第147話
「さて……それじゃあ行ってきまーす」
「いってらっしゃーい」
数日後。そろそろ商隊が来るかろだろうとあたりをつけていつもの場所を巡る事にした。
と言っても、やっぱ朝は可能な限りぐーたらしたいんで、土板に寝転がりながら畑仕事を終わらせた。
ちなみに誰も滋養強壮薬を使いたいって奴はこの村にはいなかったんで、亜空間で俺より立派にぐーたらライフを送ってる。無機物のクセになんとも憎らしい事をしてるじゃないかと何度か叩き壊してやろうかと思ったけど、そんなモンは亜空間に腐るほどあるんで今更だろう。
いつも通り土板に乗り、人が近くにない事を魔法で確認してからフェルトの所に転移したら、すぐそばにエルフの里に行ったっていう雑魚エルフの姿と、何故か別荘の裏側あたりに真っ黒い龍っぽい塊がある。
「——っ⁉ 来たな人間!」
「なんだよ急に」
こっちに気付いたらしい雑魚エルフが作業の手を止めて吠えるように怒鳴って来た。そんなのはいいからちゃんと仕事しろよな。
「どうしたもこうしたもあるか! 貴様のせいでこのワタシがどれほど酷い目に合ったのかを理解しておらんのか!」
「まったく理解してないな」
きっと始祖龍に見つかって連れ戻された事を言ってるんだろうけど、こっちとしてはこいつが余計な事を口走ってエルフが大挙として押し寄せる方がよっぽど酷い目なんで、その程度の事は些事にすぎん。それに――
「別に死んでないからいいだろ」
老害エルフ共にどんな嘘を吹き込まれたのか知らんが、ただの嘘でしかないし現状毒に侵されてる気配はどこにもない。鑑定魔法調べだから嘘はどこにもない。
「死んだらどうするつもりだ!」
「別に何も? 一応クソ樹の根元近くに墓を作ってやるよ」
「それは……悪くないな」
どうやらお気に召したらしい。じゃあこの話はもうおしまいだ。
「で? あの始祖龍はここで何してる訳?」
確かあいつには雑魚エルフの捜索命令がフェルトから出てたはず。そして目的のエルフはここに居る。つまりは用が済んだはずなのに堂々と居座ってる。フェルトがよく許してるなぁって疑問が浮かぶのは当然だと思う。
「あぁ。始祖龍様は貴様が来るのを待っておられたのだ」
「——の割には全く反応しないけど?」
始祖龍は魔力を感知するくらいには魔力に長けてるはずなのに、こんな距離まで俺がやって来ても全くの無反応。敵対するでもなく歓迎するでもなく本当に微動だにしない。
「眠っておられるのではないか?」
「無防備晒しすぎだろ」
仮にも龍の頂点だろ? それが白昼堂々爆睡ってどうな――いや、頂点だからこそぐーたらしてるって訳か。
とは言え起きるまで待つという選択肢は俺にはないんで、色々方法を考えて1番周囲への被害がないだろう無魔法で頭を掴んでグワングワン揺さぶる。
「な、ななな……なんですのおおおおおお!」
「お? 起きたか」
目が覚めたみたいなんでパッと魔法を解除するとすぐに俺を発見。なんか恨みがましい目を向けて来るけどそれ以上は特に何もない。どうやら何かやっても意味がないと思ってくれてるんだろう。もしくはフェルトにボコられると思ってるかもね。
「もう少し優しく起こしてもらいたいですわ」
「何言ってんのさ。俺が来たって時点で優しく起こしてるに該当するっしょ」
始祖龍は魔力を感知できる。つまり、すぐそばに転移で俺がやってくればすぐに分かるって事で、用があると言ってたならそれだけで目を覚ますには十分すぎる理由がある。何せフェルトはちゃんと理解してんだから、始祖龍がそれと同じ事を出来ないとは思えない。
にもかかわらず一向に目を覚まさないってなると、これはもう実力行使しなくちゃいけない。こっちは急いでるからな。相手の都合に合わせるつもりはさらさらない。
始祖龍もそんな事に気付けなかったのが恥ずかしいのか何なのか知らんけど反論が出てこないようだ。なら話を進めよう。
「で? 用って何?」
「そうでしたわ。先日わたくしの傍に居た龍を覚えているかしら?」
「……行った事は覚えてるけどね」
はて? 記憶にないなぁ。ちらっと雑魚エルフに目を向けても薬草の選定をしてこっちを完全無視。きっと俺が来たら薬草を渡すようにフェルトからきつく言われてんだろうね。仕事熱心なのは良い事だ。
「はぁ……先日、わたくしの元にそこのエルフを連れ戻せと言いに来た際に部下の1頭がいたのですが、その阿呆が貴方を名指しで呼んでおりますの」
「……誰?」
そもそもそんな龍に心当たりが全くない。なので呼ばれてようがそれに応じるつもりはさらさらないし、この始祖龍もそんな急いでる風には見えなかった。だって、随分ゆっくりとぐーたらしてたんだからな。
「知らなかろうが、わたくしとしては出来れば応じていただきたいのですけれど?」
「俺に何の得があるんだよ」
記憶にないって事は絶対に特にならない事が確定してる。その龍の首をちょん切って素材全部亜空間に収納していいっていうならそいつのトコに行っちゃってもいいけど、部下とかなんとか言ってたから許可は下りないだろうなぁ。
「とにかく。このまま放置いたしますと、指示を聞かない生意気な部下ですがここに居るエルフにによって討ち取られてしまいますの。どうにかしてくださいまし」
俺的は何の痛手でもないからどうだっていいけど、そのせいで魔石を大きくしてもらう事を渋られるのも面倒だな。
「わーったよ。貸し10だってんなら行ってやる」
「それで構いませんわ。とにかく急ぎで行ってくださいませ」
「じゃあ行くぞー」
ペタッと始祖龍に触れて前に行った住処だろう場所に転移してみると、なんか皮膚がピリッとした感じがしたなーと思ったら見知らぬ龍の尻尾で吹っ飛んだけど、命が安いこの世界で安全を確保するために常に結界を張ってるんでノーダメです。
「フハハハハ! 人間ごときが生物の頂点である龍に歯向かうとこうなるのだ!」
なんか思い出してきたな。そういえば雑魚エルフの事について言いに行った時、近くに雑魚い龍が居たな。それがこいつかどうかは知らんけど、言動から同じ奴なんだろうとすることにした。
さて、これは立派な敵対行為って事でいいよな。無傷だけど攻撃されたわけだし、雑魚龍(仮)からもこっちを攻撃する気満々だったのが言動からよく分かる。アニメでも言ってたな。殺していいのは殺される覚悟がある奴だけとかなんとか。
「これが龍の力ね。想像以上に想像以下だな」
「なっ⁉ 生きて――」
続きは聞こえない。結界で覆ったから。この後はそれをギュギュっと小さくしていけば勝手に圧死する。テンプレだと龍ってのは捨てる所がない素材の宝庫だからな。結界で圧死させれば血の1滴も無駄にしない。我ながらナイスな殺し方だ。
「死——」
「ちょっと待っていただけません事!」
「なんだよ急に」
これから龍の素材一生分——かどうか知んないけど大量の素材が手に入る好機だってのに、始祖龍が俺と雑魚龍の間に割って入るように身を乗り出してきた。
「その龍を殺されるといろいろと不都合ですのでやめてくださいまし」
「え? 嫌だけど?」
「そこをどうにか曲げていただきたいのですわ」
「俺、殺されかけてんだけど?」
実際は傷一つついてないけど、攻撃されたのは確かで並の人間だったら尻尾の一撃で肉の塊になってるところ。つまり死んでた事になるから殺されたってのも間違いじゃない。
殺されかけたのに殺すなってのはこの世界じゃ甘っちょろい。日本で暮らしてた感覚で生きていけるほどやさしい世界じゃないからな。利益なしで始祖龍の提案は受け入れられんな。
「死んでないからよろしいのではありません?」
「……」
やれやれ。どうやらさっきの雑魚エルフとの会話を聞いてやがったらしい。まさか自分の言葉がそっくり返って来るとはな。
「まぁ、殺すのは勘弁するけど無罪放免ってわけにゃあいかん」
「何をなさるおつもりですの?」
「決まってんだろ。素材採取だよ」
殺せないとなると骨・牙・血は難しいが、鱗とか角は問題あるまい。使い道は親方に任せればいいモンを作るだろう。特に鱗は少なく見積もって数千はある。使いたい放題だ。
「……逆鱗を除いた鱗だけで手を打っていただけるとありがたいですわ」
「しゃーない。それで勘弁してやろう」
許可が出たのなら容赦はしない。何せいきなり尻尾でぶん殴られたんだ。馬鹿に少しどっちが上かってのを分からせてやる必要がある。
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