第134話

「こんにちはーってここに居たのねリック――って何やってんのよ」


 とりあえず、顔以外を水球で覆って匂いを取りながらボケーっとしてると、脳筋ゆえに生まれてこのかた病気になった事が無い優良健康体のアリアが入って来た。


「準備はもういいの?」


 今は声デカ伯爵のパーティーに向かうための準備に多少は忙しくしてる真っ最中のはずだ。特にアリアはこんなんでも一応女。エレナ主導で付け焼き刃とはいえマナーを叩きこまれたりして忙しい。


「一応は母さんから及第点が貰えたわ。それにしても、なんで貴族の女だからってあんな事しなくちゃなんないのかしらね。アタシは剣を振り回して有名な冒険者となってお金を稼いで父さんと母さんを楽させたいだけなのに」

「今から行くのは貴族のパーティーだし、有名冒険者になれば貴族からの依頼なんかもやるようになるんだから、礼儀作法は身につけておいて損はないよ」


 ウチはもともと平民だったからかなり好き勝手やってるけど、だからと言ってどこでもそれをやっていい訳じゃない。相手に招待された以上、その顔に泥を塗らないようにする努力は必要だし、テンプレだと高位冒険者には貴族からの依頼もあるんで、最低限の礼儀作法は身につけておかなくちゃならん。


「王都に行った時は何も言われなかったわよ?」

「それとこれとは話が違うんじゃないかな?」


 王都のはある意味強制参加。マナーうんぬんを言われた所で二度と参加できないところじゃないし、馬鹿にされた所で嫌でも参加しなくちゃなんないんだから誰の顔に泥を塗る訳でもない。しいて上げれば王様かな? とはいえ、王様に反逆でもしない限りその程度でお咎めはないと思ってる。

 けど今回は、伯爵がわざわざ王国中の貴族から嫌われてる俺等を呼んだんだ。ヘマをすれば迷惑がかかる。どれだけの連中が来るか知らんが、なんで俺達・私達が来た時あんな連中を呼んだんだと文句は出ると思う。あくまでテンプレ参照だけど、大体間違っちゃいないだろ。

 なので、とりあえずマナーだけは良くして大人しく過ごすのが吉。後は声デカ伯爵次第かな?


「で? アンタはここでなにしてんのよ」

「声デカ伯爵への贈り物に傷薬がいいんじゃね? って事で薬草摘んで、おばばに作ってって頼んだら、店が空っぽになるから店番しろって言われてこうしてる」

「あっそう。それじゃあ父さんから伝言よ。ついさっき馬車が到着したけど出発は明日になるらしいわ」

「おー。ちゃんと来たんだ」


 予定通りっちゃ予定通りだけど、とは言えそのままとんぼ返りってのは難しい。これが車だったり電車だったりしたら出来るけどこの世界の陸の移動手段はほぼ徒歩か馬車。中には俺が作ったみたいな魔道具製のモンがあるのかもしんないけど、珍しいのは確かだ。

 なので、もう1回走るには馬の体力を考慮しないとなんないし、それを待って出発したらすぐ夜になる。だったら朝を待って村や町に泊まる方が安全の上では最善だから梃子でも動かんだろう。


「ちゃんと伝えたわよ」

「ありがとねー」


 要件はこれだけらしくアリアはあっさりと帰って行った。余計な事を言わんかったのは騒いでおばばに出て来られるのを嫌ったのかな? おばばを怖がる子供は俺以外いないといっていいほどだからね。

 何せ苦い薬を無理やり飲ませる人という認識が植え付けられてる。子供でそれを怖がるなっていうのは、中身がおっさんの俺以外は難しい。何せ苦い薬は飲み慣れてたからな。


「そろそろ大丈夫か」


 アリアから甘臭いと言われる事もなかったしもう大丈夫だろう。後は邪魔になる水球を土に染み込ませれば誰にも文句は言われない。

 後はご飯の時間になるまでぐーたらしておけばいいんだけど、椅子の具合が悪いな。ただ座るだけであれば十分だけど、ぐーたらという観点においては落第点。

 という訳で、外から土を引っ張って来てロッキングチェアを作って背中を預ける。


「うん……やっぱこれだね」


 ぐーたらするなら全身を脱力しないといかん訳よ。臭いは気になるけど勝手に消臭なんかして怒られるのは嫌なんでそこは我慢。

 しかしクッションが欲しいなー。確か近くの村で高いけど綿が買えるはずだったから、あぶく銭の金貨5枚で買おう。馬で1日かがりなら俺の土魔法なら数時間で行き来できるだろうから、ヴォルフが居なくなったらササっと行って買って来よう。これでまた俺のぐーたらライフが一歩前進だな。


「なんだい機嫌がよさそうじゃないか。何かあったのかい?」


 そんな事を考えてると奥からおばばがやって来た。


「ちょっとぐーたらライフの先行きの明るさを考えててね。それより終わったの?」

「そんな訳ないだろう。水の補充だよ」

「本当に結構使うんだね。そういえば前に魔力のある水じゃないと駄目って言ってたと思うけど、魔力って多い方がいいの?」


 ちょうど来たんで疑問に思ってた事を問いかけるとおばばの動きがピタッと止まる。


「多いに越した事はないよ。その言い方だと多くする事が出来るのかい?」

「さっきやってみたら出来た」

「じゃあこの水をやっとくれ。そうすればその分多くの薬を短時間で作る事が出来るからね」

「ふーん……じゃあやるよー」


 リクエスト通りいつも以上に魔力を込めると、水の色が少しだけ濃くなったように見えるんでおばばにも変化が分かるからか満足そうな笑みを浮かべる。こういう顔も怖いなぁ。


「やるじゃないか」

「魔力が濃いとどんな効果があるの?」

「単純に品質が良くなる。それと抽出する時間が短くなるんだよ」

「へー」


 想像通りの効果で一安心。これであれば予定数以上に傷薬が作れるのでお土産としても申し分ないだろう。


「じゃあ今回はこれ使って薬作ってよ」

「いいのかい? よく効くからってまた注文されても面倒見切れないよ」


 確かに目立ちすぎるのは良くない。ってなると真っ先に思いつくのはやっぱ効果を低くする方法だろう。そうすれば、一般的な奴と比べて……比べて……って、そういえばどんなもんなのかよく知らんぞ?


「おばばの作る傷薬ってどのくらい効果があるの?」

「そうさね。一応ここで作ってるのだと、骨が折れても数日で治るくらいの効果はあるけど他じゃあそうそう作れないだろうね」

「なんで?」

「腕前ってのもあるけど、一番の理由はいい魔力水がないからだろうさね」


 なるほど。よく分からんけど俺のおかげらしい。となるとやっぱ高品質の物は村の中で使うって事にしといた方がいいっぽいな。


「じゃあ水で薄めたりしておいてよ」

「やれやれ。本来であれば自分の作った物をよくないモノにするのは気が引けるんだけどね」

「頼むよー。あと何回かだったら魔力多めの水出すからさー」


 自分の作った物を意図的に劣化させるってのはやっぱり気に入らないらしく、おばばがしわくちゃの顔をより一層しわくちゃにして不満を口に出すけど、俺は俺でその辺は曲げられない。なのでぐーたらを犠牲にした妥協案をした。俺的にはかなりの譲歩と思ってもらいたい。


「……何回だい」

「……3「5だよ。見た感じ動いてないんだからそのくらいやりな」はい……」


 ちぃ……っ。確かに動く必要がないからぐーたらへの犠牲は最小限。そう考えよう。それに、高品質の傷薬があればいざって時に役に立つ。何せウルフを狩るようになったんだ。このままキノコ村一帯の土地改善が進めばウルフ以上の魔物がやって来るのは時間の問題だろう。

 そうなれば腕っぷし自慢の村人程度じゃあ怪我をするのは目に見えてる。

 怪我だけで済めばいいけど、もっと大きい怪我をする可能性も考慮すると効果の高い傷薬はあって困る物じゃない。

 そう思い込む事で正当化しよう。じゃないといちいちここまで来て魔力過多の水を作るのを5回もやるのはそこそ面倒臭い。


「じゃあ必要になったら使いを出すから、ちゃんと来るんだよ」

「ふえーい」


 ま。一応甕の淵ギリギリまで注いでおいたんだ。そうそうなくなることはないだろうし、そうそう魔力過多水を必要とする場面も来ないだろう。そう楽観して夕方まで店番を勤め上げた。

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