第139話

「ほーん。そんな事があったのね」

「ああ」


 何で俺が領主になるかもなんてこの星が滅ぶくらい素っ頓狂な妄言を信じるに至ったかの一部始終を聞いてみると、どうやらどっかの貴族が死んで長男と次男で争いが始まったらしいという話が学園で連日賑やかなんだとか。

 片やゲイツみたいに学園に通って成績優秀。

 片や魔法の才能があるけど成績は平凡より下。

 長男は優秀。しかし次男は魔法の才があるので領地にとっては貴重な人材。どちらにもメリットとデメリットがあり、家臣は大抵が長男側についたらしいけど、優秀な一部家臣が弟側についた事で抗争が激化。

 互いに次期領主の座に自分が収まるのが相応しいと骨肉の争いが始まり、今その貴族の領地は統治もままならないせいで犯罪者などが蔓延り、住民に大きな被害が続出。かつてないほど治安が荒れに荒れてとんでもない事になっているらしい。

 そんな話を毎日のように聞いたもんだからか、ゲイツはヴォルフが死んだ時に自分じゃなくて俺が領主になるんじゃないかという心配が頭を延々と駆け巡った結果、少し早めに長期休暇の申請をしてこうして帰って来たらしい。そういえばいつもはルッツの馬車に相乗りさせてもらって帰って来てたっけか。

 そんな説明聞いた俺達は、呆れを通り越して残念そうな目をゲイツに向ける。


「兄上……さすがにそれはあり得ぬかと」

「そうねー。リックちゃんが領主になるなんて言い出すほうがおかしいものー」

「まったくだよ。もうちょい弟を信用してくんないと」


 ちゃんと俺が家族の中で飛びぬけて貴族だの領地経営だのに興味がないという共通認識がキッチリ知れ渡ってるようで一安心だ。きっとこの場にヴォルグとアリアが居たとしても、同じことを言ってただろう。そのくらいに俺は労働を嫌っているし、常日頃から口に出してんだ。もうちょい弟のぐーたらライフに対する熱意を信じてほしいね。


「……そうだね。ごめんね」

「いいのいいの。謝罪するくらいなら仕事を頑張ってくれればいいからさ」


 長期休暇の間であればヴォルフが帰って来るには十分すぎる余裕がある。なので俺が仕事をする機会は訪れないだろう。万が一そうなった場合を考えて誰かしらを代理人として押し付け――げふんげふん。任命しておきたいところだな。


「ふふ。相変わらずみたいで良かったよ」

「当然。そんな事より領主代行頑張ってねー」


 事件解決となるとこっちはこっちで忙しい。何せ魔道具の改良だったり新しい魔道具を作ったりしなくちゃいけないんだからな。せいぜい俺の身代わりとして頑張って仕事に励んでくれたまへよー。


 ———————


「到着っと」


 魔道具を作るに際して一番必要なのは魔石。今日はその仕入れのために始祖龍のいるだろう山にやって来た。と言ってもどこがねぐらなのか分からないんで、まずはいつもの別荘へ来たんだけど、ここ最近感じるはずの2つの魔力が1つ減ってる。

 魔力量から考えて雑魚エルフが居ないと思うんだけど、なんだろう……フェルトの魔力もちょっと変な感じだ。

 普段通りなら特に気にする事なく始祖龍のトコに転移しようと思ったけど、このせいで薬草の質が悪くなったりするといけないんでいつもみたいに別荘に入ってみると、そこには妙に肌艶のいいフェルトが俺と目が合った瞬間になぜか気まずそうに視線を逸らした。


「ど、どうしたんじゃ? もう薬草の時期じゃったか?」

「いや。ちょっと始祖龍に用があって来たんだけど、雑魚エルフの魔力が消えてるしフェルトの魔力も何かおかしいから見に来たんだけど、どったの?」

「そ、そうかの? ワシとしては普段と何ら変わらんようにしか見えんから、きっと小僧の気のせいじゃろうて」

「ふーん……」


 どうやらしらを切り通すつもりらしい。当然その程度で納得する俺じゃないんで、ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべながら別荘を後にすると、遅れてフェルトが追従してくる。

 向かった先は当然クソ樹のところ。あれだけ盛大に剪定してやったはずなのに、目を凝らしてみるともう新しい芽が出始めてるとんでもない生命力で少しイラっとした勢いそのままに火魔法をポンと生み出す。


「おい小僧……それをどうするつもりじゃ?」

「え? 何を言ってるのかよく分かんなーい。俺は何もしてないよー?」


 と言いつつ生み出した火魔法をぽーいと投げる。この時にわざとらしくも動きに違和感を与えないようにするのがポイントだ。まぁ、あったとしてもなにをしようとしてるのかはバレバレなんでどうでもいいかもだけどね。


「くっ!」


 ゆーっくりと放物線を描いてクソ樹に迫る火魔法に対して、フェルトがすかさず水魔法を撃ちこむと、大した魔力も込めてなかったんで一瞬で消えた。


「急にクソ樹に向かって魔法撃つなんてどったのさフェルト。大事なモンなんじゃないの?」


 と言いながらもう1発火魔法を弧を描くように放り投げると、慌てふためいたようにフェルトが水魔法で消し去る。というのを何度か繰り返すと、急にこっちに向かって魔法で作った水球をぶん投げてきたけど常時結界を張ってるんで屁でもない。


「もうええわい! いらん化かし合いはうんざりじゃわい!」

「だったら最初から素直に言っときゃよかったんだよ。で? なんなの」

「……まぁ、魔力に乱れがない所を見ると無事なようじゃから伝えるが、どうやらあの実は成人に満たぬ者が食すと酷い目に合うらしいんじゃよ」

「ふーん……」


 おかしいな。俺の鑑定魔法だとそんな事書いてなかったんだけどなぁ。まぁ、甘さを通り越して苦いって事が書かれてなかったから。そう言う意味じゃあ酷い目に合ったっちゃあったか。


「まぁ、確かに酷い目に合ったけどね」


 元の状態に戻るまで多少時間を必要としたけど、取り立てて怒るほどの事じゃない。おかげで、恐らくは死ぬまでであろう量のメロンジュースが飲み放題になったと思えばトントンくらいで納得してやるのもやぶさかじゃない。

 とはいえ、本当にそれが酷い目に合う事の正解なのか? それくらいでフェルトが気まずそうに視線を逸らすようなハイエルフじゃないのは数年のやり取りで多少は知ってるつもりだ。


「で? 具体的に酷い目ってどんな感じよ」

「それは知らん。あの孫が大樹の実を見た時に老人共がそう言っておったと言いおったから、ワシは聞いたままそう言っておるだけじゃ」


 嘘だな。これだけ強いうえにハイエルフって事がそう事をしなくても生きて来れたんだろう。説明の時に若干だけど魔力の揺らぎがあった。

 この反応はヴォルフにもよく見られた傾向なんで、間違いない。隠さなくちゃいけないほどの理由となると……パッと思いつくのは死ぬ事だけど、そんな兆候はどこにもなかったし、自分を鑑定してみてもそういった異常はない。


「ふーん……まぁいいや」


 何か問題が起きてない以上、これ以上追及したところで確たる証拠がない限りは誤魔化されるだけだからな。そんな事で時間を無駄にするのはぐーたらとは違うのだよ。


「ところで、雑魚エルフはどったの?」

「奴はエルフの里に行きおった」

「もしかして……またあの花を増やすの?」


 チラッとそっちに目を向けると、俺がすっぽり飲み込まれそうな巨大な気持ちの悪い花が20くらいある。

 あれのおかげで、馬鹿なワイバーンがここまでやってくる回数が減ったって事でフェルトが随分と喜んでるんだけどまた増えるのかぁ。


「心配するでない。今の花の量で充分じゃし、万が一枯れたとしても種は備蓄済みじゃから、今回里に戻ったのは別な理由じゃ」

「別の理由?」

「うむ。なんでも大樹の実には毒があってのぉ。食すと全身から血を噴き出して死んでしまうらしいのじゃ」

「……」


 あっけらかんとフェルトがそう言い放った。うーん……それってもしかして、今まで何とかバレないようにって誤魔化してた部分なんじゃないかなー? やっぱり嘘をついて生活をしてないからついついぽろっと本当が出ちゃうんだね。

 とは言え毒? おっかしいな。鑑定で見た限りだとそんな項目は1つもないし自覚もない。念のために亜空間からメロンもどきジュースを取り出してみると、さすがに物覚えの悪い俺ですら見逃さないだろう毒という項目がいつの間にかしっかりと記されてるじゃあないか。

 ——まぁ、ただの嘘なんだけどね。

 なんでも、この実はあまりの美味さと甘さからかつては老若男女のエルフが同族同士で争いを起こすほどの代物だったらしいんだけど、いつの頃からかこれを食べると全身から血を噴き出して死ぬという根も葉もない噂が広く知れ渡り、今じゃあ齢600を超えたエルフのみが口にする物となっているんだとさ。

 なんだろう……似たような話をどっかで聞いた覚えがあるね。

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