第138話
「……しんどい」
ヴォルフ達が声デカ伯爵領に行って今日で5日。
結局ロクなごまかし方法が思いつかなかった結果、今日も今日とて書類仕事をさせられた。
ほとんどをエレナがやってくれたとは言え、俺からすればとてつもないほどの重労働だ。折角伯爵娘が居なくなって悠々自適にぐーたらライフを送れるようになるはずだったのに、本当に予定外だ。
「どーすっかな」
このままだと本当に死にそうだ。グレッグが駄目ならシグが適任っぽいとエレナにプレゼンしたんだがあえなく撃沈してしまった。さすがに子供に任せる仕事にして荷が重すぎるとかなんとか。
俺はどうなのよ? と問えばお前は領主の息子だろうがという回答。次男なんすけどね。エレナにはそういう言い訳は通じない。
あー仕事したくない。こういう時にもうちょい兄弟とかが居たらそっちに押し付けてとんずらするんだがなぁ。サミィも手伝ってくれればいいんだけど、あっちはあっちでやる事があるらしいんでと疲れたような笑顔で断られた。
しっかしどうすっかな。このままだと伯爵娘の時以上にストレスが半端じゃない。おかげで折角のぐーたらタイムだってのに寝れん。胃も何となくキリキリする。まだ5歳だって言うのに抜け毛も出てきたような気がする。
早くしないと本当にストレスで死ぬ。こうなったら最終手段として、なりふり構わずに転移魔法でゲイツを学園から引っ張り出して仕事を押し付けるしかないか?
「僕の事を呼んだかい?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには不思議そうに首をかしげてる学園で勉学に励んでるはずのゲイツの姿と、誰か分からん謎の男騎士が後ろにいた。
「いやー助かったよゲイツ兄さん。可愛い弟の危機を察して助けに来てくれるなんて俺はイイ兄を持ったもんだよ」
なんでここに居るのかなんて理由は俺には関係ないし、謎の騎士は何者だ? とかって質問も全くするつもりはない。必要なのは、今この場にゲイツが居て、間違いなく俺に重くのしかかってた書類仕事というやらなくても問題ないはずの仕事から解放されることを意味する。
「あーうん。普通に長期休暇で帰って来ただけなんだけど、何かしたの?」
もうそんな時期か。この世界でもちゃんと長期休暇がある。それに合わせてゲイツが帰って来るのは知ってたけど、今日だったとはね。どうせならもうちょい早く帰って来て欲しかったな。
「なんで俺が悪事を働いた前提の話なのか分かんないけど、父さんとアリアがちょいと貴族のパーティーにお呼ばれしたせいで書類仕事が溜まってるんだよ。だからそれを頑張って処理して♪」
「……ウチがパーティーに呼ばれた? 本当に?」
まぁ疑うのも無理はない。何せほとんどの貴族からぽっと出の成り上がり貴族と蔑まれるのと同時に、王国を裏切って他国の貴族になる予定だった裏切者たちから滅茶苦茶嫌われてる。現状を見ればその度合いも相当な物。
そんなカールトン家にパーティーの誘い。事情を知ってる人間からすれば真っ先にバレバレの嘘しかつけない雑魚乙。って感じになる。もちろん俺もそう受け取る。
「信じられないけど本当なんだなぁ。後で母さんだったりサミィ姉さんにも聞いてみるといいよ」
「そうするよ。しかし「あのー。そろそろ話してもいい?」」
チラッとゲイツの後ろに目を向けると、にへらっとした笑みを浮かべる騎士が。
第一印象としてチビだなぁってのが思い浮かぶ。
ゲイツはイケメン高身長なので爆ぜて死ねという黒い感情が芽生えるが、後ろの騎士は顔立ちも平均的でゲイツと比べると頭ひとつ分くらい小さいおかげで比較的にこやかに対応できる。
体つきは鎧を着てるから分かんないけど、得物は斧。しかも柄の長い両手斧を使ってるって事は結構ガッチリしてんだろう。
「あー。この人はニュルンさん。帰って来る道中で知り合ったんだけど、リックに用事があるみたいでね。こうして一緒に来たんだ」
「どうもー。しっかし……楽な任務と聞いてたけど完全に騙されたわー」
……ほほぉ。こいつからは俺と同じ匂いが少しだけする。そう! ぐーたら道を歩む者としての匂いがなぁ! 居ないかと思ってたけどやっぱいるところにはいるもんだな。
とはいえまだまだ段位は低い。やはり魔法が使えないってのが足かせになってるんだろうな。
「用って何?」
「ほい。これ渡せって言われてきたんだけど遠くて参ったわー」
突き出されたのは一冊の薄っぺらい本。装丁がやけに丁寧なところを見ると相当に高級な物なんだろう。うん? 高級……頼んでた物……魔道具の本か!
「ありがと」
ひったくるように受け取って早速中身を拝見。うむうむ……これはいいね。持ってる本の情報と比べて明らかにアップデートされてるが、肝心の氷魔法についてはどこにも書かれてないじゃないか。期待したのに役に立たねぇな。
しかし、それ以外の情報に関しては悪くない。今まで無理だった出力の調整や複数属性の合わせ方。動きの変化と言った痒いところに手が届く感じでインスピレーションが刺激される。
「——ック。リック」
「んぁ? なに?」
「なに? じゃなくて本を読むなら家で読まないと駄目だぞ」
「それもそっか。じゃあ乗ってく?」
「すぐそこだからいいよ。こっちの方も休める場所に案内しないといけないからさ」
「あーそれありがたいわー。さすがに今日くらいはここに泊まってくわー」
そういえば本を届けに来た騎士が居るんだったな。しかし……もう受け取ったんだからさっさと帰ればいいんじゃね? と8割くらい思ったけど、さすがにとんぼ返りさせるのは悪いなぁってのが1割で、残りの1割は更なる要求を伝えるための人柱となってもらおうって算段だ。
「ふーん。泊まってくなら一応あっちに使わない家があるからそこ使っていいよ」
「そんなものあったかな?」
「ちょっと色々あって作ったんだよ。じゃあ俺はやることあるんで」
乗らないというのならさっさと家に帰るだけだ。この本をもとに今まで作った魔道具のアップグレードをしたい。特に扇風機は前々から風が強すぎると女子側からの不満があったから、これを機に威力の調整をさっさとやっちまおう。
それに、風と水魔法が同時に運用できるってなると麦への水まきも魔道具で済ませる事が出来るようになりそうだ。魔石だったら始祖龍にスライムなんかのクズ魔石を大きくしてもらえるから、俺は家でぐーたらしてりゃ勝手に魔力の切れた魔石を持ってきて、それに充填するだけの最高に近い生活を送れるようになるじゃあないか。
——————
「どう?」
「いいわねー。とても便利よー」
早速扇風機の1つに風力の調整が出来るギミックを追加した物をエレナに説明しながら使ってもらうと、満足そうな返答を得られた。
その一方で、同類っぽい騎士を空き家に案内し終えたゲイツがさっきから額に手を当てて何回もため息をついてて正直うざったい。
「さっきから何なの? 帰って来るなりため息って気になるんだけど?」
「ああ悪い。別に文句がある訳じゃないよ。ただ帰って来る度に村が様変わりするからちょっとついていけなくてさ」
「仕方ありませんよ兄上。何せリックがやる事ですから」
「そうねー。リックちゃんが色々始めちゃうのよー」
それに関しては言い訳はせん。
何せこっちの未来のぐーたらライフがかかってんだ。ミリだろうと妥協するつもりはない。現状は、その未来に対する投資という形で畑に魔法を振りまいたり魔道具を設置したりなどといった労働に従事してる。
この辺はぐーたら神からのお目こぼしはあるだろうけど、書類整理は完全に仕事。なのでたった5日だけど俺のぐーたら道の段位は大きく降格した。おかげで段位者から級者になってしまうかもしれない。
「相変わらずなんだね。リックは」
「悪い事じゃないんだからよくない?」
「別に責めてる訳じゃないって。お前のおかげで村人にも笑顔が見られるようになったし、毎月の仕送りにも感謝してる」
現状、ゲイツには毎月ルッツ経由で仕送りをしてもらってる。そうじゃないと物価の高いだろう王都じゃ何かと金がかかるだろうという2人の親心と、個人的に不健康な生活を送られて領主のお鉢がこっちに回ってこないようにって理由だからだ。
「じゃあ何?」
「いやー。このままだと僕がいつか領主を継ぐってなった時、大丈夫かなーって」
「その辺は大丈夫じゃない?」
俺がやってる事はあくまで俺自身がぐーたらライフを送るためであって、統治だとか贅の限りを尽くした生活ってのに欠片も興味がないし、それの為の労働ともなると本当に蕁麻疹が出るしストレスで胃に穴が開く。
だからゲイツには健康的に過ごして欲しいし、こっちに火の粉が飛んでくるようならここか去る事も躊躇いはない。
「そうですよ兄上。その為に学園で勉学を身につけているのではないですか」
「そうよー。リックちゃんは魔法は優秀だけど、それ以外が駄目駄目だものー」
「そうだよ兄さん」
そうやってよいしょをする事でとりあえず落ち込んだテンションが少しは戻って来た。本当に領主なんてやるつもりは欠片もないんだけど、学園で何かしら知識を入れられたのかな? 余計な事を……。
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