第124話
「ふあ……っ。まだ帰らんかぁ……」
朝目覚めて魔力を感じると本当に憂鬱になるな。
伯爵娘が来て今日で2日目か。これがあと何日続くんだろう。サミィが伯爵領まで馬車で7日とか言ってたっけ。伯爵『領』までって事は、そこからさらに何日かかけて伯爵が住んでる街がある。そう考えるとなと最低でも一週間以上あのデカ声と四六時中魔法の訓練の音が聞こえるのかぁ……マジで気がおかしくなりそうだ。
「……もう俺が帰すしかないな」
実は、真っ先にその方法が思い浮かんだが、そんな事をしたら日帰りで参加できるだろうなんておっさんに言われそうだから止めとこうと思ったが、こうもぐーたら道を邪魔されちゃあしまいには破門を言い渡されそうだからな。
うし。そうと決まればさっさとヴォルフに相談して送り返してやろう。
——————
「駄目に決まってるだろう」
朝飯が終わり、家中に氷を設置してから急ぎ足でヴォルフの居る執務室に顔を出して、こんな過酷な環境にいつまでも居させるのは悪いだろうから、俺が魔法で2人を帰してやりたいと相談したところ、カウンター気味にそう返された。
「なんでだよ!」
「嘘にしか聞こえんからだ。大方、2人が居るとぐーたら出来ないとかそんな理由だろう? お前の考えなどお見通しだ馬鹿者」
ちぃ……っ。やはりお見通しか。
「でも、俺のぐーたらを差し置いてでも帰した方がいいんじゃないの?」
氷魔法で一応快適になるように努力してるとはいえ、ここの熱期は滅茶苦茶しんどい。日本の夏どころか赤道直下の国レベルで暑く、それが半年近く続くとなるとのほほんと育ってそうな令嬢にはつらいと思うんだよねー。
「確かにそうかもしれんが、ここであの2人を帰してしまっては厄介払いをしたと伯爵に思われてしまう可能性がある。さすがにそれは避けたい」
「思うかなー?」
竹を割ったような性格をしてるっぽいあの声デカ伯爵がそんな事でへそを曲げるかな? って疑問が浮かぶけど、ここは日本とは違う常識で回ってる世界だからな。あんな貴族でも慣例に則って機嫌を悪くするのかな。
「思わなかろうが楽天的に物事を判断するわけにもいかん。なので迎えが来るまで我が家でもてなさなければならんのだ」
「……先触れもなくやって来たのに?」
「それでもだ」
やれやれ。ヴォルフの意志は固いみたいだ。だが、ヒエラルキーナンバー2だとしても対外的には当主だからな。その決定に従う他ない。
だが、相手側が帰りたいというのであればヴォルフも声デカ伯爵も文句は言えまい。さすがに暴力に訴えるような真似をすればブチ切れられて派兵されるかもしれないんでそれは止めておく。相手をするのが面倒臭そうだからな。
汝はもう免許皆伝也! とか言ったら喜んで帰ったりしてくれないかなー。無理だろうなー。あの実力じゃあリーダーのとこの魔法使いとどっこいどっこいかちょい下くらい。納得せんだろうなー。
だったらいっそのこと空の散歩だと騙して向かってくる馬車まで連行するか? しかし相手の馬車がどれか分からんしなー。ううむ……いったいどうすれば。
「はぁ……、その真剣さを少しでもぐーたら以外に向けてくれると父さんは嬉しいんだがな」
「そいつぁ無理な相談ってもんだよ父さん。それは父さんからお酒を無くすようなものだからね」
ぐーたらはこの世界で俺が生きる意味のすべてと言っても過言じゃないんだ。それ以外に意識を向けるなどぐーたら神への冒涜であり、ぐーたら道に反する行為だ。まぁ……時々別の事をする時もあるけど、そのすべてはぐーたらに通じている! 故に咎められる謂れなどない!
「そうか。それなら仕方ないな」
酒を引き合いに出されると簡単に引き下がるのが酒ジャンキーだ。これで余計な事を口にして飲酒の量が減らされでもしたらヴォルフからしたら死活問題だからな。ただでさえ王都での爆飲がエレナにバレて説教されてんだしね。
「そういう事。じゃあねー」
これは、あくまでぐーたらを邪魔する存在を排除するためであって決して労働ではない。あくまでぐーたら道を極めるための修行の一つ。若しくはぐーたら神を異教とみなす不心得者に神の裁きを与えねばならんのだよ!
——————
「うわぁ……相変わらずよくやるな」
家を出て魔力の動きがある方に行ってみると、やっぱり魔法の訓練に勤しんでる伯爵娘の姿があった。
「リック君! お話しは終わったんですか!」
「飽きもせずによく頑張るねぇ」
「もちろんです! 課題をこなす事は好きなので!」
「成果は伴ってないけどね」
相変わらず伯爵娘の土壁は不細工なまま。まぁ、1日2日で俺レベルの土壁が作れたら、そいつはあのクソ神から同じチートを貰った転生者かマジモンの神童だろう。
「迎えが来るまでに形にして見せます!」
「ふーん……」
暑苦しいくらいの気合に若干顔をしかめながら、今日も近くでぷかぷか浮かびながら伯爵娘の動向をボケーっと眺める。こうしないと四六時中ギャーギャー喚いて気が狂いそうになるから仕方なくこうしてる。
そうしてぐーたらを楽しんでる(これで満足など言えん)と、すすす……とおっさんが近寄って来た。
「貴様から見てルルミリア様の実力はどの程度だ?」
「ここ最近来る銅級の魔法使いと同じくらい?」
「銅級か……そいつは貴様の助言を受けているのか?」
「ここに来る魔法使い連中はね」
それには一切の例外はない。何せ単語だけで魔法を使い、無尽蔵ともいえるほど魔法を使いまくるのが5歳の幼児なんだ。その一端でも知れればより高みに行けるだろうと考えて聞いて来るから、同じように答える。詠唱をゴミだと思って訓練するか。簡単石を握るか。
それからどうなったのかは知らん。件の魔法使いは魔力がちょびっと増えたらしいけど、記憶力の悪い俺にはっぱり分からん。
「ふむ……では近頃、数人の魔法使いが驚くほど力をつけた話は貴様が関わっていそうだな」
「そうなんじゃない?」
正解だろうが不正解だろうが興味がない。教えたのはあくまでここまで食料を運んできてくれた礼みたいなもんだしね。どこでどう活躍しようがしまいが、俺にとっては既に終わった事だ。
「それをルルミリア様にはしてくれんのか?」
「……」
これは絶好のチャンスだ。簡単石を渡して魔力の増加に励めば、恐らくだけど魔力を感じるようになって、詠唱で魔力がぐにゃぐにゃ動く事に違和感を覚えてそっち方面の訓練に励むかもしれん。
そうでなくとも、簡単石を使えば強制的に黙らせる事が出来る。丁度いいじゃないか。なんで使わなかったんだろう。ぐーたらが足りないせいで思考がまともに動かなかったのかな?
「じゃあこれ貸してあげるよ」
「うん? なんだそれ――うぐっ⁉」
ポケットに入れてあったという体を装って亜空間から取り出した簡単石を手渡すと、おっさんは崩れるようにへたり込んだ。少しデカかったみたいなんですぐに取り上げる。
「な、何だその石は?」
「握ってるだけで魔力が増える簡単石」
「そんなもの聞いた事が無いぞ!」
「知らないだけじゃない?」
フェルトがエルフじゃ常識と言われるくらい使うだけに、あんま知られてないんだろうね。だから王宮から金貨20枚と新しい魔道具の本をふんだくれたんだろう。知識って大事。
「……よくそんな石を手にして平然としてられるな」
「それだけ魔力が多いって事でしょ。おっさんもやったら?」
そう言ってもう1個簡単石を取り出して見せると、少しぎょっとした顔をしたけど深いため息をつきながら結構だ。と拒否した。そんなだからぐーたら出来る魔法使いになれないのに……。
「あ、あのっ! 魔力が増えるって本当ですか!」
当然聞こえる距離でやってたんで、伯爵娘が食いついた。まぁ、食いつかせるためにわざわざ喋ってやったんだ。そうでなくちゃ困る。
「おう。俺は3年で村の生活を維持できるくらい多くなったぞ」
「1ついいでしょうか!」
「構わんとも」
とりあえず余りまくってるんで、俺のこぶし大の簡単石を投げ渡してみる。
「わぁ……本当に魔力が吸われますね。これなら……」
「ルルミリア様!」
なんか徐々に声が小さくなったから大丈夫か? とも思ったけどちゃんと寝てくれたようで一安心。これで馬車が来るまで大人しくしてるだろう。最初からこうすりゃよかったんだよまったく。ぐーたら力が足りな過ぎてアリア並の脳筋になってたのかもしれんな。
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