第146話

「ったく……何も殴らなくてもいいと思うんだよなー」


 ぶつぶつ文句を言いながら家を出て村に向かう。

 なぜ殴られたのか。簡単な話だ。キノコの件を先延ばしにしたからだ。

 あの日の翌日。サミィは約束通りキノコをおばばに提出した。すると随分と珍しいモンを持って来たねと言われ、3日経ったら来なという伝言を完全に忘れて5日ほどぐーたらを謳歌していたところに、ゲイツが現れキノコの経過を聞いて来て、頭頂部にげんこつが振り下ろされたって訳よ。

 ほんの数日ズレた程度であそこまで怒る事もないのにな……。おばばの年を考えりゃ急がせるのにも理由があるけど、あれはそう簡単に死ぬタマじゃない。つーか殺しても死なないような気がする。

 なーんて事を考えながら村を通り抜けて少し外れにあるおばばの家兼薬屋にやって来た。


「おいっすー」

「随分と遅かったじゃないか」


 挨拶するなりギロリと睨まれたけど、その程度で怯むようならぐーたらライフを送れないし、ぐーたら道の奥義を極める事なんてできやしないからね。


「ごめんごめん。ちょっとぐーたら昇段試験が忙しくて」

「そんなの、どこでやって何をするんだい?」

「それはぐーたら神が決める事だよ。ちなみに今回は現状維持だった」

「じゃあ何も変わってないって事かい。そんな事の為にこっちが余計に待たされたってのかい」

「そ」


 本来ならもっと待つはずだった。リンが来るかルッツが来るか2つに1つ。少なくとも、俺1人だとどっちかが訪れるまでは完璧に忘れてたと思う。やっぱ俺の記憶力は益にならない物には浪費されないらしい。


「仕事は終わったよ。それにしても大層珍しいキノコを持って来たじゃないか」

「余計な仕事をしたからね。それで? 売れるの?」


 今のところ価値はゼロ。滋養強壮の薬になると言ったところで俺にはまったくもって必要ないからね。


「売れるに決まってるだろう。特に貴族ともなれば引く手数多だろうさ」


 つまりはそういう薬効がある物って事か。ますますもって俺には必要じゃなくなるけど、金にはなってくれるじゃあないか。こいつはありがたい事で。


「どのくらい作れるの?」

「そうさね。キノコの量にもよるけど月に5が限度だろうね」


 少ないのか多いのかは分からん。腕利きだと思ってるおばばがそれが限度だっていうならそれが限界なんだろう。


「2つでいいよ」

「なんだい。腕が信用ならないってのかい?」

「無茶されてぽっくりってなると困るからね。せめてアレザが一人前になるまでは長生きしてほしいからね」

「だったらあと30年は生きれるだろうさ」


 クククと笑うおばばのこういう姿を見ると本当に30年は生き続けそうな気がするよなぁ。一応耳は尖ってないからエルフって訳でもないのに、本当に何歳なのか不思議でしょうがない。


「ま。それはさておきいくら位で売れるの?」

「そうさねぇ……1つ銀貨5枚って所じゃないかね」

「へぇ……結構するんだね」


 サイズは5㎝四方そこに7割くらいピンク色の液体が入ってる。これで銀貨5枚なら悪くないのかな?


「老いぼれ貴族にゃ必要なもんだからね。ルッツの坊主に渡せば喜んで取引に応じるだろうさ」

「うーん……」


 おばばの言う通り、ルッツに渡せば確実に喜ぶだろうけど売り先が貴族になる可能性が高いんだよなぁ。

 つい1月前くらいにも、砂糖をどっかの貴族にゲロった馬鹿のせいで目をつけられた。武力で負ける気はさらさらないけど、それの為に少しだけぐーたらクオリティが下がるのが何よりムカつく。

 そんな奴にこの薬を売っていい物かどうか。おばばは引く手数多と言った。つまりそこそこ貴重って訳だ。同じ轍を踏みそうな気がする。


「村で使うってのは駄目?」

「金が要らないのかい?」

「金は欲しい。1日でも長くぐーたらしたいからね。でも、これをあいつに売ると前みたいに貴族の使いとかが来そうなんだよねー」

「そりゃあ来るだろうね。お貴族様なら喉から手が出るほどって訳でもないが貴重な薬だからね。そうなるとこっちにも被害が来そうじゃないか」

「だから村の連中に使ってもらった方がいいんじゃないかなってね。俺がぐーたらライフを過ごすためには、代わりに働いてくれる人材が沢山必要だからさ」


 滋養強壮で男連中には元気になってもらい、毎夜毎夜ハッスルしてもらって子供をたくさん産んで欲しい。それが5年後10年後には立派な労働力となってくれ、こっちも儲けを出して食わせる事が出来る。


「いいんじゃないかい。こっちは薬を作るのが仕事だからね」

「あっそ」


 とりあえず誰に渡そうかな。毎年凍死者が出てた事から積極的な子作りを推奨してるけど誰も彼も頑張れるって訳じゃないから、その辺は畑を回って男連中に話を聞いて回ればいいのか? それとも女子用?


「どっちに使っても大丈夫?」

「男用だよ」


 とりあえず話を聞く連中は決まった。


「話はこれで終わりだよね?」

「最後に水を入れていきな。前みたいなやつだよ」

「へーい」


 言われるがままに巨大甕に魔力を過剰に含んだ水を吐き出す。これのおかげでおばばの作る薬はさらに1段高い効果が期待できるようになったらしい。それをルッツに売ればいつもの売値に若干色がつく。苦労らしい苦労もない。やっぱ労働ってのはこうでなくちゃな。


「ほいじゃまたねー」

「水が無くなれば呼ぶよ」


 挨拶を交わして店を出る。さて、後はこの薬を誰に使ってもらうかだね。1番良いのは不能になった奴かな? そこまでの効力があるかどうかは知らんけどどうせ売れないんだ。使わせてやろうじゃないか。


 ——————


「——って訳なんだけど、嫁さん抱けない哀れなおっさん居る?」

「いきなしだべさ」

「そっだらことさ言われても……なぁ」

「んだ」


 適当に畑を走り回り、居た連中を片っ端から連行。適当な場所で汚れた体を洗ってやり、砂糖と塩を混ぜた疑似スポドリを振る舞いながらおばばのトコで作った薬の説明をすると数人が鼻息荒く。数人がなぜか背筋をブルリと震わせた。

 そんなのを無視して話を進め、最後に使いモンにならなくなってる奴いない? って問いかけた結果が、今の言い淀んだ空気って訳。


「居ない?」

「少なくともオラ達は知らねぇですだ」

「そうかぁ……困ったなぁ」


 別に欲しがってる奴にあげてもいいんだけど、出来る事ならそこまでの力があるかどうかが知りたい。

 自分に使う予定はないけど、これからこの村が大きくなっていくにしたがって絶対にそういう奴が出てくるはず。その時にこういう薬がありますねん。となればお悩みの男連中がこぞってこの村にやってくるかもしれない。


「まぁいいや。誰か使ってみる? どうなるかの保証は出来ないけど」

「「「……」」」


 使ってみたいという欲求はあるみたいだけど、流石にどうなるか分かんないって言われると及び腰になるようだ。

 鑑定魔法だと、副作用は薬師の腕次第で上下するらしい。ちなみにおばばの作ったこれは数日間気怠くなる程度っていう低そうなものに抑えられてるっぽいから、危険か安全かで言えば後者だろう。


「ま。欲しくなったらうちに来てよ。今のところ1本しかないけど、毎月3本は確保できるようになるからさ」


 これで住民が増え続けるようになれば、村から町へ。町から都市に――はさすがに無理だろうし、俺もそこまで望んじゃいない。適度な賑やかさでいいんだよ。うるさいのは好みじゃないし、ぐーたらの邪魔になる。


「助かりますだ。村の皆に共有しますから、もしかしたら居るかもしれねんで、そん時はご報告しますだよ」

「よろしくね」


 結局、誰も使うと手を上げなかった。こっちとしては使って欲しいんだけど、貴族の強権を使って村から居なくなられるのは本末転倒だからぐっとこらえる。もうそろそろルッツの商隊がやってくる頃合いだ。

 フェルトの所も親方の所も問題がある。それが解決してくれてると、こっちとしては色々と面倒がなくて助かるなぁと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る