第153話
「さて……行くか」
商材集めから帰った翌日。即日払いの金貨100枚か数か月待ちの氷の魔道具かを選ぶために王国と帝国の首都に向かう。
本音を言えば他の誰かに確認してきて欲しいけど、そんな事をする方が思考するだけ無駄レベルで時間がかかるんで、仕方なく俺が直々に足を運ばなくちゃいけない。
いっそのこと、転移魔法の魔道具でも作ってワープ装置でも設置すれば楽になるけど、そんな戦略破壊兵器レベルの便利道具を世に送り出したら、世界中から命を狙われること請け合いの未来なんで、那由他が一作るとしたら老後だな。
「かあさーん。ちょっと外行ってくるー」
「お昼ご飯までには帰ってくるのよー」
「分かってるー」
そうしないと、エレナの圧でぐーたらライフにモロに影響が出るからな。いっぺんに両方済ませようとすると時間をオーバーする可能性があるんで、まずは多少は土地勘のあるこの国の首都で魔道具屋を探すとする。
「転移」
いつもの洞窟から王都にやって来る。と言ってもその場所に誰かいたらアウトなので、フェルトのいる別荘であればどうせ誰も来ないから適当でいいし、人の行き来が別荘と比べて激しい親方の所に行く際にはちゃんと隠れ場を用意してるけど、王都にはそれがない。
じゃあどうするか。誰の目にも触れにくい場所——はるか上空しかないでしょ。
そんな場所に転移して真っ先にやる事は光魔法で光学迷彩を作り出して姿を消す事だね。万が一誰かに見られた場合でも、姿を消してしまえば目の錯覚とか思うかもしれないし、追跡されることも無くなるからね。
問題はどこに降りるかだ。人通りの多い所は当然NGなので、選択肢は自然とスラム街の方になる。その辺であれば多少魔法を派手に使ったところで巡回騎士的なのも来ないだろうしね。
「よ……っと」
地面に激突まで数十メートル辺りから無魔法で徐々に速度を落とし、最後は普通に着地したけど、目の前にはスラム街というには不釣り合いに感じる多少は立派に見える扉と、門番だろう人相の悪いおっさんとジジイの2人がいる。
1人は暇なんだろう。白昼堂々酒を飲んでるし、もう1人のジジイの方は――あれ? なんかこっち見てないか?
試しに横に移動してみると、目が隠れるくらい長くて毛量のある眉毛が俺の追いかけ、無音ジャンプしてみても首を上下に動かす。どうやらちゃんと見えてるっぽい。
「どうしたよ」
「侵入者……と呼んでよいのかな? こんなところに何用じゃ?」
「……誰か居んのか?」
ジジイの問いかけにおっさんが身構える。スラム+ガラの悪い門番=裏社会の組織のある建物ってな感じの数式が成り立つのがテンプレだろうから、そんなのに関わって余計な厄介事に巻き込まれるのは御免なんで、色々と気になる事はあるけどさっさと立ち去るとしますかね。
——————
「……とりあえず追ってこないみたいだな」
立ち去る際に、ジジイがチラッとだけこっちに目を向けたっぽいけど、何をするでもなくただただ扉の横にたたずんでいた。魔法を使う様子もなかったし、見えなくなるまでおっさんから何度か俺がどこに居るかを訪ねてたけど答えなかった。
「まぁいいか」
何でだろうとは思ったけど、そんな事より魔道具屋の方が大事だ。前回は軍資金の関係で行く事が無かったけど、今回は違う。約束された大金があるんで、悠々とした気持ちで冷やかしが出来る。
目標は当然氷の魔道具だが、超絶貴重品であるがゆえに見せてもらえんかもしれんが、値段を聞くくらいなら出来るだろう。見た目全く貴族っぽくないけど、その辺は光魔道でどうとでも改善は可能だから、一番の懸念点はどこにあるかも分からん魔道具屋を探す事だ。
「こういう時にあいつ等がいてくれたらいいんだけどなー」
ここら辺に、絵本作った時に役に立った孤児院のガキ共が居てくれりゃあ移動も楽になるんだが、事はそう簡単に――行かないと思いきや行くらしい。
「よっと」
「うわっ⁉」
行きかう人と人の隙間に見覚えのあるガキが居たんで、無魔法で裏通りに引っ張り込む。
「よぉ。久しぶり。ちょっと魔道具屋行きたいからそこまで連れてけ」
「またお前かよ! オレは乗合馬車じゃねぇ!」
「似たようなもんだろ。魔道具屋行きたいから連れてけ」
「ふざけんじゃねぇ! 今から大切な仕事があんだよ! お前なんかに構ってられねぇんだ。さっさと離せ!」
「仕事ねぇ……そりゃ大変だ」
俺の言う大変ってのは、当然労働しなくちゃならん事に対する言葉だが、こいつは当然そう取ってないんで分かってんなら離せよとメッチャ暴れてるんで言うとおりにしてやる。
「うわっ⁉ いきなりやるんじゃねぇよ!」
「文句が多い奴だな。で? 仕事って何すんだ? 盗みか?」
「冒険者ギルドの雑用だよ! 孤児だからって馬鹿にしてんのか?」
「単純に知らないだけー」
こちとら辺境も辺境のトップオブトップで俗世の情報? 何それ美味いの? ってな生活を至上命題としてるからな。知らんのも当然なのさ。
「まぁいい。とにかくオレは忙しいから、移動したいなら乗合馬車でも使ってろ」
そう言い残して走り去った。やれやれ。あんな子供の時分でせかせか働かなくちゃいけないなんて、貧乏ってのは本当に嫌だね。特にぐーたら出来ないのがしんどすぎるんだよなー。
一応、亜空間にはこの貧乏領地を一気に脱出できるくらいの魔物素材が入ってる訳だが、それを一気に放出すれば当然価格なんて一気に暴落するし、それだけの素材をどうやってとって来たんだって騒ぎにもなる。
こうなると、俺の至上命題の大きな障害になる。だからゆっくりと、ぐーたらライフが阻害されない程度の儲けで徐々に目標に進んでると思ったのに……ヴォルフが余計な事を言ったせいで王都まで来る羽目になったし、ルッツが腰抜けなせいでどっかの女伯爵に目をつけられた。これじゃあますます俺のぐーたらライフは遠のくばかりだよ。
だがしかーし! 今回のこの労働はちょっと話が違う。
今まで欲しい欲しいと思っても手に入れる術が無い――訳じゃないけど、それをするのはぐーたら道から大きく外れる外道的行為。欲望とを両天秤に置けば、ぐーたらが勝るのが俺という人間だが、今回はギリギリぐーたら道に抵触するくらいの労働で済むと思いますとの書類を提出。ぐーたら神からお許しを貰っている。
とは言え、自分で歩いて魔道具屋を探すというハードワークは御免被りたいが、この街の中じゃ魔法を使うのが禁止されてて、巡回する騎士に目を付けられるとすこぶる面倒臭いんで、ぱっと見そうじゃないように誤魔化さないといけない。
「さて……」
前みたいにキックボードもどきに乗って蹴るフリをしながら風魔法で走らせ、適当に大通りを眺めるのもいいけど、それじゃあ時間がかかりそうなんで手早く済ませるには――
「へーい。そこの女子生徒。ちょっといい?」
通行を遮るように飛び出したのは、見覚えのある制服を着ている少女の前。
タレ目で猫背気味の長身。スタイルは……アリアに負けず劣らずの真っ直ぐ体形だけど、脳筋と違って筋肉はほぼ見受けられない。飯食ってなさそうだなーって感じ。
「なに?」
「魔道具屋がどこにあるか知ってたら案内してくんない?」
お駄賃だよと言わんばりに銅貨数枚を見せると、垂れた目がキラリと光り、奪い取るように受け取った。交渉は成立したらしい。
「丁度帰るところ」
どうやら従業員だったらしい。ラッキーな事もあるもんだ。
「じゃあ乗って。道中案内よろしく」
キックボードもどきに従業員を乗せ、大通りをひた走る。
「そこ右」
「はいよ」
車体を斜めに倒して大通りから裏道に1本入ると従業員が話しかけてきた。
「これ、どこで買った?」
「流れの商人」
自分で作ったとは言わない。どうせ魔力を感知できないっぽいから、この女学生も俺が魔法使いで自分で作ったと言わなけりゃそんな風に考える事もないだろう。
「商人はどこ」
「さぁ?」
実際に存在しないのでそう答えるしかない。
「そこ」
どうやら到着したみたいだ。看板は……魔法陣と筆。店舗は小さい方かな。パッと見た感じはどこにでもありそうな一軒家っぽいからショーウィンドウ的な物はないんで、知らんかったら見つけるのに苦労したんじゃないかなー。
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