたかもしれない。そのくらい興奮に鼻息荒く。目を爛々と輝かせ。顔を真っ赤にしてるのがマジで怖い。


「それはぐーたら修練が足りない証だね」

「ぐーたら修練? それはなんなんだい!」

「俺的には魔法を極めるための最高の訓練法だと確信している」

「最高の訓練法! どんなことをするんだい! 氷の魔導具を渡したのだからそれに関してもすぐにでも教えてくれるんだろうね!」

「わーってるって」


 その前に、惜しい執事に軽く水球を投げつけて正気を取り戻させるとすぐさま引きはがしてくれた。

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