第121話

「さて……仕事するか」


 節穴騎士も無事居なくなり、朝飯が終わった以上、昼までぐーたらしたいのはやまやまだけど、俺にはやる事が目白押しなんで、動きたくなくとも動かなきゃいけない。渋々土板を村に向けて動か――


「あ、あのっ!」

「……なに?」


 いやいや振り返るとそこには伯爵娘とおっさんが居た。相変わらず声がデケェ。機嫌が悪けりゃついうっかりで黄泉の世界にご招待しそうになっちまうくらいには本当に癪に障る。


「貴様……伯爵の令嬢であるルルミリア様を相手に男爵の次男風情がよくそのような顔をできるな。もはや怒りを通り越して感心するぞ」

「じゃあおっさんはうるさいと思わないのか?」


 距離があったり心構えが出来てりゃまだ何とかなるが、背後からいきなりデカ声で話しかけられると非常にストレス値が急上昇するのをこいつは分からないのか? という意味で問いかけたら、そっと視線をズラした。


「……その問いに対しての発言は控えさせてもらう」

「ふーん。まぁ、雇用されてちゃ言えんわな」


 おっさんの反応に、伯爵娘はよく分かってないみたいで不思議そうに首をかしげてたんで、ここはあえて言及はしないでおこう。それでクビにでもなって逆恨みされたら面倒臭いからな。


「で? なんか用?」

「魔法使ってるところを見学したいです!」

「いや、練習しろよ」

「魔力が枯渇しそうなので休憩です! そのついでに魔法見せてもらえませんか!」

「いいのか? おっさん」

「構わんだろう。学園でも教師の魔法を見学するのはよくある事だからな」

「……見て勉強になるのか?」


 魔力が見えれば勉強になるのかもしんないけど、この2人は確実に見えてないからな。見学したところで何か学びがあるとは到底思えんのは俺だけだろうか。

 そんな疑問を口に出そうかどうか考えてる所に、遠くからこっちに向かって駆け寄って来るチビ集団の姿がある。


「おーい。リックー」


 正体はずぶ濡れのリンとシグの他に数人のガキ連中。それが駆け寄って来る。濡れるの嫌なんであんま近づかんで欲しいね。


「どしたー? また水空っぽにしたか?」

「違ぇよ。なんか他の遊びがないか聞きに来たけど……だれ?」


 ここでようやく2人に気付いたみたいで、露骨に怪しい奴を見る目を向けられた伯爵娘は苦笑いを。おっさんは眉間にしわを寄せる。


「えらーい伯爵の娘とその御付きだ」

「「「へー」」」


 まぁ、実際に偉いと言われた所で一般市民——特にこんな辺境で貴族も平民もないような生活をしてるから特に驚いてる様子はない。こういうのを見てると、なんとなーくだけどイタズラしてやりたい悪い考えがむくむくと顔を出す。


「なーなー。貴族って事は魔法使えんのかー?」

「おい貴様等——」

「勿論使えます! といっても、リック君ほどじゃないけど!」


 ガキ連中の態度が気に入らなかったおっさんが文句を言おうとしたが、割って入るように伯爵娘が回答する。そうなると、主人の会話を邪魔したって事になるようで苦々しくも口を閉じた。


「見せてー」

「えと……いいんですか!」

「土ならいいんじゃね?」


 伯爵娘の得意魔法は火と土。火は危ないんで選択肢は自然と土だけに絞られるし、俺もしょっちゅう土魔法を使ってるから余計にビビったりしないから安心安全に使いまくって問題なし。


「では……」


 ふんすと気合を入れてからうんたらかんたらと詠唱を始めると、ガキ連中は俺の単語詠唱に慣れきってるせいか、伯爵娘の行動に不思議そうに首を傾げた。


「なぁリック。なんかこの貴族さま言い始めたぞ?」

「それは詠唱ってやつだ」

「リックと違って長くね?」

「これが普通らしいぞ? なぁ」


 同意を求める意味でおっさんに話を振ると、眉間にしわを寄せて俺を睨むようにしながらも頷いた。


「土壁!」


 なーんてやってる間にようやく詠唱が終わり、土壁がにょきっとせり上がったけど、相変わらず本当に土を盛り上げただけって感じの無様で弱そうな盛り土と言った方がしっくりくる物が出来上がった。


「なんかリックのと違って小さいな」

「それにやわらかーい」

「すなばだー」


 わっと群がってそんな評価を下すガキ連中の言葉がぐっさぐさ突き刺さってるみたいで、1分もしないうちにがっくりとうなだれる。まぁ、俺の魔法しか知らんとそう言われても仕方ないよね。


「る、ルルミリア様……」

「しゃーない。子供ってのは正直な生き物だからな。で? なんだっけ? 勉強会だっけ?」

「違ぇよ! 水場での新しい遊びがないかだよ!」

「あぁそうだったそうだった。しかし……新しい遊びねぇ……」


 パッと思いつくのはウォータースライダーかな? あれならば形を変えればある程度誤魔化す事が出来そうだけど、プールの大きさを考えると大それたモンは作れないし、作ったとしても上り下りが面倒になりそうですぐに飽きられそうな気がする。


「教えてー」

「てー」

「泳いでるだけじゃ駄目なんか?」

「「「駄目」」」


 どうやら、プールで遊ぶことで涼を得る事は出来てるみたいだけど、地上と違ってかけっこだったり鬼ごっこだったりなんて遊びをやっても狭いから面白くも何ともないらしく、何かいい遊びがないかみんなで考えた結果、それを作った俺なら何か知ってるだろとこうして押しかけて来たらしい。


「作れって言われてもなー」


 まぁ、あてがない訳じゃない。おっさんでもガキの頃はあったし、何よりテレビを見てりゃそういった施設のCMなんて結構流れてたし、バラエティでそういうのの紹介VTRなんて飽きるほど見てきたからな。


「とりあえず畑仕事とかあるから後でな」

「えーっ! 今すぐやれよー」

「うるせぇ。こちとら忙しいんだよ。お前等も遊んでないで畑仕事手伝ったり氷室の様子見に行ったりしろ」


 この世界は五体満足であれば子供でもこき使うのが世の常識なんで、こき使ったところで労働基準法の違反にはならない。そんな法律もなさそうだしね。


「仕事終わったらちゃんと作れよ!」

「わかったわかった。いいかさっさと行け」


 しっしっと手でガキ連中を追い払おうとしたんだが、わらわらと人の土板に乗っかって来やがった。


「おい。自分で歩けよ」

「いいじゃねぇか。どうせ行き先は同じなんだから」

「そうだよー」

「のせてー」

「ごめ……」


 やれやれ。可愛いシグに免じて許してやるか。乗りねぇ乗りねぇ。


 ——————


「さて……どうすっかね」


 仕事もパパっと終わり、昼までのんびりぐーたらしようかと思ってたってのに、ガキ連中の文句を受けて遊具を作る羽目になってしまった。


「なーリック。何作んだ?」

「とりあえず滑り台だな」

「滑り台なら公園にあるじゃねぇか。別なのがいいんだけど?」

「そーだそーだ」

「だー」

「文句は出来てから言え」


 まず手始めに土台となる滑り台をぱぱっと建築。ちゃんと水に濡れても溶けないように表面を石でコーティングして一応完成。今回のは螺旋式滑り台なので、公園のよりはダイナミックな感じだ。


「凄いです! こんな複雑な物をこんなにあっさり作ってしまうだなんて!」

「なんかぐるっとしてるじゃん!」

「ぐるぐるー」

「あそんでいいのー?」

「いいぞー」


 俺の合図でガキ連中が一気に群がるが、リンはこういう時にちゃんとリーダーシップを発揮して一番年下から遊ばせる程度の分別はある。こういう所は若干だけどアリアより脳筋具合が低いと感じる部分だ。


「わー……りっくー。すべらなーい」

「だめかー」


 一応滑りやすくしたけど、やっぱ濡れてると摩擦が強くなる分思うようにいかない。これが水着みたいな生地だったり、滑り台がより滑りやすい材質だったら問題なかったけど、この世界のソレを期待するのは酷ってもんよ。


「しゃーない。もうちょい待て」


 こうなったら、当初の予定通りこれを魔道具化するしかない訳で、念の為にと持って来ててよかった魔道インクと魔石ー。


「それはなんですか!」

「魔道インクと魔石。これでこの滑り台を魔道具にする」

「魔道具が作れるんですか!」

「なぜ作り方を知っている? あれは学園に籍を置かねば知識を得る事すらできんはずだぞ?」

「それを聞くのは踏み込みすぎだよおっさん」


 正確には、ハイエルフが育てた薬草とドワーフが制作した調理器具がもたらす利益のおかげだけど、こういうのはこの領地の――というか俺の秘密だからな。家族にも言わん事をよそ者の奴に教える訳がない。

 という訳で、早速滑り台の最上段に降りて足場に魔法陣を刻み込んで、魔道インクを流し込んで蓋をして魔石を設置すればあっという間に完成。


「ほいじゃあ試運転だ」


 ゴーレムの魔石を置いて起動! すると同時にすごい勢いで水が噴き出して土板から吹き飛ばされてそのままプールに墜落した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る