第157話

「メリーシャ様……ようやく見つけましたよ」


 疲れ果てたって感じの執事っぽい長身イケメンがため息まじりに告げる。後ろには随分と豪華そうな馬車——なんとゴムタイヤ以外にサスペンションまで搭載されてるじゃあないか。それに遅れて騎士だろう男女が5人。随分と大所帯だ。


「待ってたよジーニー。早速だけど魔道具屋に行きたいから馬車を――」

「その前に、なぜこのような場所までお1人で訪れたのかの説明を」


 うーわー。冷笑イケメンのこめかみに青筋が見える。見ただけじゃあ分かりづらいけど相当に怒ってんなぁ。そして、こっちを見る目が鋭いねぇ。エレナに比べりゃ子供だましみたいなもんだから何とも思わんけど。


「決まっているじゃないか。つい先日、大掃除が終わったというから久しぶりに好き勝手に出歩いてみたかったのさ。君達と一緒だとあそこは駄目だそこは危険だと言ってまったく自由に移動できないからね。なので久方ぶりの自由散策をしていたところに魔道研究が大きく前進するであろう逸材を発見してね。なんでも氷の魔道具を無償提供すると知っている限りの極意を教えてくれるというなら応じなければいけないじゃないか。だから今すぐ馬車を魔道具屋に向けて走らせるんだ」

「……お断りいたします」


 まぁ、普通の奴ならそう言うだろうよ。自分勝手に出てった眼鏡女をようやく見つけたと思えば、仮面をつけた怪しさ満点のガキを捕まえて魔法の極意を教えてくれるから氷の魔道具を買おう! だもんな。いくら雇われとはいえ限度ってモンがあるもんな。


「どうしてだい? このぼくが認めるほどの相手だというのを信じられないと言いたいのかな? だとしたらそれは――」

「ワタシの雇い主は貴女ではございません。そしてその御方からメリーシャ様の身の回りの安全に最大限配慮しろとの命を仰せつかっておりますので、得体のしれぬ相手を馬車に同席させるなど許可できません」

「別に馬車に乗らんでも大丈夫だよー」


 本来であれば、こんな面倒な問答は好機とばかりにこの場から立ち去るのがぐーたら道の流儀だが、今回は氷の魔道が関わっている。し・か・も・だ! 無料と来てるんだぞ? そんな千載一遇のチャンスをみすみす棒に振るのはぐーたら神に弓引く行為に他ならん。

 なので、ここで立ち去る訳にはいかんから平然と空気が読めないような発言をするが、これはあえてだ。フェルトや始祖龍以下の存在に睨まれた所で痛くもかゆくもないからねー。それを無視して土魔法で台車っぽいのを作ってその一部を馬車に伸ばしてくっつける。


「ほら。これなら心配ないからさっさと魔道具屋行こうよ」


 ゴロンと寝転がってさっさと移動しろと暗に促したんだが、眼鏡女以外がぎょっとした表情のまま固まり、眼鏡女だけは目を爛々と輝かせて台車の周りをグルグルしてる。


「素晴らしい出来栄えだ。あれだけの短い詠唱でここまで正確で精緻な物を作るとは、きみのイメージ力は相当な物なのだろう。ぼくも日頃から想像力を鍛えているつもりだが、妹に言わせると頭でっかちらしくてね。想像力を鍛えるために恋愛小説だの冒険譚なんかを読めと言われて実践してるんだけど思う様に成果が上がらなくて困っているんだよ。一体どうやったらここまでの事が出来るようになるのかが聞きたくて聞きたくて仕方ないよ」

「ならさっさと氷の魔道具をくれないと」


 魔法の知識という餌を前に、眼鏡女はニコニコで馬車に飛び乗る。


「ではさっさと移動しないといけないね。ジーニー。いつまでも大通りの一部を占拠していたんでは彼らの迷惑になりかねない。それはすなわち父上に対する利敵行為として報告するけどいいかな?」

「……かしこまりました」


 どうやら許可が取れたようだ。とはいえ全くの無防備って訳にも行かないんで、当然だけど見張り役として護衛の連中2人が左右で挟むように位置取って、ゆっくりと走り始めたんでいつものようにぐでっと寝転んでぼけーっと空を見上げる。

 いつも通りの青空。ウチの領地と比べると雲が多いからちゃんと定期的に雨が降るんだろうなー。羨ましいなー。うちでも雨が降ればきっといろいろな作業が休みになって、誰に文句も言われる事なくぐーたら出来るんだろうなー。


「坊主。お前さん帝都の人間じゃないだろ」

「騎士っぽいのに砕けた口調だね」

「オレぁかたっ苦しいのは苦手でね。で? どうなんだ」

「どう思う?」


 ボケーっとしてたら急に話しかけてきたのはおっさんの方。

 無精ひげにタレ目の下にはクマがうっすら。一応仕事にあたるはずなのに堂々と煙草をくわえてるし、一応支給品だろう鎧を着てるからこざっぱりしたように見えるけど、それを脱げばその辺の安酒場で酔い潰れててもおかしくない感じの雰囲気がある。


「カマかけようったって無駄だ。メリーシャ様とあんな風に会話してる時点で、お前さんは帝都の人間——それも近隣の町や村の出身でもねぇ事が分かってんだよ」

「……貧民街でも同じ?」

「勿論だ。ってかすぐそれを聞くって、坊主は頭がいいなぁ」


 ……なるほど。どうやらあの眼鏡女は想像以上の有名人らしい。一般市民はおろか貧民街の連中にまでその厄介ぶりが知られてるってのは、相当な事をしなけりゃそんな事にはならんだろう。


「さすがに人体実験とかしてないよね?」

「さすがにやらせねぇよ。罪人っつったって生きてりゃ犯罪奴隷として鉱山で働かせられんだ。それに、そんな噂が流れりゃ嫁の貰い手が無くなるだろうからな」

「なくても現れるとは思えないけど?」


 俺の言った危険な魔法実験をやらないってのを抜きにしても、安全だからと勝手に1人で外を出歩いたり、そこで誰とも分からん俺みたいな怪しさ爆発のガキに弟子入りするために氷の魔道具をポンと購入するような金銭感覚の女を嫁としたいなんて奇特な奴が現れるとは思えんのだがなぁ。


「現れる――ってかすでに何人か候補がいるからな」

「……あれで?」

「ま。言いたい事は分かるがこちとら雇われの立場だからな。あんま言えねぇのよ」


 つまり。このおっさんも眼鏡女に数人の夫候補がいる事が信じらんない訳か。まぁ分からんでもないけど、氷の魔道具をポケットマネーで買えるだけの財力を考えればあんなでも結婚する利点はあるんだろう。


 ——————


「——い。おい坊主。到着したぞ」

「……ようやくか」


 一応見張り役のおっさんに身体をガックンガックン揺さぶられる不快感にイラっとしながらも目を開けると、王国と比べてもこっちの方が豪華なんじゃないかってくらいの店の前にはずらりと店員が並んでるのに、教育が行き届いてるのか誰もこっちに目を向けるような奴がいない。

 店自体も柱1本1本に細工が施されて芸術品みたいだし、何よりガラスだよガラス。個人的には珍しくないけど、この世界で歪みが少なくウィンドウショッピング出来る位のデカいガラスは初めて見たかも? ここなら氷の魔道具にも期待が持てる。


「「「いらっしゃいませメリーシャ・アウストラ様」」」


 眼鏡女が馬車から出るや否や、入り口前に並ぶ従業員達が示し合わせたかのように挨拶も会釈の角度もピッタリ一致。教育がかなり行き届いてるな。

 小市民な俺としてはこういう出迎えには多少なりとも緊張するけど、眼鏡女は名前を覚えられるくらいの常連だからか、そんな素振りはまったくないままに一足先に店内へ――行く事なく俺の傍に寄って来て台車もどきに目を向ける。


「……素晴らしいね。あれほどの揺れの中にあっても欠け1つ見当たらないなんて相当な魔力操作技術がないと到底不可能だから、師匠のそれはぼくのそれを遥かに凌駕する……やはり素晴らしい存在だよ!」

「はいはい。そう言うのいいからさっさと氷の魔道具買って」

「分かっているともさ。ここはぼくが訪れる店の中でも品揃えがいい店なんだよ。だから氷の魔道具が置いてあるだろうと思って、多少遠かったけどこうして足を運んだのさ」

「ふーん」


 確かに。これだけデカくて貴族が客層の店であれば期待値は高そうだが、その分中が広そうでいちいち見て回るのが面倒臭そうだなーという訳で――


「うおっ⁉ おい坊主……これは何のつもりだ?」


 おっさんが文句を言うのはもっともだろう。何故なら台車もどきと馬車を繋いでたそれをおっさんにくっつけたんだからな。


「歩くの面倒だから引っ張って」

「……よろしいんですかい? メリーシャ様」

「むしろぼくが受けたかったくらいだ。どうなんだい締め付け具合は? 苦しいとか痛いとかそういった感覚はあるのかい? それに、師匠を引いてどの程度動けるんだのか気になるからちゃんとついて来るんだよ」

「……了解いたしやした」


 さて。眼鏡女の許可が取れたんで、さっさと店内に入ってもらいますかね。

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