第151話

「だったら氷の魔道具だな」


 どっかで氷の魔道具は金貨100枚がどうのこうのって聞いた覚えがある。なら同額かつ俺が喉から手が出るほど欲してる魔道具を代わりにってした方が何十倍もありがたい。皇族ほど偉けりゃ持ってんだろうしな。


「氷の魔道具ねぇ……」

「持ってないのか?」

「お城に帰ればあるけど、ここに持って来るまでに数か月かかるわねー」

「長ぇな」


 さすがに長すぎるなー。とはいえウチの領地の熱期の長さは常軌を逸してるから、そのくらいなら十分活躍できる期間は残ってる。


「ってか金貨100枚はすぐ用意できんのかよ」

「外洋に出れる船を作るのよ? そのくらいのお金くらい用意するのが当然なことくらい分からない訳?」

「それもそうか」


 まぁ、流石にタダで作れなんて言うほど馬鹿じゃないか。転生してんだからその辺は一般人と何ら変わらんって事か。


「とにかく。氷の魔道具が欲しいなら数か月待ちなさい。それで駄目なら金貨100枚よ」

「じゃあ保留で」


 金貨100枚で確実に買えるなら金貨の方がいい。とはいえ情報が少ないんで、帝国の首都と王国の首都に行って氷の魔道具がないかどうかの確認をしてからでも遅くあるまい。とにかく小さくてもいいから魔法陣を知る事が出来れば、後は自作すればいいんだからな。


「……まぁいいわ。どうせあと何年かはここに居る予定だしね」

「帝国の姫としてそれでいいのか?」

「いいのよ。どうせ皇帝になるつもりなんてさらさらないもの。そんな事より美味しい料理に暮らしやすい環境に可愛い洋服にメイク等々やりたい事は尽きないわ。だからさっさと水場を作りなさい」

「へいへい」


 どこに作るのかとその動向をじっと眺めるも動きがない。


「どしたよ」

「知らないわよ。ちょっと! なんで動かないの」


 転生姫が文句を言うと、さっきまで傍に居た白衣ドワーフが荷車の陰からひょっこり顔を出した。その表情は明らかに困ってますと言わんばかりに歪んでる。


「すまんな嬢ちゃん。さっきそこの坊ンが飛び出てきてもうた時に車輪の軸がおかしなってもうたみたいで動かされへんのや」

「はぁ⁉ そんなのすぐ直しなさいよ!」

「無茶言わんとってや。この荷車は船乗せるのにあつらえた特注やで? 予備なんか用意しとる訳ないやん」

「じゃあどうすんのよ」

「軸をもう1回作り直すまでお預けやな」


 なーんてことを言われた途端。転生姫の鋭い視線がこっちに向けられる。


「あんたのせいよ! なんとかしなさい!」

「えー。人のせいにすんなよ」

「あんたがこんなせまっ苦しいとこから飛び出してきたのが悪いんじゃないの! こっちが優先道路なんだから一時停止もしないで飛び出すなんて違反よ違反!」


 転生姫の文句に俺以外の連中は軒並み何言ってんだこいつと言わんばかりに首をかしげる。まぁ、優先道路だ一時停止違反だなんだなんてもんはこの世界にないけど、あの程度で折れるような軸を使ってる白衣ドワーフがアホなんよって言われても仕方のない世界でもある。


「だから何? ここの長は親方で、それが俺を罰すると思ってるの?」


 何かしらの罪を犯したら、当然だけど逮捕されてこの集落のトップか警備隊みたいなのが居ればそこのトップに話が行くが、たかが荷車の車輪を折った程度でここのドワーフが俺を罰する事なんてまずしないだろう。

 なぜならミスリル鉱脈を見つけてタダ同然でくれてやってるからだ。そこからもたらされる莫大な利益を天秤にかければ、死者も出てないのに罰するドワーフが居る訳がない。

 逆に反感を買ってミスリル鉱脈を根こそぎ持っていかれる方が、ドワーフにとって大損失なんだからな。この点で言えば俺はこの里に限れば帝国の転生姫より権力を有してる。


「せやなぁ。坊ンのやった事は聞いとるから、誰も文句言わんやろうなぁ」

「だろ? って訳だから、頑張って運ぶんだな」


 別に水場を作らないとは言ってない。こっちもこっちで急いでるからな。ちんたら相手のペースに合わせてやるほど俺のぐーたら道に余裕はない。成人してりゃ多少は余裕が出るけど、今は無理。


「せやったら場所だけでも先に作ってくれへんか?」

「ん?」

「坊ンは急いどるんやろ? せやったらこっから親方のとこまで行って戻って来るより、先にこっちのよう済ませた方が時間の短縮になるんと違う?」

「ふむ……場所が決まってれば一理あるが?」


 単純に行って戻って来るってなら確かに速いけど、ちんたら場所決めに時間を割かれるとその無駄な時間分親方のトコで要件済ませられたじゃんってなるのは嫌なんで問いかける。


「坊ンが作るならどこ作ったって問題あれへん思うで?」

「……確かに」


 ここのドワーフ連中には俺が死ぬまでかかっても返しきれない恩があると思う。特に親方に関してはクソ樹の枝を融通してるから一般ドワーフの比じゃあない。きっと剣打ってよ♪ なんていえばあっさり了承するだろう。なるほど。それを見越しての俺への提案か。


「ええ考えやろ」

「だな」

「いいだろう。飛び切りデカい実験場を作ろうじゃあないか」


 そうと決まれば善は急げ。白衣ドワーフと転生姫を土板に乗っけて走り出す。背後から狂信者の悲鳴のような声が聞こえたけどすぐに小さくなって雑踏の中に消えた。


「うわー。凄い楽ねー」

「本当だよなー」


 ここではもう風物詩みたいになってるから、空を飛ぶ土板が上を通り過ぎたとしても騒ぐような奴は少ないし、あれはなんだと問いかけても返って来るのはああいうモンだから気にすんなってな感じで終わる。


「なぁ坊ン。もしかして自分あの船も持ち上げられたんと違うか?」

「出来るよ」

「はぁ⁉ だったらなんでさっき言わなかったのよ!」

「聞かれなかったから」


 持ち上げられるのか? と聞かれれば一応素直には答えるつもりではいたけど、もちろんタダじゃあないし、今は氷の魔道具がほぼ手中にあるという状況。特に求めてるものがないんでぐーたらを上回るメリットがないともいえる。


「馬鹿じゃないの! 普通魔法ってのは何種類も使えるような奴がそうそう居る世界じゃないのよ! 土魔法に無魔法に今から水魔法も使うんでしょ? あんたどれだけの魔法が使えんのよ」

「秘密ー」


 なんて事を言ってるとあっという間に門を通り抜けて里の外に出ると、どこまでも続くような草原が広がってて、次に森。さらに遠くに海っぽい湖が広がってるって感じの景色で、ここに向かって伸びる細い蛇みたいに見えるのが全部人だって言うんだから驚きだよなー。


「相変わらずお客さんが多いねー」

「ま。大抵は身の程知らずの阿呆ばっかりやけどな。あん中の何人が武具を作ってもらえるんやろうなぁ」


 ドワーフは自分の腕に命を懸けている。なので、それを扱う相手の実力が伴わない場合はどんな大金を積まれようと絶対に首を縦に振らない。それこそ、俺みたいにクソ樹の枝なんて金を積んで手に入れられる訳じゃないような裏技を使わん限りは到底無理だろう。


「ま。そんな事より実験場だろ? どこがいいんだ?」


 俺としては入口すぐ横のここでもいいんだけど、この大陸で造船を大っぴらに見せながら実験をするのはさすがに駄目だろうからな。ここは利用者でもある転生姫に決めてもらおうか。

 まぁ、遅ければ適当に作るけどな。


「そうねぇ……地下に作るって出来る?」

「別に問題ないけど、大丈夫か?」

「問題あらへんよ。こっち側は手つかずのはずやし、今はミスリル掘るんに熱中しとるからな」

「ならいいか」


 場所がすぐに決まったんで地上に降りる。まずはサイズを決めて中をいじる。はたから見れば何もしてないように見えるかもしんないけど、近くにいる2人が地面の蠢きに気付ける程度の変化しかないんで、遠巻きの連中はより分からんだろう。


「なにしてんの?」

「地下を建設中だけど?」

「なんや地面が動いとるように見えるんは坊ンの仕業なんか?」

「そうだよ。そろそろいいかな」


 感覚で十分な広さと強度が確保できたように感じるんで、俺の周囲の地面をゆっくり陥没させると2人がビックリしたようだけど無視したままずぶずぶと地下に潜ると、空気穴代わりにあけた穴から差し込む光ですぐに広大な広場が伺い見る事が出来る。


「「うわぁ……」」

「なんだよ」


 せっかく作った実験場に対する第一声とは思えないな。


「広すぎない?」

「そうか?」


 最終目標が外洋に出れる船なんだから、それを浮かべたり走らせたりと言った実験をする事を考えれば、東京ドー〇10個分でも小さい方だろ。

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