第137話
「さーて……どうすっかな」
とりあえず仕事の時間をエレナの惚気話で乗り切る事が出来たけど、明日には使えない手になっちゃったからまた新しい手段を考えつかないとひどい目に合わされてしまう。
もう働くのは真っ平御免だ。これ以上働くようになったら本当にぐーたら神から天罰を落とされるかもしれん。それだけは勘弁してほしい。さすがの俺でも神様からの攻撃は防げないと思う。
そんなんで死んだら、折角手に入れたぐーたらライフがたった5年で幕を閉じてしまう。それだけは何としてでも避けねばならん! 俺は80年100年とじっくりたっぷりと楽しむ予定なのだから。
しかし、何も良い手が浮かばない。ワンチャン朝食を牛歩戦術のごとくちんたら食べようかなーと思って実行に移したんだけど、1秒1秒ごとにエレナから発せられる圧が強くなったんでそそくさと食べ終わっていつも通り畑に魔法を撃ちこむという仕事をやり終わった。
あの手が使えない以上、このままだと本当に昼から夜までの超長時間労働をさせられる。それだけは何としても避けたいが、なにもいい方法が浮かばない。
1日2日は何とか書類の不備を突いて誤魔化せたけど、これ以上はどうしようもない。どうやら書類仕事が増えてるなりに頑張ってる痕跡があるし、無駄は多いけど省きすぎると手抜きしただろと思われかねん。別に俺はそれでいいけどヴォルフが首を縦に振らないだろうからね。
「うーん困った。実に困った」
どこにでもあるような一般的な大学を普通よりちょっとした程度の成績で卒業してブラック企業に就職したおっさんの頭じゃロクな考えが浮かばない。
「という事で何かいい案はない?」
「ない」
即答したのはリン。今日も今日とて家の畑仕事を面倒臭そうに手伝い、俺も魔法で栄養補給を済ませたのがたまたまこの家が最後であったから、こうして肩を並べて駄弁ってるって訳よ。
「役に立たないなぁ」
「無茶言うなよ。エレナおばさんにおれが何か言ったって無駄だろうが」
「そりゃそうか」
リンは元々アリアに次ぐ勢いの脳筋だしな。
最近は魔道具作りの本を読むためだとか言ってシグに教師役をさせてるらしい。それはそれで俺が楽になる事なんで全面的に応援するけど、成果があんまり伴ってないんだとか。
「ってかこれも仕事なんだから、普通にやりゃいいじゃねぇか」
「分かってないなリン。俺が畑に魔法を使ったりしてるのは正確には仕事じゃないんだよ。そりゃあ最初はこんな若さで飢え死にとか嫌だから頑張ったけどね」
「はぁ? じゃあ何だってんだよ」
「俺が生きる意味は1つだろ。ぐーたらするためだよ」
「またそれか……だったら他の誰かに頼めばいいんじゃねぇの?」
「誰が居るんだよ」
機密情報——ってほどでもないかもしんないけど、さすがに家族以外の誰かに報告書を見せるのはさすがに憚られるし、エレナも首を縦に振らんだろう。そもそもの大前提として文字を読める大人が少ない。
「グレッグのおっちゃん」
「……あぁ」
確かにグレッグなら文字も読める。おまけにヴォルフとエレナとも仲がいいんで、言っちゃ悪いが裏切られる可能性も低いから報告書を見せても問題になるような事にもなりにくいか。
「あのおっちゃんなら文字も読めるだろ?」
「確かに。いい案かも」
基本的に訓練しかしてないっぽいし、それもおはようからおやすみまでって訳じゃない。その空いてる時間をこっちの仕事で埋めてやれば、グレッグも暇を持て余すよりいいだろう。俺ってなんて村人思いな人間なんだろうな。
「そうと決まればおっちゃんのとこ行こうぜ」
「そうすっか」
まずは1日のスケジュールを聞かんとこっちもこっちで予定が立てられないし。
って事でいつも通り土板を作って飛び乗ると、リンも普通に飛び乗って来たけど特に何も言わずにそのままグレッグが居るだろう兵錬場までひとっ飛びでやって来たんだが、そこにあるのは今日の訓練で出来ただろう小さい数々のクレーターとこっちを見てるっぽいグレッグ1人だけだった。
「あれ? 誰もいねぇぞ?」
「村の周回でもしてるんじゃない?」
という結論にすぐに至ってグレッグの傍に着地しようとすると歩き始めたんで並走する。
「グレッグってさぁ、訓練以外って何してんの?」
「いつ戦場に身を置いても良いように自己鍛錬を欠かしておりませんよ」
「おっちゃん……他にする事ねぇのかよ」
「他に必要な事が無いですからね。少年もぐーたらでしたっけ? それをするために魔法の自己鍛錬を欠かしていないでしょう」
「確かに」
魔法はぐーたらを究めるに際して最重要要素。これを怠ると本当の意味でのぐーたら道への道は開けないと俺は確信してる。
なるほど。そう考えればグレッグもグレッグで別の道を究めんがために邁進してると思えなくもない訳か。俺には一生縁のない道だがね。
「しかし、なぜ突然そのような事を?」
「んー? 父さんが居ない間の書類整理とか報告書の作成とかをグレッグに頼みたいなーと思ってさ」
「おっちゃん文字の読み書きできるだろ? 暇そうだし丁度いいじゃん」
「申し訳ありませんが、ワタシはグレッグにこの村の方達を戦争で戦える兵士にしろという使命を受けているので忙しいのですよ」
なんてことを言いながら、ヘロヘロになって走ってる村人のケツをすれ違いざまに蹴っ飛ばして突き進む。
「とは言え、年がら年中訓練してる訳じゃないんだろ?」
こういった訓練をやった後には必ず休息を取らなきゃなんないのはもはや常識で、それを理解してるかどうか知らんけど訓練も大抵1日おきに行われる。その空いてる時間で俺の代わりに仕事をしてくれと頼んでるんだ。
「たとえそうであったとしても、ワタシはこの村の軍事を任されておりますので、そこに内政の事にまで関わるのはさすがに遠慮しますよ」
「とか言って、本当は出来ないだけじゃねぇの?」
リンが小馬鹿にしたような笑みを浮かべながらそんな事を言ったら、グレッグは深いため息をついて一言——
「そんな事をしていたら、鍛錬の時間が無くなってしまうではありませんか」
「ん? 鍛錬は1日おきじゃないの?」
さらっと言い切るけど、毎日訓練するのは駄目なはずだ。
聞きかじった話だと、いくら訓練をしたところで筋肉の超回復を起こさない限りは何の効果もないどころか逆効果になるはずってのは、俺より前に居た転生だか転移か知らんがそいつが広く知らしめたのか常識になってるのにどういう事だろう。
「それは塵芥に等しいここの村人であって、ワタシには適応されませんよ?」
「って事は、グレッグは毎日訓練してんの?」
「ええ」
「ええって……大丈夫な訳?」
「問題ありませんよ。昔にダンジョンで手に入れた物のおかげでね」
そう言って指にある指輪を見せてくる。一見普通の指輪だし魔力も感じない。こういうののテンプレだと、魔力を帯びてたりしそうだけど全く感じない。本当にダンジョン産の特別な指輪なのか?
「本物?」
「勿論ですとも。鑑定してもらっても構いませんよ」
どれどれ……これは回復(中)の指輪か。確かに結構な回復効果があるっぽい。それがどの程度なのか知らんけど、毎日ハードな訓練をしてもピンピンしてるって事は、ちゃんと効果は発揮されてるし効力も高いんだろう。
「本物だね。魔力を感じないのに効果は出てる……不思議だ」
「ええ。これのおかげで余計な事を考える事なく訓練を続ける事が出来ます」
得意満面に言ってのけるグレッグは、どうやら訓練ジャンキーらしい。俺のぐーたら道と違って非常にアクティブで険しい道だけど、ここまで嬉しそうに語るとなると相当深いところまで到達してるっぽい。
「まぁ、グレッグが問題ないっていうなら深くは追及しないけどさ、目的が変わるようなら文句くらいは言うからね」
「はて? 目的が変わるとは何でしょうか」
「訓練する事が目的になるなって事」
グレッグの仕事は、あくまで腕っぷし自慢の村人に戦場でも一丁前に動ける人材に育てる事だとさっき言ってた。それに関して、今まではまったくと言っていいほど必要性を感じてはいなかったが、キノコのトコにウルフが出るようになってからは話が別だ。
立派な食糧調達係となってくれるんだ。その武力に期待を寄せるなってのが無理な相談で、それの維持・強化に努めるグレッグの手腕に大いに期待してるけど、それが主目的となるのは違う。
そういう意味での発言に、グレッグが眉間にしわを寄せる。
「……善処しましょう。では」
そう言い残して走り去った。あの感じからすると、若干そうなってた兆候があったんだろう。じゃなければ笑って済ませりゃいい話だからな。
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