第122話

「いやー。酷い目に合った」


 ゴーレム魔石を使ったから多少は威力が強くなるだろうと思ってたけど、まさか5歳の身体を吹っ飛ばすほどの威力の水が吐き出されるとは思いもしなかったな。おかげで全身びしょ濡れだ。

 とりあえず、濡れた服でも十分滑るくらいの出力に調整し直して、今はガキ連中に遊ばせて様子をうかがってるけど、現状不具合はなさそうなんでこのまま完成としてよさそうだな。


「じゃ。夕飯までぐーたらするか」


 仕事と遊具制作で少々時間を浪費したから、満足のいくぐーたらを満喫できないがしないよりは万倍マシなのでやらないとう選択肢は存在せぬ!

 さて……本来であればハンモックで自分の氷で冷やした風魔法に揺られながらぐーたらするのが最高の贅沢なんだが、あの節穴騎士のせいでハンモックに使ってた網が斬られたせいで現在使用不能——とまでは行かないが、最高のぐーたらを謳歌する事は出来ない。

 なので、最短でも来月まで待たにゃいかん。


「なにやら賑やかだと思っていましたが、やはり君でしたか少年」


 ウキウキ気分で土板に乗り込み、さあ家まで帰ろうとしたところ、塀の上からグレッグの声が聞こえてきた。


「なんだよ」

「そう怪訝にしなくてもよいではありませんか」


 あからさまな態度に困り笑顔を向けられてもその態度を崩すつもりはない。


「で? なに?」

「そうでしたね。そろそろ塵芥に等しい愚図共にも実践に身を置いた集団戦闘訓練を施そうと思いまして。事前に頼んであったと思いますが、荷車の用意をお願いしますよ」

「大丈夫なの?」


 グレッグがいなかったこの数日、俺にはよく分からんが村の腕っぷし自慢連中の実力がとんでもなく下がってたとご立腹だったおかげでとんでもない訓練をしてたとうっすら記憶してる。

 そんな――グレッグ的に腰抜け状態でキノコの里周辺のウルフ討伐なんて出来るんだろうか。


「問題ありませんよ。それに、やはり訓練だけではあの愚図共のやる気が上がらぬでしょうからね。ここらでウルフの1匹でも狩らせて自信を持たせてやろうと思いましてね」

「ふーん。まぁ、こっちとしても新鮮な肉を回収してきてくれるのはありがたい事だからね。すぐに用意するよ」

「ではこちらに」


 やれやれ。折角ぐーたらしようと思ってたのに、本当にこの村は仕事が無くならないな。おかげで欠片もぐーたらが出来ない。

 さすがに我が領の事情に首を突っ込むのは越権行為だからな。伯爵娘とおっさんはプールの横で涼を得ながら魔法の訓練に励んでもらう事になった。


「で? 荷車を作るのはいいけどさ。準備は出来てんの?」


 遠征でないにしろ、ウルフの居るキノコの里までは結構距離がある。俺が同行するなら、速度にもよるけど片道1時間もあれば十分お釣りが来るけどそんな事を手伝うつもりなどさらさらない。

 なんで、徒歩だとどんだけかかるか知らんという事は、自ずと食料が必要になる。何度か往復した身からすると、本当に奥に向かえば向かうほど何にもないからな。


「問題ありませんよ。後は少年の荷車で最後ですので」


 にこやかな笑顔でそう告げる遠くの方で、自警団を兼任してる腕っぷし自慢の村人達が直立不動で立ってて、そのそばには小さいながらも麻袋が置かれてる。あれが食料なんだろう。

 そしてそこにはアリアの姿もある。


「アリア姉さんも行くの?」

「当然でしょう! 魔物退治よ魔物退治。それもいつものスライムとかじゃなくてウルフよウルフ。これは腕が鳴るわ!」

「ああそう」


 ちらっとグレッグに目を向けると、困ったような笑みを浮かべながら肩をすくめた。どうやらそれとなくか直接的か分かんないけど駄目だと言ったのは想像に難くない。

 にもかかわらずここに居るって事は、根負けしたって事なんだろう。その情熱をほんの少しでも勉強に向けられれば、脳筋にならずにまともな冒険者として活躍できるものを――


「痛った! なんだよ急に!」

「そのムカつく顔が気に入らないのよ」

「失礼な! この顔は生まれつきだ!」

「いや。今の人を馬鹿にしたような顔は少年が悪いですよ。それよりも荷車の用意をお願いしますよ。訓練の時間がありますのでね」

「へいへい」


 ここで言い争ってても仕方ない。無駄に時間を浪費するくらいなら、さっさとここから居なくなってもらった方が何倍もありがたい。

 それに、熱期の外での活動は想像を絶する。俺も魔法がロクに使えなかった時代はそりゃあもう苦労したさ。ロクに水のないこの地でこの灼熱。熱中症なんてしょっちゅうだったんで何度も死にかけた。

 まぁ、そのおかげで今がある。それをこの遠征で思い知るがいい!


「少年。何かを考える時は表情に出さないようにした方が良いですよ」


 おっといけないいけない。アリアは脳筋のくせに勘だけは鋭いからな。余計な事を考えないようにさっさと荷車作って村から出て行ってもらおう。


「……さて、こんなんでどう?」


 パパっとお手軽荷車を作ってみると、グレッグがすぐに村人連中に引かせる。一応それなりに軽くしたつもりだけど大きさが結構デカい。理由はもちろんウルフ肉確保のために取り付けたなんちゃってクーラーボックスだ。

 俺が知る限りだと、箱の中に真空を閉じ込めればいいって事だったはずなんで、さらにその内側に水を入れられる溝を追加。これなら水の冷気で帰って来るまでウルフ肉が保存できるようになる……はずだと信じたい。


「少年。さすがに大きすぎませんか?」

「そう? だってウルフ肉持って帰って来てくれるんでしょ?」


 せっかくの新鮮肉だ。無駄にする事なく消費したいし、逆にウチから干し肉を売ったりしたらちょっとした小遣い稼ぎくらいにはなりそうな気がするし、ここまで持って帰ってくれば氷室がるんで長期保存も可能だからな。


「まぁ、その通りなのですが、あくまで訓練なので数を狩るつもりはないのですよ」

「「ええー!」」


 グレッグの説明に俺だけじゃなくてアリアも驚きの声を上げる。どうやらアリアは思う存分ウルフ狩りが出来ると思ってたらしい。俺は新鮮肉が手に入らなくてビックリしてんだけどね。


「なのでこの箱の大きさを半分の半分程度に小さくしてもらいます」

「少なすぎない? 余っても氷室があるんだから保存がきくでしょ」

「十分ですよ。というか氷室がある時点で色々とおかしいのですが、これはあくまでも訓練であって、食料確保の為ではないですから」

「グレッグ。物事は常に最悪を想定するものだろう? もしその場にウルフが大量に居たらどうするのさ。一応あの場所は水場も兼ねてるから腐った肉のせいで村人が病気になられると困るんだけど?」


 前に行った時は少数だったけど、今回も少数である可能性なんてない。もちろんゼロの可能性も無きにしも非ずだけど、キノコ共の話からするとその可能性は低い。

 なので、向かった先には確実にウルフが居る。そしてその肉は村人の腹を満たすために使われ、余剰金を別の事に使えて、まわりまわってぐーたらライフに還元されるという訳だ。退く訳にはいかん。


「アリア姉さんも沢山のウルフを狩りたいでしょ?」

「当然よ! その為にたくさん訓練したんだもの」


 普段は脳筋の厄介者であるアリアだが、こういう時に限っては非常に心強い味方になる。こうやって焚き付ければいくらでも思い通りの言動をしてくれる。


「……はぁ。別に荷車を引くのはワタシではないので構いませんが、ウルフ肉が確保できなくとも文句をは受け付けませんよ?」

「うし。じゃあ交渉成立って事で」


 たとえグレッグが少ないと虚偽報告しようとも、アリアが居る限りそんな事にはならない。万が一少なければその不満が露骨に顔に出るような脳筋だからな。帰って来たその態度1つで収穫の代償がおおよそ把握できる。つまり勝ち戦なのだよ!


「じゃあいってらっしゃい」

「……とりあえず2日を目途に帰還する予定ですので、何かあったら――まぁ、少年が居れば恐らくは問題ないでしょう」


 確かに。一応始祖龍やハイエルフの猛攻を凌ぐくらい出来る事を考えると、ここで起きる厄介事なんてたかが知れてる。なので何の問題もない。あるとすれば――


「あん? なによ」

「……目的地でキノコ飼ってるから手ぇ出さないでね」


 ウルフが居ないからってキノコに手を出されると儲けが減るし、何より自動的に環境を整えてくれてるこの領地にとって非常にありがたい存在だ。水があれば文句言わんし、柵を造ったら大喜びだったなー。費用対効果がえげつないぜ。

 これを侵略されるのはさすがに看過できない。一応頑丈に作ってあるけど、万が一破壊されないとも限らない。釘を刺して置かんと何をするか分からんからな。


「今更キノコ相手に勝ち誇るほど馬鹿じゃないわよ」


 そう言いながら俺の頭を殴ったアリアには天罰が落ちればいいと思う。まぁ、あのクソ神には無理か。役立たずだもんなー。

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