第158話
「これはこれはようこそお越しくださいましたメリーシャ様」
店に入るなり何とも怪しげな恵比須顔の男がもみ手をしながら歩み寄って来た。その際、1秒にも満たない短い時間だったけど、ちらっとこっちを見て嫌そうな目をした。きっと眼鏡女と一緒じゃなかったら追い出されてただろうなー。俺の見た目は100人に「どう?」と問えば「田舎のガキ」って感じの答えが返って来るような容姿だからね。
「本日はどのような魔道具がご入用で?」
「氷の魔道具が欲しいんだけど、在庫はあるかな?」
「なんと運がよろしいのでしょうか。そちらの商品でございましたら、昨日入荷したところにございますのですぐにお持ちいたします。おい」
「かしこまりました」
恵比寿が近くの店員に指示を出すと、数人が店の奥へと消えていった。数人が向かわなくちゃなんないほどデカいのかな?
「ではメリーシャ様。ご案内いたします」
「じゃあ師匠。行こうじゃないか。そして魔道具がやって来るまでぼくに君が知りえる魔法に関する知識を余すことなく教えてくれよ」
「魔道具見たいから断る」
眼鏡女からの要求を一刀両断。すると、店内の空気が明らかに凍り付いたのが気配とかに鈍い俺でも理解出来た訳だけど、そんな事よりも帝国の魔道具技術を眺めてる方がよっぽど利益になるから気付いてないフリをする。相手にするのは時間の無駄だからな。
「ふむ……それだったらぼくも師匠の見学のお供をさせてもらおうかな」
空気最悪な中、眼鏡女もそれを無視するかのようにそう言い放ち、俺の隣にやって来てそのまま台車もどきに腰を下ろそうとしたが、さすがにそれは執事に止められてた。
「お止めください。そこは地面で。平民の。異性の隣にございます」
さすがにねぇ。眼鏡女が嫁の貰い手がなさそうな見た目と性格をしてるからと言って、多くの店員が見ている前でそう言う事をするのは、この世界基準じゃあ不純異性交遊として咎められるよねー。何せこれだけの店で特別待遇を受けるほど。その一挙手一投足は多くの影響を与えるもんなー。
「……別に構わないと思うんだけどね。どうせ婚約者候補もぼくじゃなくて父の権力と金が目当てなんだから、別にこの程度の事で目くじらを立てる事もないだろうさ。むしろ、この程度で苦言を呈してくるような奴だったらこっちから断ってやればいい。だから、師匠の隣に座っても問題ないないね」
そう言い切ると執事の手をするりと避けてどっかと俺の横に腰を下ろすと、店員がざわつき、執事がギロリと睨みを効かせる。これでこの事が表に出たら、発信源はこの店の店員の可能性は非常に高い訳で、そうなったらこの店は終わりだろうねー。
「……この事は他言無用。分かっておりますね?」
執事の鋭い視線と腹にずしっと来る声色に、従業員全員が千切れるんじゃないかってくらい首を縦に振りまくってる。
「って訳でおっさん。適当に歩いてよ。気になるのがあったら適宜止めるから」
「はぁ……お前さんのその図太過ぎる神経が羨ましいよ」
と言いながらおっさんもそこそこ図太い神経の持ち主らしく、こんな空気の中でも平然としながら魔道具が置かれてる棚を適当に歩いてもらって、気になった魔道具があると腰とを繋いだ魔法で引っ張って止まれの合図を出す。
「……」
これはポット型の給湯の魔道具かぁ。どんな魔法陣が気になるところだけど、どうやら内部にあるみたいで確認する事が出来ないし、買うにしてもこれだけで金貨14枚とか……魔法で賄える俺からするとぼったくりじゃね? と思うっちゃうなー。
「師匠。見てるだけじゃ分からないのではないのではないだろうかとぼくは思う。いや、師匠だからこそ触れなくとも魔道具の質が分かると言うのだろうか? だとしたらそれはもはや伝説の鑑定魔法並の眼力を有してるという事に……いや、もしかしたら師匠ほどの実力者であれば鑑定魔法を使えてしまうのではないかとぼくは考えているが事実はどうなのだろう」
「うん? 鑑定魔法なんて知らんし、触らんのは駄目だと思ってたからだよ。普通に触っていいの?」
「いいんじゃないかな? ぼくもこの店で何度か魔道具を購入してるけど、手で触れて咎められたことはないから問題はないだろうさ。それに、師匠の邪魔をするのならぼくが全力で阻止しようじゃないか。弟子だからね」
「じゃあ遠慮なくー」
眼鏡女の発言に、後ろの方で従業員があわあわしてるって事は、きっとお触り厳禁なんだろうけど、気づいてないフリをして普通に手に取って色々と確認させてもらおうじゃないか。こんな機会はめったにないからね。
「ほぉほぉ。こうなってんだー」
光魔法で内部を照らして確認してみると、底部にしっかりと魔法陣が刻んであるのが確認できる。生憎、再現できるほど細かくは確認できなかったけど、これはこれで面白い。さすがダンジョン産と言ったところかな。
「使ってみるのは駄目かな?」
「いいんじゃないかい? ぼくも試させてもらってから購入してるしね。そこの君、魔石を――」
「ああ要らない要らない。自分でやるから」
魔石が無かろうと、自分の魔力を使えば魔道具を使うくらい訳ない。魔石を嵌める場所に触れて微々たる量の魔力を流せば、注ぎ口から湯気が。
「おー。結構熱々だー」
適当にだばーっと出してみると、湯気がもうもうと立ち上り、魔法で空中に固定させてる水球もぐつぐつとまでは行かなくともかなりの高温っぽい。ポット型って事を考慮すると、このくらいの温度が紅茶を淹れたりするのに適温なのかね?
さて……確認に使ったお湯はどうしようかなーと辺りをキョロキョロしてると、周りの従業員や眼鏡女までがびっくりした目をこっちに向けてくる。もしかして……この熱湯をぶつけられるとでも思ってるのか?
「そんなに心配しなさんな。人にぶつけたりしないから」
「そういう事が言いたいんじゃないよ。師匠、今普通に自分の魔力で魔道具を起動させたよね? その事についてぼく達は驚いているんだけどそれを全く意に介してないところを見ると、自分が何をやったのか理解していないように見受けられる。うん。きっとそうに違いないよ」
一応着火の魔道具をイメージして、相当少なめに魔力を入れたのが功を奏したっぽい。全員の反応を見る限り、あんま強くしすぎるとなんかよくない事が起きるんだろうなー。例えば爆発とかね。
「ま。とりあえず次行ってみよう」
「お前さんの図太さには関心を通り越して呆れるよ」
「なに? おっさんも今のすげーって思った訳?」
「そりゃあこんだけの人数が驚いてりゃあな。じゃなけりゃ何とも思わんかったな」
まぁ、近接タイプが使う魔道具ってのはリーダーが持ってるような戦闘に使う奴だろうからな。あっちは充填された魔力を消費するから、この技術が本当の意味でどれだけ凄いか分かんないんだろう。
かくいう俺も、今のが凄いとは全く思わん。なのに眼鏡女は目をキラッキラさせてふんふん鼻息が荒い。マジで引くわぁ……。
「さすが師匠だよ! まさか魔石もなしに魔道具を起動させるなんて離れ業を平然とやってのけるなんて、いったいどうやってそれだけの魔力操作の技術を研鑽したのかを詳細に教えてもらえないかい今すぐに!」
なんかすげー興奮しまくってる眼鏡女が鼻息荒く詰め寄って来るんで、すぐさま執事に助けを求める視線を向けた時にはもう両者の間に割って入ってくれた。
「メリーシャ様。あまりお近づきになられませんように」
「なんだいなんだい。これは弟子と師匠の勉学をするための距離だ。それを邪魔すると言うのはぼくの――ひいてはお家の繁栄を妨害してると取られかねない行為だけど止めるつもりはないんだね?」
「勿論でございます。私の主人はメリーシャ様ではございませんので、その命に従っての行動しております」
「分かったよ……やれやれ。令嬢というのは酷く堅苦しい生活を余儀なくされる難儀な生き物だよ」
眼鏡女の脅しに執事は毅然とした態度を崩さず、それに眼鏡女が折れる形でスッと距離を取ってくれた。優秀な執事だが、名前がセバスチャンじゃないのが惜しいな。
「なにか?」
「いや……惜しいなと思ってね」
「はぁ……」
言ってる意味が分からないって感じの表情をされても、そうなると思ってたから特になんとも思わん。さーて次の魔道具は何があるかなーと思っていた矢先に、恵比寿が氷の魔道具の準備が出来たと言いに戻って来た。
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