第135話
「ふあ……っ。なんで俺まで」
翌朝。いつもであれまだまだ寝てるような時間帯に俺は玄関前に立たされてた。
起こしに来た相手はアリア。なんでも伯爵領に行くんだから送り出しくらいしなさいよって事らしいが、別に今生の別れになるんじゃないんだからいいだろと二度寝したいんだが、無理矢理連れていかれて強制的に玄関に居る。
てっきりさっさと出発すんのかとばっかり思ってたが、荷物の最終確認をしたらそれを馬車に積み込み。そして馬車を動かす魔石の充填が満タンかどうかを確認して、ちゃんと動くかどうか確認する。ほとんど俺の仕事だ。
「随分と眠そうだな」
声をかけてきたのはヴォルフだ。いつもの格好と違って今日は身だしなみを整えているために酒ジャンキーの片鱗はあんまり感じられず、その手には10本の試験管が握られている。
「当たり前だよ。まだ寝てる時間なんだから。それよりソレ、割ったりしないでよ? わざわざ採取してきたんだからさ」
昨日帰り際に明日の朝取りに来なと言われたが、もちろん俺が行くことはあり得ないので、夕飯の時に告げる事でヴォルフかアリアに頼んだ! という意味を込めるとヴォルフが小さいため息をついたのでこうしてちゃんと取りに行ってくれた。目に見えて忙しいからな。そのくらいやらんと。
「当たり前だろ。しかしおばばは相変わらず仕事が早いうえに腕がいい。これほどの傷薬を用意するとはな」
「へー。そうなんだー」
さらっと鑑定魔法を使ってみると、確かに深い裂傷でも短時間で治ると表示される。あれで効果を落としてるってなると、薄めなかったらどのくらいの効力なるんだろうなー。切断されたのがくっついたりして?
「これだけの物であれば贈り物として十分だろう。よくやったな」
「その頑張りを酒とかで無駄にしないでね」
パーティーであれば当然酒は出る。そこで羽目を外さないようなら酒ジャンキーの名をほしいままに出来ない。何せ王都ですら失態を演じたんだ。王様より身分が低く、また盲信もしてない相手ともなれば留まる事はないだろうが、一応釘を刺しておく。
「なーに。伯爵は父さんの酒好きを十分理解してくれてるからな。心配無用だ」
分かってない。やはり酒ジャンキーには何を言っても無駄っぽい。一縷の望みにかけてアリアに近づく。
こっちはこっちでこれから馬車移動だってのにブンブン木剣を振り回して朝の訓練のない分を自主練で埋めている。相変わらず脳筋でやる事がワンパターンだなーと思ってると急にこっちに剣先を向けた。
「なによ」
「それはこっちのセリフなんだけど?」
普通に近づいただけなのに剣先を向けられる謂れはない。別に何かをするつもりなんてなかったし、あったとしても寝不足で反応の悪い今やる訳ないだろう。やるからにはある程度の準備が要る。何せ相手は脳筋であるが故なのか非常に勘が鋭い。生半可な仕返しは通じないからな。
「じゃあなんで後ろからくんのよ」
「アリア姉さんが馬鹿みたいに木剣振ってる間にいろいろしてたからだよ。そんな事より、伯爵のパーティーで父さんがお酒飲みまくって変な事をしないように監視しといてよ」
「必要なの? 王都でも酔い潰れてたんだからいいじゃない」
「それとこれとは話が違うの。最悪、伯爵の騎士との訓練も無くなるかもしれないんだからしっかりね」
「えっ⁉ ……ちょっと待ちなさいよ。なんでそんな事になるのよ」
分かりやすく脅迫したつもりなんだけど、どうやら理解できてないみたいで、ずい……と詰め寄って来た。そんなんだから脳筋って汚名が取れないんだよと心の中で馬鹿にすると見透かしたかのように鉄拳が飛んでくる。
木剣じゃないのはまだ理性が働いてる証拠だと思いたい。
「殴られる理由がないんだけど⁉」
「なんかムカついたからよ。それよりも腕試しが出来ないってどういう事よ」
「……いい? 伯爵と父さんの関係は一応良好なのは分かる?」
「当たり前でしょ。じゃなかったら手紙なんて来ないじゃない」
まぁ、そもそもは俺の魔法目当てなんだが、その辺はアリアに言っても無駄なんで省略。
「そうだけど、関係性がどの程度かは俺にも分かんない」
なんとなーく仲良しだって記憶がうっすらとあるけど、どの程度の仲なのかはさっぱり分からん。きっと戦場で肩を並べたんだろうけどってのは想像に難くないけど、浅いのか深いのかはよく分からん。
親友とか戦友とか呼べるレベルであればよほどの事が無けりゃ問題にはならんと思うが、逆だったらあっという間に断罪されるかも。
まぁ、そうなったら伯爵領は地図から消えてもらう予定だ。俺のぐーたらライフを邪魔したんだからな。それだけで一族郎党皆殺しにする意味が俺にはある!
もちろんそんな事を言えば面倒極まりない事になるんで口には出さない。アリアを見る限りだと俺のポーカーフェイスから何かを感じ取っているようで何か言いたそうにしてるけどこれも無視。あっちも訓練がかかってるから追求はせんだろう。
「で?」
「さすがに斬首とかはないだろうけど、途中退席を命じられる可能性がある。そうなれば当然訓練の話はなくなるでしょ」
「訓練が先かもしれないじゃない」
「その場合は無視していいけど、ちゃんと母さんにはありのままの報告は忘れないでね」
「んな事言われなくたって母さんに既に言われてるわよ」
どうやらエレナは俺と似たような事を考えていたらしい。とはいえ俺レベルまでは考えてなかったっぽいんで、追加の釘を刺せてよかったと思う事にして伯爵娘の方に足を運ぶ。
こっちは迎えに来た騎士が打ち合わせをしてる程度で準備自体はほとんどないし、あったとしても伯爵娘やおっさんが手を出す事じゃないんだろう。文句を言ったり妬み嫉みのこもった視線を向けるような事が無い。
「お? 今日は起きてんだね」
「さすがに別れの挨拶をしない訳にはいきませんから!」
「随分と酷い顔をしてるが、どうした?」
「いつなら寝てる時間なのに叩き起こされたの。そんな事よりおっさんは手伝ったりしない訳?」
「馬鹿を言うな。このベレット、ルルミリア様の魔法の講師として伯爵様に雇われており、彼等は伯爵様の手足となるために雇われている。その領分に手を出すのは筋違いという物だろう?」
「じゃあ俺が伯爵娘に魔法を教えてるのも筋違いなんじゃないの?」
「貴様に聞いたのはぐーたらに関してだ」
結果的にそれが魔法の訓練に繋がるなら領分に手ぇ出してんだろと思わなくもないが、俺がやった事と言えば簡単石を渡して詠唱のちょっとしたコツを教えた程度だから、おっさん的には領分に踏み込まれたって判断ではないらしい。
「それに、貴様は伯爵に雇われている訳ではないのだ。多少踏み込んだとしても寛大な心で許してやろうではないか」
「寛大な心ねぇ……」
そんなのがあったのかは覚えてない。でも、これでようやく静かなぐーたらライフを送る事が出来るようになると思うと本当に心晴れやかだ。
「じゃあね。もう二度と会う事はないと思うから、簡単石は選別にあげるよ」
「えっ⁉ リック君、それだけ魔法が使えるのに学園に行かないんですか!」
「行く訳ないじゃん。あそこは俺にとって墓場と変わらん」
なんで急に学園の話が出てくるのか分からん。それに、そんな所に行ったって得る物は何もない――訳じゃないか。クーラーとか欲しいから魔道具の知識は欲しいけど、ぐーたらライフを犠牲にするほどじゃあない。俺自身は現状でも快適生活を送れてるからな。
だから、何が悲しくて人生の何分かの1を拘束されにゃあならんのか。ハッキリ言って理解に苦しむ。
「普通であれば行けるだけで才能を認められたと喜ぶところだぞ?」
「俺は喜ばん」
おっさんのセリフは一般人向け。俺は神からチートを貰ってるし、魔法の神髄よりぐーたらの神髄を究める方がはるかに大切だからな。
「そんな事を平然と言ってのける奴は貴様くらいだろうな」
「ですです! 私だったら迷わず入学します!」
「じゃあそうなれるように頑張りなー」
ようやくすべての準備が終わったようで、さっきから伯爵娘の騎士たちが動く事なくこっちを見てたからサクッと話を切り上げてヴォルフの方に逃走。
「じゃあしばらく留守は頼んだぞ。リック」
「ふえーい」
あーあ。大抵の事はエレナがやってくれるとは言え、俺にもいくつか仕事が押し付けられた。成人してもここに居続けるって宣言してるし、万が一ゲイツに不幸が振りかかった時の予行演習も兼ねてるらしい。
「いってらっしゃーい」
「行ってくる」
こうしてヴォルフとアリアが村を出て行き、長い長い伯爵娘の迷惑行為に終止符が打たれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます