第150話

「いやー。相変わらずむさ苦しい場所だよー」


 転移すると同時に、身体の周りを覆ってる氷魔法と風魔法の出力を強める。そうしないと貧弱な俺の身体はあっという間に水分不足で熱中症になっちゃうからな。

 それが終わると無魔法で岩をどかして里に足を踏み入れる。うん。相変わらず空間全体が熱で揺らめいて見える。よくもまぁこんな場所で普通に生活できるよなー。


「さーってと。念のためにつけないと」


 亜空間からお面を取り出す。いつもであれば特に付ける必要はないんだけど、先月ここで鉄の船を作りたいと駄々をこねてた帝国の姫に顔を知られると面倒なんで、身バレ防止のために装着必須。


「よし。それじゃあ行くかね」


 さっさと調理器具を受け取ってサクッと帰る。居たとしてもどうせどっかのドワーフと一緒になって船づくりしてんあろうからな。


「危ない!」

「おっと」


 裏の通りのさらに奥まった場所から大通りに出た途端、デカい何かが横から突っ込んできて危うく轢かれかけたけど、こちとら魔法使いなんでひらりと躱したのは随分と形が整ってる鉄製の船——うん? 鉄の船?


「ちょっと大丈夫——ってあの時の生意気な子供じゃないの!」

「お前も子供だろうが」


 飛び出してきたのはやっぱり帰ってなかった転生した帝国の姫。名前は――聞いた覚えがないんで転生姫で十分。それが俺を指さして生意気な子供とのたまったんでカウンターを叩きこむ。


「ってかまだ帰ってなかったのか?」

「当然でしょ。船が完成するまでは絶対に帰らないわ!」

「じゃあ今帰るところか?」


 でっかい荷車に目を向けると、ぱっと見では完成してるっぽく見える。まぁ、軍艦どころか観光船としても使えなさそうなくらいちっさいから100パー違うだろうけど一応確認だ。


「馬鹿にしてんの? こんな船で外洋なんか行ける訳ないでしょ! これは実験のための小型船よ」

「ふーん……」


 じろじろと小型船を眺めてみると、確かに貰った模型船と比べて隙間が無いように見える。やっぱドワーフは腕がいいね。


「ちゃんと雇えたんだな」

「結構簡単だったわ」

「何言ってんねん嬢ちゃん。そら自分の提案がワイにとって魅力的やったからや」


 荷車の陰からひょっこり顔を出したのは、よれよれの白衣を引きずるようにして歩くドワーフにしては痩せ型の……もれなくひげ面だから年は分からんがおっさんじゃないかなくらいの奴が現れた。


「アンタこそ。結構いい腕してるわよ」

「それはこれが浮いてから褒めたってくれや。何せ鉄の船なんちゅう難儀な代物こさえたんは初めてやからな」

「アンタも見に来る? 今から歴史が変わる瞬間を目に出来るわよ」

「いいよ。興味ないし」


 別に船が浮こうが沈もうが俺の人生には何の影響もないし、そもそもここは山の中だから水場に行くには結構移動しなくちゃなんないはず。そんな移動に付き合ってやるほど俺は優しくもなければ時間に余裕のある人間じゃない。


「フン。じゃあいいわ。さっさと行くわよ」


 とりあえず、まだまだここに居続けるってのが分かってかなりがっかりだよ。仮面付けてるからなんだって気もしないでもないけど、やっぱ邪魔なんだよなー。さっさと帰ってくんないかねー。


「姫様ー‼」

「げっ!」


 姫ちゃんと別れて1秒にも満たない瞬間。遠くの方から女の声が。そして、それに対してあからさまに嫌そうな顔を知る転生姫と白衣ドワーフが急いで外に出ようとするも、人力じゃあボートサイズの船を乗せた荷車を押して進むよりあっちの方が当然速い。


「はぁ……はぁ……姫様! 親衛隊である我々を置いて危険な外へ向かうなど何を考えているのですか! もし御身に何かあられましたら、我々は皇帝陛下に一族の首を差し出さねばらならなくなってしまいます」

「うっさいわねぇ……こんな場所でそんな危険がある訳ないじゃない」

「そのような事は決してございません! 一歩外に出たが最後、魔物に襲われ盗賊に襲われ命を奪われ御身を穢されるなど日常茶飯事でございます!」

「誇張しすぎだろ」


 確かに。この世界じゃあ一歩外に出りゃあ魔物が生きてたり山賊・盗賊の類の被害は後を絶たないだろうけど、ここには鍛冶で飯食ってるドワーフが居るんだ。

 つまりどういう事かって言うと、それこそ腕利きの冒険者が自分に特別な武具を作ってくれと頭を下げに来るような場所。だから、本能で生きてるっぽい魔物は多少は居るかもしれんけど、多少頭が回る山賊・盗賊の類はまずいない。

 だって、こんなところで活動なんかしてたら、腕利き冒険者に新しく手に入れた武器の試し切り相手にされるのが分かってるような場所だぞ? のこのこやって来るのはそれすら分からん馬鹿くらいだろう。


「部外者が口を挟むな――って貴様は、姫様をたぶらかした不届き者ではないか!」

「たぶらかしたとは失礼な。指導者と呼んでほしいね」


 伝手もコネも無い親方に船づくりを頼むためにやって来た転生姫に、外堀を埋めさせるために他のドワーフを探せばいいじゃんと教えたのだ。これを導いたと言わずしてなんというだろうか。

 おかげでひと月くらいでこんな立派な手漕ぎボートっぽい物を完成させたんだから、確実に目標に進んでる。いい事じゃないか。


「確かに。アンタがきっかけで帝国の覇道が大きく動いたわね」

「ほれみろ。船が出来りゃ外洋に漕ぎ出して他国より一歩も二歩も抜きんでた国家になるんだぞ? それを妨害しようってんなら、お前の帝国に対する忠誠心はその程度だったって事か?」


 やれやれと誰が見ても呆れてるのが分かるようにポーズをとる。転生姫の一挙手一投足は帝国の躍進に繋がる。それを止めるお前はさながら背信者か? と問いかければ、狂信者であるこいつは余計な事を言えんくなるだろう。


「むぐぐ……確かに貴様の言い分にも一理あると言えよう」

「一理どころか二理も三理もあると思うけど?」


 わざわざ自分の手で鉄の大型船を作るって事は、この大陸には造船技術は皆無なんだと思う。一応、神楽ノ国は外洋を航海できるくらいの造船技術があるっぽいけど、あくまで別の大陸だろうから、タンカーとか造れりゃマジで大儲け待ったなしなのを分かってないんだろう。

 まぁ、そこまで詳しく言っちまったら転生姫にお前も転生人やん! なんて突っ込まれること必至なので黙っておく。


「……」


 返す刀のカウンターがあっさり決まって狂信者が顔を真っ赤にして睨んでくる。まぁ、そのくらいしかできないんだろう。何か言えばすぐにカウンターが飛んできてぐうの音も出なくなるんだもんな。

 そんな狂信者の姿に転生姫が目を見開いでメッチャ驚いてる。なんで?


「アンタ口上手いわねー。エリーを黙らせるってなかなか難しいのよ?」

「簡単だったが?」

「魔法も使えてエリーを黙らせる事が出来るって優秀ねー。何だったら帝国に宮廷魔法使いとして迎え入れるわよ?」

「断る」


 俺は死ぬまでぐーたらするぐーたら道の探究者。それを邪魔する障害は何であろうと排除するのがポリシーである。


「貴様……神にも等しき皇帝一族の提案を無下にするとは命が惜しくないらしいな」

「逆にいいのか? 俺が宮廷魔導士になっても」


 俺が近くに居たら、これ以上の目に合わせることも可能だぞ? と言外に語りながらにやりと笑ってやると、一歩たじろいだ。この数分ですら胃に穴が開くんじゃないかってくらいストレスが溜まってそうなのに、毎日ともなれば胃潰瘍コースまっしぐらだというのに……よほど死にたいのかな?


「……貴様と肩を並べるなど反吐が出るな」

「でしょ?」


 どうやら狂信者でも命は大事らしい。まぁ、死ぬまで皇帝一族を守る剣であり盾であり続けたいとか思ってるだろうから、俺とは違う方向で長生きしたいんだろうね。


「さて……余計な邪魔者のせいで余計な時間を食った。俺は用があるんで――」


 と逃げようとしたら転生姫が土板に乗り込んできた。このまま飛んでってもいいんだが狂信者がやかましそうなんで止まっておいてやろう。


「待ちなさいよ。あんた土魔法使える?」

「使えるが?」

「じゃあ遠くまで行くの面倒だからすぐそこに実験場作りなさいよ。お礼はちゃんとするわよ」

「いくら出す?」


 入り口はすぐそこなんで、魔法でパパっと作る程度は何の問題もない。ぐーたら道からそこまで逸脱してる訳でもないし、相手は帝国の姫。報酬次第じゃあ請けてやってもいい。


「そうね……金貨100枚でどお?」


 悪くない提案だが、金貨が100枚もくれるってんならもっといいモンが欲しい訳。

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