第154話

「戻った。お客」


 従業員に続いて店内に入ってみると、俺が想像してた魔道具屋と違って品揃えが極端に少ない。棚はいくつかあるのに取り扱ってる商品は全部で3つだけとなんとも残念だ。


「いらっしゃい。商品には触らないでおくれよ」

「あいよー」


 カウンターの奥から出てきたのは恰幅のいいおばさんだ。こっちからもちゃんと魔力を感じる。

 しっかし……たった3つで店を開くとはやる気がないようにしか思えん。魔道具の職人が少ないなんて話を聞いたけど、それが理由なのかな? それとも大人気店なのかな?


「魔道具ってこれだけしかないの?」

「おかしなことを言う坊やだね。3つもあるじゃないか」


 おれからすれば、たった。なんだけど、あちらさん側からすれば、こんなに。らしい。この認識の差にふと思う。そういえば、他の奴が魔道具を作るところを見た事が無いなぁって。


「……見るのも一興か?」

「なにがだい?」

「ううんなんでも。それよりここに氷の魔道具って売ってる?」


 俺には時間がない。疑問に感じる事は多少あれど、最優先事項は氷の魔道具の有無以外にないが、こんなしけた店じゃあその期待は薄そうだ。


「馬鹿言っちゃいけないよ。あんな高価な魔道具がこんな店にあってたまるかい!」

「じゃあありそうな店に案内してくれない?」

「そっちこそ無理ってもんだよ。氷の魔道具ともなると貴族向けの店にしか置かれない。こっちは一般市民なんだ。お貴族様の店に伝手なんてありゃしないよ」

「伝手なんて期待してないって。俺は場所が知りたいだけだから」


 そりゃあ伝手があれば言う事なしだけど、そもそも一般市民と貴族の間には越えられない権力の壁が存在する。ウチが例外中の例外ってだけで、このおばさん反応が至って普通。


「それなら構わないけど、あんた氷の魔道具なんてモンを買う金はあるのかい?」

「一応はね」

「なら問題ないね。案内してやんなセリィ」

「ん。分った。じゃあコレ」


 どうやら買い物を任されてたようで、従業員から店主に手渡されたのは濁った紫色の液体が入った一升瓶。


「葡萄酒……にしては色が悪いけど、なにそれ」

「これは魔道インクっていう魔道具作りに欠かせないモンなんだよ」

「それが魔道インク? 本気で言ってる?」


 そういえば、ルッツに貰った魔道インクを亜空間にしまいっぱなしだったな。なるほどなるほど、これが魔道インクかぁ……初めて見たけどこれなら俺が作ったなんちゃって魔道インクのほうがマシだな。


「その口ぶりだと、坊やも同業かい?」

「まぁそんなトコ。あくまで趣味の範囲だけどね」

「その歳で?」

「歳が関係あるのか?」


 魔道具制作に必要なのは質のいい魔道インクと魔法陣を正確に刻める技術のみ。そこに必要なのは魔力操作の整地さの身だと俺は思う。


「はっはっは。坊やの言うとおりだね。セリィも精進しな」

「してます」

「なんだ。従業員も魔道具作るの?」

「この子は学園で魔道具を学んでるのさ。ここで働いてるのも研修の一環だよ」

「ふーん。ここで?」


 研修するならもっとましな店を選んだ方がよかったんじゃないかなーと思う。たった3つしかないくたびれた店よりも、貴族相手に商売するような高級店で働いた方がよっぽどためにあると思う。

 そもそも、学園なんちゅう俺的アルカトラズに籍を置くだけでも狂ってるってのに、それに加えて社会に出て更なる労働をしろだなんて狂気の沙汰だろう。


「この子は貴族じゃないからね。あたしみたいな3流の店くらいしか雇ってもらえないんだよ」

「ふーん……大変だね」


 気のない返事に従業員がこっちを睨みつけてくるが、魔力の量から考えて兆が一にも何かが起こる訳でもないんで無視をするし、腕が悪いってのは言い訳にしか聞こえん。

 魔道具作りに詳しい訳じゃないけど、必要なのは魔力濃度の高い魔道インクと正確に魔法陣を彫る技術だけだと思ってる。そこに貴賤の差はないから、返事もおざなりになるのは仕方のない事だろう。


「そこでだ。案内してやる代償として、あんたの魔道具の作る姿をちょいと見せちゃくれないかい?」

「別にいいけど、参考になんないと思うよ?」


 自分でも自分の魔道具の作り方が他者と違ってるだろうなぁってのは理解してる。なにせ魔法ですべて賄ってるからな。へなちょことしか思えないこの世界の魔法使いの魔力操作じゃ、とてもじゃないけど魔法で魔法陣を彫る事は出来ない。

 まぁ、そして言葉足らずだったことも理解してる。おかげで従業員からメッチャ睨まれてるからね。


「自信過剰すぎ。これでも魔道具作り学園2番目」

「あっそ。じゃあとりあえず作るけど、本当に参考になんないと思うよ」

「見てから決める」


 突き刺さるような視線を背に浴びて、店主先導で店の奥に。


「ここがウチの作業場だよ」

「狭いねー」


 6畳一間みたいな感じの室内の半分以上は素材かな? で埋まってて、残りの半分もほとんど作りかけっぽい魔道具で埋まってて、空いてるのは座るスペースくらいかな。

 まずは手近な作りかけ魔道具を手に取ってみる。魔法陣は火属性の物なんで多分着火だろうけど、肝心の魔法陣はガタガタで溝の深さも不均一。おまけに魔道インクは質が悪い。これじゃあまともに動くかどうかも怪しいんじゃないのかな?


「それはセリィの奴だね。坊やにはどう見える?」

「駄作だね。線も不均一だし深さも一定じゃない」


 困難で2位とかなら、まだリンの方が上手いだろ。あれから魔道具限定だけどメッチャ勉強してるからな。いつかは俺に代わって領地の魔道具作りを担ってほしい。


「じゃあ君はどうなの」

「なんか素材貰ってもいい?」

「構わないよ。と言っても鉄しかないけどね」

「じゃあ遠慮なく」


 適当に目に入った鉄の塊を無魔法で引き寄せ、土魔法でササっと魔法陣を彫り上げる。かかった時間は5分くらいかな? 後はここに魔道インクを詰め込めば着火の魔道具の完成となる。


「こんなもんで十分でしょ?」

「はぁ……魔法で魔法陣彫り上げるなんて考えもしなかったよ」

「そうなんだ。逆に道具があるって知らんかったよ」


 手に取ったのは彫刻刀っぽい何か。こんなんで金属に魔法陣彫るとかどんな重労働だよ。逆にこれでちゃんと動く魔法陣作れる方が凄い技術だろうよ。


「それにしてもここまで綺麗な魔法陣見るのは初めてだよ。見本として売ってくれないかい?」

「じゃあ銀貨5枚でどう?」


 たった5分程度の労働にしては破格すぎる対価だけど、欲しがってる相手に吹っ掛けるのは商売の基本だろうし、最初にめちゃ高い値段を提示し、そこから下げていくのは商売の手段の1つだって聞きかじってる。


「随分安いけどいいのかい?」

「……いいよ」


 なんか期せずして銀貨5枚手に入りました。こんな事ならもうちょい吹っ掛けておくんだったな。


「じゃあはいコレ」


 差し出された銀貨を受け取ってポケットにしまう。とりあえずこれで綿を買おう。そしてクッションを作ってぐーたらライフの向上を図るとしようかねと内心ニヤニヤしてると、さっきまで射殺さんばかりに睨みつけてた従業員がキラキラした目でを向けてくる。正直キモい。


「なに?」

「今のやり方教えて」

「土魔法で彫る。以上」

「随分と簡単に言ってくれるね。こんな薄い鉄板にそんな芸当出来る訳ないだろう」

「出来るまでやればいいじゃん。事実、俺は出来てる」


 ここには鉄板が大量にある。訓練には事欠かない。


「ヴァーリさん。鉄板借ります」


 意を決した従業員は、俺にゴミだと評された魔法陣が刻まれた鉄板に魔法陣を彫ろうとしたわけだが、コントロールが大雑把すぎて一瞬で大穴が空いた。


「下手くそだなー。そんな魔力操作じゃ婆さんになっても無理だぞ?」

「うるさい。初めてなら当然の事」


 確かに初めてであれば仕方ないっちゃ仕方ないけど、普通はもっと加減してやるもんだと思うけどね。いきなし大穴空けるってどんだけ魔力こめんだよ馬鹿がと言いたいが、そんな事は俺の用事に比べれば些事よ些事。


「はいはい。訓練より先にやる事があるだろ」


 貴族向け魔道具屋に案内してもらうためにちょろっと魔法陣彫ったんだ。それを蔑ろにするんであれば、強引に連行するしかないよね。


「訓練する」

「そんなのは俺を送り届けてからな。じゃあ店主、従業員借りてくねー」

「ちゃんと無事に帰しておくれよ」

「分かったー」


 さーて。これから向かう先に氷の魔道具があればいいんだけどねー。

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