第143話

「……どういう事だろう」


 今日は目覚めがいい。ここ数年感じた事が無いくらいにすこぶる良い目覚めだってのに、窓を開けてみると外はようやく日が昇り始めたかってくらいには薄暗い。ハッキリ言って、いつもであればもっと日が昇ったくらいにならないと目が覚めないし、それだってベッドから這い出るのに難儀するし、冷たい水魔法で顔を洗って何とかスッキリさせて目が覚めるって感じなのに、今日は速攻でシャキッと立てるくらいの目覚めだ。


「うーん?」


 理由が分かんないな。昨日もゲイツが帰ってきたくらいしか変わった事はないし、後は魔道具を作ったってのも該当しない事もないけど、家の中には数々の魔道具がある。その時も特段代わる事なくぐでっとした目覚めだった。

 ますます謎が深まるばかり。うだうだ考えても分からん時は2度寝するに限る――と言いたいところだけど、不思議と眠気がない。なのでいつもであれば速攻ベッドにもぐりこむところだけどそんな気が起きない。


「……コンロ設置すっか」


 寝れないんであれば昨日約束しておいた魔道具コンロを設置しちまおう。この時間であればエレナもさすがに寝てるだろうから、魔法使い放題だろうと土魔法に乗ってそろーっと部屋を出ると、温い風が部屋に入って来る。熱期はこれだから嫌になるな。まぁ、冷期も冷期で突き刺すような風が入って来るんだけどな。

 温い風を氷魔法を含んだ風魔法で追いやりながらそろそろとリビングを抜けて台所にやって来ると、いつもの喉を焼くような気がするほどの熱気は全く感じない。何せ竈に火が入ってないんだからね。

 なので今やるのが一番って事でサクッと竈をぶっ壊し、砂粒になり果てた残骸はコンロを置く台として再利用。ぽっかり空いた下部分には……エレナからなんか注文があったらその都度考えるか。


「終わった」


 まぁ、棚を作ってそこにコンロをポンと置くだけだもんなー。都合10分もあればお釣りがくる。

 ……うん? 不思議と作業が終わったら眠くなってきたな。じゃあ朝飯まで部屋で寝るかと背後を振り返ると、いつの間にかなんか見覚えのある棒を手にしたエレナが眉間にしわを寄せていつになく真剣っぽい顔つきで入り口近くに立ってた。


「リックちゃん……でいいのよねー?」

「まぁ、疑問に思うのは理解できるけど、間違いなく母さんの息子のリックだよ」


 いつもと比べてはるかに早い時間の起床に加えて、こんな夜も明けきらんうちから労働に勤しんでたんだ。家族でなくともこの村の連中であれば一切の例外なく俺の偽物説を疑うだろうから、本人を証明するために多属性の魔法を小規模展開させて証明を図ると納得してくれたようでいつものふにゃりとした感じに戻る。


「いったいどうしたのー?」

「んー? なーんか目が冴えちゃって。ついでだから朝ご飯作る前にコンロに変えちゃおうかって作業が今終わったとこ。で? 母さんはなしてそんな物騒なモン持って来たの?」

「それはねー。誰も起きてるはずのない時間に台所から音がしたからよー」


 さすがヴォルフと共に傭兵家業をやってただけあるね。俺としてはかなり静かに作業をして短時間で終わらせたつもりだけど、エレナからすれば目を覚ますには十分すぎる騒音だったらしい。


「えーっと……ごめんなさい?」

「べつにいいのよー。それよりも、せっかく目が覚めたのなら一緒にご飯作りましょうかー」

「……そうしよっかな」


 本音を言うと、なんか急激に眠気が襲ってきて今すぐ朝ごはんの時間まで寝てたいんだけど、流石に体調不良のエレナを差し置いて俺だけぐっすりぐーたらを決め込むってのは良心の呵責が……って事で素直に頷いておく。


「それじゃあ氷室から野菜と麦を取って来てもらっていいかしら―?」

「はいよー」


 勝手口から出るとすぐに土板に乗り込んで氷室までひとっ飛びすると、こんな時間にもかかわらず数人の婦人たちがすでに起きてるらしく、俺の姿を見るなりぎょっとした表情をする。


「リック様——でいいんですよね?」

「まぁ、疑う気持ちは分かるけど本人だよ。っていうか何してんの?」


 別に氷室は俺ら専用って訳じゃないから居ても全く問題ないんだけど、こんな朝っぱらとも言えない時間に人が居るってのが珍しく感じるからこその問いに、村人連中は苦笑い。


「我々村人は大抵このくらいの時間に起きて何かしらの作業を始めてるんですよ」

「へー」


 そういやぁ……日本でもこんな時間から労働に勤しむ職業があったな。それと比べりゃあやっぱ貴族ってのは遅起きなのかね。少なくとも、ぐーたら道を究めんとするには貴族が一番だな。


「リック様は何用でこちらに?」

「んー? 朝ご飯の手伝いで食糧取りに来たんだよ」


 と言っても、ここにあるのは決まりきった食材だけ。いつも通り麦と乾燥野菜。そして最近、新しい入居者としてここにウルフ肉が追加されたんでこれも持ってっと。


「ただいまー」

「あらおかえりー。リックちゃん! これ凄く便利ねー。お母さん助かるわー」


 帰って来るなり目を爛々と輝かせたエレナがわしわしと頭をなでてくる。喜ばれてるのはこっちとしても嬉しいけど、ヴォルフと戦場を駆けるくらいの実力者の腕力でそれをするのは、魔法以外は一般人より下の俺の首の弱さを考慮してほしい。ぐわんぐわん揺れて千切れそうな気がする。


「それは良かったよ。はい食材」

「あらありがとー。それじゃあ食材お願いねー」

「肉はどうするの?」

「そうねー。何かいい方法はないかしらー?」


 こっちに丸投げか。ふむ……別につみれは美味いんでまだまだ飽きてないけど、飽きてから別の調理法を考えるってのも芸がない。とはいえスープに合う肉の調理法をあんまし知らないんだよなぁ。

 よし。ここはスープを諦めて違う物を作ろうとウルフ肉を風魔法で薄切りにして、塩を刷り込んで重ねたものを火魔法でじっくり焼いている間に、小麦粉を水に溶かしてクレープっぽい物を何枚か焼いて、削るように焼けた肉をそいでくるめばケバブもどきの完成ー。


「……うん。まぁまぁ」


 塩味だけのシンプルな味付けはケバブはそこそこ美味いけどそこそこの域を出ない。やっぱ胡椒だのショウガのと言った香辛料は必須だな。


「あらそうなのー? お母さんは美味しいと思うわよー?」

「美味しいならいっか」


 問題があるとすれば手掴みって部分だったけど、ウチは成り上がり貴族だからかあんまこの世界の貴族的常識ってのがインプットされてないから、エレナも平然と手掴みでケバブもどきに舌鼓を打ってる。


「……えっ⁉ リックの偽物?」


 なんかゲイツがそろーっと入って来たと思ったらそんな事を言われた。俺を見つけるなり偽物と断定するところはさすが家族! と言っておこう。


「おはようゲイツ兄さん。朝ご飯はまだだよ」

「いや、ただ水を貰いに来ただけだから。そんな事より本物——ですか?」


 ちらっとエレナの方に目を向けると、あっちも苦笑いを浮かべながら「本物よー」と言ってようやく信じた。おれのぐーたらぶりを知ってくれてて嬉しいね。


「で? なんでこんな時間に起きてるんだい?」

「うーん。それがよく分かんないんだよねー」


 5年生きてきてこんな事は初めてだ。一体全体何が理由なのか皆目見当がつかんので聞かれた所で答えようがない。


「なにか病気って事は無いんだね?」

「どうなんだろ?」


 とりあえず鑑定魔法で自分を調べてみると、なんとなくだけどこうなった理由を知る事が出来た。

 今は軽い緊張状態であるらしいけど、起きた当初はもうちょい強い緊張状態にあったと考えると、理由はやっぱりあれだよなぁとコンロに目を向ける。

 昨日、エレナに話して今日つける約束になってた。個人的には朝飯が終わったらつける予定だったけど、あのプレッシャーに負けて一刻でも早く設置しないと! なんて頭が思ったんだろう。そして、それが終わったから急に眠くなった――って感じかね。

 うん。これを知られるとエレナが常々こっちにプレッシャーをかけてきて寝不足からこの家を出て行く未来が見えるんで黙っとこう。


「大丈夫。別に何ともない」

「そう? それならいいけど、この後キノキノコの見学だろ。大丈夫?」


 あー……そういえばそんな事をするって言ってたっけ。まぁ、肉も欲しいし別にいいかと安請け合い下昨日の自分を恨みたいが、こんな事になるなんて予想もしなかったんでどうしようもないかぁ。

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