第123話
「お待ちしてましたリック君!」
ひと仕事終えてあえてプールに寄らずにまっすぐ家に帰ってきたはずなのに、そこには気合十分の伯爵娘と、ぜーはー言いながら横に立つおっさん。少女に及ばない虚弱体質ってどうなん? と思わんくもないけど、あの伯爵の娘だもんなーと考えると納得できる自分が居る。
「で? なんか用?」
「私の魔法の訓練を見学して問題点を教えて欲しいんです!」
「……メンドイ」
一瞬、ぐーたら出来そうだからいいかなーと思ったけど、1回ごとに意見を求められるだろう未来が瞬間的に脳裏をよぎったから断った。
「貴様……本来、貴族の指南役に選ばれることはとても栄誉あることだぞ」
「俺には関係ないよ」
確かに。普通の連中からすればそう言うのは嬉しい事なんだろうが、ここじゃあそんなもんは何の意味もない。第一、栄誉じゃ腹は膨れない。それにぐーたらも出来ないとなると、もはや俺にとってはただの害悪でしかない。
「どうしてもお願いできませんか!」
「そもそもロクに土壁も作れないくせに意見どうこうはないでしょ?」
「それが出来ないから意見を聞きたいんです!」
うぜぇ……。魔法に熱心なのは感心するけど、そもそもの目的を見失ってる。
「伯爵娘さぁ。目的見失ってるよな?」
「目的……ですか?」
「そう」
当初の目的は魔法の実力を上げるため――だったっけか? 興味ないんでぼんやりだけど、確かそんなだったはず。にもかかわらず、今は土壁を綺麗に作る事だけに熱中してる。どう考えても見失ってるでしょ。
「伯爵娘の目的は土壁を綺麗に作る事か?」
「……た、確かに違います! 詠唱を短くする事です!」
「じゃあ頑張って」
そのコツは既に教えて……るよね? 聞いてこないって事は教えてるって事なんだろう。これでようやく心置きなくぐーたら出来る。
そう思って土柱の上にあるベッドに行こうとしたんだが、話しかけないからここに居て時折勝手に意見を言って。と銀貨をくれたんで仕方なくその場で無魔法で浮かんでぐでーっとする。
……何故か2人にぎょっとした顔を向けられたけど、話しかけないって約束したからか何かをぐっとこらえるような感じで訓練を始めた。
「具体的に詠唱を捨てるとはどうすればいいのかしら⁉」
「学園でも詠唱の短縮を研究した過去がございますが、エルフ以外いまだかつて成功したという報告はされておりません……そこの小僧を除いては」
「簡単だけど時間かかるからねー」
単純に詠唱要ーらないって考えで魔法を使おうとすれば自然と短くなって、最終的には無詠唱になる。俺はそうやって無詠唱になったから、他の連中もそうやれば最終的になると思う。
とはいえ、そうなるまでにはいったいどのくらいの時間が必要なのかは誰にも分からん。
「時間がかかる……当然ですね! 何せ未だかつて誰も成功した事が無い事なのです! それを学べる良い機会と信じて、訓練するのみです!」
ふんすと鼻息荒く気合を入れた伯爵娘が無心に魔法を使い続ける。
その姿をボケーっと眺め、ふと自分も軽く魔法を使ってみて違いに気付いた。
俺の場合、体内の魔力を使いたい属性に変化させてそのまま出してるのに対して、伯爵娘やおっさんの場合は魔力を集め、詠唱で属性を徐々に変化させてから魔法になるって感じで、かなりテンポが悪い。
あれがこの世界の基本的な魔法なのかね。そうだとしたら本当に俺って結構な魔法使いっぽい自信が湧いて来るね。
ふむ……そうなると、詠唱を短くするためには魔力を視認出来る事が必須って事かな? そう考えるとフェルトが同じ事を出来る理由になるし、同じ種族の雑魚エルフが出来ない事に説明がつく。
後はこれが正しい事の証明をすれば、俺の名前はもしかしたら歴史の1ページに刻まれるだろうけど、そういうのは面倒以外の何物でもないし、王様の横に居た魔法使いに簡単石を渡してあるから、いずれ自力で発見するだろう。
「はふぅ……休憩です!」
開始から5分もしないうちに伯爵娘が魔力切れでへたり込む。貴族令嬢として地面に座り込むのってどうなん? と思わんくもないけど、魔力が切れると体から力が抜けるからな。ああなるのも仕方ない。
「魔力少ないなー」
「そう、ですか⁉」
「貴様が規格外なだけだ。ルルミリア様は同年代と比べれは長い時間魔法の訓練をなされるのだぞ」
「こんな短時間で長いとか……本気で言ってるの?」
「分かっていないな。ルルミリア様は魔力の回復する速度が同年代どころかこのベレットすら上回るほど優秀なのだ。故に1回の訓練が短くとも、積み重ねれば膨大な練習時間となる」
「へー」
それ以上は言わない。たとえ「それでこの程度って……教え方悪くね?」とか思ったとしても口には出さない。そうすればおっさんがギャーギャー喚いてぐーたらタイムが70点から40点に下がる。それはぐーたら道に反する。
しかし回復が早いか……どういう原理なんだろうとボケーっと眺めてると、確かに伯爵娘の減った魔力が回復してる。それもかなりの速度で。
どうなってんだ? 特に何か変な事をしてるようには見えないし、なんか変なモンを身に着けてる訳でもない……となると体質かな? テンプレだと魔力を過剰に取り込む代償に病弱なキャラが居たりするけど、それとは無縁っぽいし……。
「よし! それじゃあ再開します!」
「ちょっと待った」
「なんですか⁉」
「ちょっとぼーっとしてて」
「分かりました!」
俺に言われた通りぼーっとする伯爵娘を観察するも、どうやら一定量回復するとそれ以上はまったく魔力が回復しないみたいだ。本当に不思議な体質だなー。
昔だったら羨ましくも思ったけど、今の俺なら伯爵娘以上に魔力が回復するんで特異体質だなーって感じにしか思わない。
「もういいよー」
「はい!」
特に何も聞かずに魔法の訓練を再開する伯爵娘に対し、教育係? として気になるらしいおっさんがこっちに歩み寄って来る。
「なにか分かったのか?」
「んー? 過剰に取り込んだりするのかなーって観察しただけ」
過剰に取り込むような事にはならないんで、魔力酔い(あるかどうかは知らん)になる心配はなさそうだからサクッと会話を断ち切りたかったんだが、おっさんは目を見開いで滅茶苦茶驚いた顔をしてる。なんか変な事言ったかな?
「貴様……まさか魔力を感じる事が出来るのか⁉」
「そりゃ出来るけど、なんでそんな結論になるん?」
「エリシャ様も同じ事をおっしゃっていた。あのお方は魔力を感じ取る事が出来、ルルミリア様の魔力回復の速さに疑問を感じていたのだ」
「へー」
エリシャってのが誰か知らんけど、魔力を感じれるって事は相当な腕前なんだろう。けど、魔力が見えるほどじゃないみたいだ。
そんな俺の態度にどうやら何かを感じ取ったおっさんは、エリシャってのが王様の近くに居た簡単石を渡した奴だという事を教えてくれた。魔法使いが居たのは覚えてるけど名前までは覚えてなかったなー。
「どうやっている」
「知らん」
これに関しては本当にまったく知らんので、聞かれた所で答えようがない。いつの間にか感じ取れるようになり、見えるようになったんだから。
「隠してるんじゃないだろうな」
「隠してたとしてなにが悪いのかな?」
特許なんてないだろうこの世界において、情報はまさに命綱になりえる物。むざむざ無償で教えるような馬鹿な真似をする訳ないだろう? という意味も込めて鼻で笑ってやった。
「それだけの知識を広めれば富など思い通りだぞ!」
「興味ない。それより、これ以上話しかけるな」
今は大切なぐーたらタイム中だ。こっちから話しかけるのは良くてもあっちから話しかけてくるのは許容した覚えはないんで、無魔法でおっさんの首根っこを引っ掴んでぽーいと放り投げる。
「ぐ……っ⁉ 貴様!」
「ベレット! リック君の邪魔をしてはいけませんよ!」
「伯爵娘もああいってるぞ。ちゃんと主人の命は守らんとなー」
ニヤニヤとしながらそう言ってやると、おっさんは憎々しげにこっちを睨みつけながらも何もする事なく俺から距離を取った。
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