第136話
「ねぇ母さん」
「どーしたのー? リックちゃんー」
「やる事多くない?」
ヴォルフとアリアが伯爵領に行って今日で3日目。今は執務室で代わりに書類仕事を押し付けられてるんだけど、これがなぜか結構な量がある。
何をこんなに書く必要があるんだと当初は思ったが、毎年ある王都での報告会の時に必要になるらしいとエレナから言われたんで渋々書いてるが、正直書く事が無駄に多すぎて辟易する。
「これが普通なんじゃないかしらー?」
「細かすぎるって」
書類の1つに麦の生育状況なんて項目があるけど、こんなのは月に1度の記載で十分だと思う。ウチの麦の成長著しいとはいえ、毎日目で見えるほど成長する訳じゃないんだしさ。
それと村の状況だね。報告書には水路が出来ただのキノコ村があるだの、普通に考えれば耳を疑うような報告がズラリと並んでる。いまさらかもしれないが、こういった報告をされると俺のぐーたらライフに影響が出るんで、悪いけど処分させてもらう。
「あらー? どうして分けてるのかしらー?」
「俺にとって不都合だから」
「それでも駄目よー。どこからフニィ茸を手に入れてるのか都合がつかなくなっちゃうじゃないー」
「適当に拾ってきましたでいいと思うけどなー」
むしろそっちの方がよっぽど現実的だと俺は思う。ヴォルフやエレナもキノキノコが魔法を使うなんて知らなかったんだ。まさか少し高級なキノコを栽培して家賃代わりにくれるって誰が考えるよ。
「それでも駄目よー」
「はぁ……」
とりあえず村の進捗に関してはありのまま報告する事で諦めたけど、麦の育成については月1ペースを譲らなかった。それでも十分に報告になるし、俺が魔法で育ててるから病気になるような事もない。
「しっかし……父さんは真面目だねぇ。こんな事毎日やってるんだー」
「そうよー」
まぁ、そのほとんどが俺からすれば無駄な物なんだけどね。どうやらヴォルフは馬鹿真面目にこまごまとしたこと全てを報告書として記してるらしい。紙代も馬鹿にならないだろうに。
「とりあえず父さんがいない間に無駄を減らそうか」
「無駄なんてあるのかしらー?」
「ありまくりだよ。よくこれで相手側も怒らなかったと感心するよ」
ざっと今年分のを確認してみたけど、ほとんどが取るに足らない情報ばっかり。これを確認する相手もきっとこめかみをぴくぴくさせながら受け取ってたんだろうなー。俺だったら絶対に要らん情報を書くな! と説教する。
「そうかしらねー?」
「……母さんは、毎日ちょっとだけ料理作るのと、ひと月で1人前の料理作るのどっちが楽?」
「ひと月にきまってるじゃないー」
「だから報告もひと月分をいっぺんに1枚に書く。そうすれば紙も無駄になんないし、無駄な手間が省けるでしょ? そもそも報告するような事なんてほとんどないと思わない?」
「あらー? リックちゃんは自分のやってる事が分かっていないのかしらー?」
ニッコリ笑顔だけどそこはかとなく圧がある。きっと好き勝手に作った事でヴォルフが書類仕事に忙殺。結果として夫婦の時間を削ったんだろうと想像出来る。
とはいえ、そのおかげでこの村は赤貧から半歩くらいは脱したんだから文句を言われる筋合いはない。
「後悔はないし、俺が言ってるのは麦の生育についてだから。母さんも見ればわかるよ。いかに無駄なのかがね」
どうぞと無魔法で書類数枚を届けると、数分程度で眉がハの字になるのが見えたんで、どうやらちゃんと理解してくれたみたいでありがたい。
「さすがにここまで書かなくてもいいとお母さんも思うわー」
「でしょ? だから母さんからも説得してね」
俺が無駄だからと言っても多分聞かない。相手は王家に対してかなりの狂信者だから、事細かに報告する義務があるとか言い出して説得には応じないだろう。
そこでエレナの出番だ。我が家のヒエラルキーの頂点に君臨するんだ。生半可な言い訳は迫力のある笑顔で問答無用に叩き潰されるし、キレた時の圧力は他人事だとしても心臓がキュッとなる。そんなエレナの責めにヴォルフも首を縦に振るしかあるまいて。
「そーねー。ちゃんと言っておくわー」
「お願いねー。成功すれば夫婦の時間が長くなるかもだしねー」
俺は報告が長かろうが短かろうが関係ないけど、これが短くなれば自然と夫婦一緒に居る時間が長くなるとは思う。
俺が見る限り、毎月2日酔いになって説教されるという風物詩はあるものの、2人の関係は良好のように見える。だからと言ってイチャイチャしたいのかどうかはまた話は別かもしんないけど、反応を見る限りは積極的に説得してくれるだろう。
「って訳で、今日はもうおしまい!」
いやー。今日もたっぷり仕事したなー。正直言ってぐーたら神が夢の中に出てきてキツイ説教でもしてくるもんだとばかり思ってたけど、この分ならその心配はなさそうだ。
ひょいと椅子から飛び降りてさっさとキッチンで朝飯でも作ろうかと走る俺の方をエレナがガシッ! と掴んで離さない。
「待ちなさーい」
「なに?」
「まだお仕事は終わってないわよー?」
「俺的には終わったけど?」
初日は書類の確認。
2日目はその整理。
そして今日は、無駄な書類の処分。ぐーたら道をまい進する俺にとってはかなりの労働をしているというのに、エレナから見るとどうやら俺は手を抜いてサボっているように見えるらしい。この辺りは見解の相違というやつだろう。溝が埋まる未来は存在しない。
「こんなんじゃお父さんが帰って来た時に怒られるわよー?」
「大丈夫。そうならないように母さんが説得するんだから」
おれもぐーたら心に鞭打って説得には参加する予定だ。まぁ、とはいえエレナの圧迫説得や、紙代が浮けばその分酒買えるんじゃね? 的な事をちらつかせれば結構楽に落ちると思ってるんだがどうにも表情は浮かない。
「うーん。お母さんだけじゃ難しいかもしれないのよー」
「何言ってんのさ。この家に母さんに反抗する人いないんだから大丈夫だよ」
たとえ王国中にここの領主がヴォルフだと知られていようと、村ではエレナこそがこの地の頂点に君臨しているんだと誰もが知ってる周知の事実。なので基本的には誰も逆らわない。何せ元傭兵で腕っぷしも抜群らしいからね。どうにもならん。
そんな相手にNOを突き付けるにはそれ相応の理由が要る。まぁ、王家への忠誠が相応の理由っぽく聞こえなくもないけど、ヴォルフ以外はそこまで篤い忠誠を誓ってる訳じゃなさそうだからな。
「普通ならそうかもしれないけどねー、さすがに王家が関わるとあの人も意固地になるから説得が大変になるのよー」
「あーやっぱりそうなんだ。それって高いお酒飲ませてもらってるからなの?」
「間違ってないけどー、それがすべてって訳じゃないわよー?」
「うわぁ……説得力薄ぅ……」
言っている事は理解できる。理解できるんだが、あの酒狂いがそれ以外の理由で王家に忠誠を誓ってる姿がどうしても欠片も想像できない。
エレナも自分の説明が俺に刺さってないと分かってるんだろう。困ったような表情で笑みを浮かべる。
「本当にその通りなのだけどねー」
「その理由って何?」
単純に気になるってのもあるけど、話に意識を逸らせばこんな面倒な仕事をしなくて済むかもしれないからね。
「王様が強かったからよー」
「……そうなの?」
王様……どんな奴だったっけ? 確かウチと同じくかかぁ天下っぽい家庭環境っぽいってのと簡単石にポンと金貨をくれたっていうのだけは覚えてるんだけど、家族写真代わりの絵で見た王女の印象が強すぎて全く覚えてない。
「そうなのよー。お母さんも何度か目にしたけど、結構強かったわよー。まぁ、あの人には及ばなかったけれどねー」
「ふーん……」
とりあえずこの線で話を聞き続けよう。若干惚気話になりそうな気配がしないでもないけど、労働するよりはずっといいと思って必死に話を引き出し続けて何とかお昼を迎える事が出来た。
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