第156話

「さて……あるといいんだけどなー」


 今日は帝国の首都を探索。王国と比べてこっちの方が栄えてる感じがするし、建物に関しても王国はレンガだったけどこっちは一部の建物にコンクリ? っぽい物が使われてたり、金がかかってそうな馬車の車輪にはゴムタイヤが使われてる。

 とんでもない技術力にビビったけど、そういやぁ転生姫が居たんだっけと思い出す。ってなると、この繁栄ぶりもアレの仕業かぁ……こういうのもテンプレだよね。

 とりあえず、帝国とガチでやりあったら普通に負けそうだなーと思いつつ大通りを2・3歩進みへたり込む。


「しんどい」


 歩くのがしんどい。

 立ってるのがしんどい。

 人混みがしんどい。

 三重苦に膝が折れる。天下の往来でそんな事をすれば結構注目を引くんだけど、俺には関係がない。むしろそれで誰か移動係を買って出てくれる親切な奴が来ないか待ち望んでるくらいだよ。

 誰も話しかけてこないなー。やっぱ身バレ防止のために仮面をつけてるのが悪いのかな? とは言えこれを外すのは無理だから、とりあえず端の方に移動。ぐでっと寝転がりながら地面から看板を作ってそこに文字を書いて後はぼーっとするだけ。


『氷の魔道具を売ってる場所まで案内希望。銅貨10枚』


 これを掲げて30分くらい待ってれば1人くらいは声をかけてくる奴がいるかもなーと思ってたんだけど――


「君! 今凄い早さで魔法使ったよね! 一体どうやったのか事細かに教えてくれないかい! その若さでその詠唱速度は類を見ないほどの実力という事はエルフ? しかしエルフはこんな場所でこんな事をするような種族ではないはずなのだが一体どういうことなのかも聞いても良いかな?」


 あっという間に移動係が釣れました。魔力を感じるから魔法使いなのは分かるけどメッチャ喋るちょっと面倒臭い女だ。まぁ、こんな怪しい見た目のガキに声をかけてくるような奴はどっか頭がおかしいのじゃないと無理か。

 瓶底みたいに分厚い眼鏡をしたそばかす顔が、興奮でほのかに赤くなってるし鼻息も荒い。どうやら魔法道を突き進んでるようだが、この感じだとぐーたら道は並走してないな。

 ちらっと周囲に助けを求めるような目を向けてみるけど、まるで居ないものとした日常が繰り広げられてる。誰もこっちを気にしないように努力してるって事は、こいつはこの辺じゃ変人として有名なんだろう。関わると厄介な事になるって意味でな!


「おい君。聞いているのかい?」

「あー聞いてる聞いてる」

「じゃあ答えてくれないと! ぼくはこう見えて魔法が得意でね。きっと王国の学園に入学できていれば主席卒業は確実だと思うんだけど、父上から危険だから帝国の学校に入れと言われてしまってね。ぼくとしては休戦協定を結んでずいぶん経つのだから心配ないだろうと食い下がったのだが、代わりに優秀な魔法使いを教師として数人用意するというから仕方なく退いたのだけど、この連中が酷すぎて話にならなくてね。まず初めに――」

「いつまで喋んだよ」


 まさにマシンガントークってやつだな。無視してさっさと逃げたいんだけど、周りの連中に完全にこの厄介極まる人物と関わりを持ったと認識された現状、まともに取り合えってくれなそうな空気が漂ってる。


「ああごめんごめん。悪い癖で言いたい事が止まらないんだ。それでぼくが言いたいのは、父上が雇った多くの他薦の優秀な魔法使いより君が優秀だと感じたから是非とも師匠としてその技術と知識を教授してくれないかい。もちろん謝礼は――」

「急いで用事済まさなきゃなんないから断る」


 いつもであればコツくらいは教えるが、今はとにかく急いでる。氷な魔道具の現在の価格は250枚の金貨が要る。ここでそれ以下の物を探さないといけない関係上、こんな面倒以外の何物でもない存在にかかずらっていられん!


「ではぼくがその悩みを解決しようじゃないか。これでもそれなりに権力を有しているからね。何を悩んでいるのか教えてごらん。そうすればたちどころに解決しようじゃないか。そしてぼくが魔道を究めるための礎として、有してる知識を余すことなく提供してくれる事を望む」

「じゃあ氷の魔道具だな。この看板見て分かんだろ? 俺の時間が欲しいならここに書いてるモンを持ってこい」


 単刀直入に告げると、流石の厄介女も眉間にしわを刻んで困ったような顔をする。氷の魔道具はめっちゃ貴重ってのは大陸間共通だろう。特に熱期が始まってるっぽいこの帝国じゃあ値上がりしてんじゃないかな?


「ふむ……改めて確認すると氷の魔道具を探してるのが理解できるね。君の魔法の素晴らしさが眩しすぎて全く目に入っていなかったよ。彫りも線が均一で歪みも震えもない見事な魔力操作の技術……これだけの事が出来る人物の知識は値千金の情報だが氷の魔道具は少々厳しいな。父上に相談してもとりなしてくれないだろう。かと言って個人資産で賄うには少々——いや、かなりの痛手だ」


 まーた1人でぶつくさ言い始めた。一応財力はあるらしいけど父親はあてにできないし、自分の財布で支払うには出費が多すぎるが支払えない額じゃあないらしい。厄介な人間だが金だけはあるらしい。


「どうするんだ? 用意が出来ないならお前をここに埋めて別の場所に行く」

「君の魔法をこの身で受けられるのは魅力的な提案ではあるが、立ち去れるのは困る。分った。氷の魔道具を提供しようじゃないか。それで君の魔道の全てを教えてもらえるのであれば安い物だと思い込む事にするよ」

「じゃあ交渉成立だな」


 思ったより簡単に。そして金を使う事なく氷の魔道具が手に入ってしまった。いやー。初めは厄介で面倒臭そうな眼鏡女に捕まったなーとイライラしたけど、今じゃあタダで氷の魔道具を譲ってくれる親切な眼鏡女だ。


「じゃあ氷の魔道具」

「あれほど高価な魔道具を携帯している訳がないだろう。幸いな事にここは帝国の首都だ。魔道具屋はごまんとある。その中でもぼくが贔屓にしている店が何軒かあるからそこに行こうじゃないか。馬車を用意させるから少し待っててくれ」

「いいよ」

「では待っている間に君の魔法に関する話を――」

「氷の魔道が手にはいったらな。情報だけ貰ってはいさようならって可能性も否定できないからね」


 まぁ、そうなった場合は問答無用でお金を徴収するだけだ。幸いな事に眼鏡女の実家は金持ちらしいからな。そこから根こそぎ強奪して氷の魔道具を買えばいい。ほぼ確実に指名手配されるだろうけど俺は王国民だし、魔法を使えばいくらでも姿形は変えられる。


「信用ないね。これでも帝国では名の知れた人物である自覚があるのだけど、知らないという事は君は帝国の人間ではないのだね? あぁ言わなくて結構。知ったところで興味はないよ。あるのはその魔力操作とごく短い詠唱に関する情報だけだ。それを反故にしてしまったらぼくと君とでは実力差が大きすぎて逃げる事も叶わないだろうね。故にそんな愚かな選択を取るつもりは毛頭ないが信じられないのも仕方がないだろうから、ぼくの魔法を観察してるだけで結構。講義は取引が終了してからでも十分だからね」


 勝手にぺちゃくちゃ喋り、勝手に魔法を撃ち始めた。とはいえ攻撃性のあるものじゃない。どうやら風魔法が使えるみたいでぶつぶつ詠唱をしては路上に落ちてるゴミを吹き飛ばしたり、屋台から漂ういい匂いを周囲に広げてみたりしてる。

 ふーむ……人に迷惑をかけないくらいには魔力操作は上手いみたいだけど、やっぱりちんたら詠唱するのがいただけないよなー。どいつもこいつもなしてさえ衣装を短くしようという努力をせんのかね。理解に苦しむ。

 それと、馬車を用意させるって言ってたけど、ここから動く気配が無いのも気になる。


「なぁ、馬車は?」

「なーに待っていればいつかはやって来る。何せ屋敷を抜け出してきたんだからね。きっとぼくが居なくなった事に気付いたら家から迎えがやって来る。それまでこうして魔法の腕を確認して、いったい何が駄目でどこをどうすればいいのかを教えるための言葉を考えておきたまえ」

「……」


 うーん……何か合図を送った? それっぽい動きは魔力にもなかった。この眼鏡がアリア側の人間だったとしたら俺の一般動体視力じゃあ追える訳がないからどうしようもないが、それは無いだろう。


「分かった」


 迎えが来るってんならのんびり待つか。

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