第120話
「……朝か」
いつも通り――って訳じゃないけど朝は毎日やって来る。今日も今日とて少しだけ強い風が吹く地上150メートルで目を覚ます。
ベッドから這い出て下を見ると、今日も今日とてアリアとヴォルフは訓練してるし、伯爵娘とおっさんは土壁を作ってるが、節穴騎士の姿はない。でも魔力は感じるんで王都に帰った訳じゃなさそうだ。
何をそんなにためらう必要があるのかねー。お金が無いなら土下座しろとは言ったけど、腰に下がってる剣や着こんだ鎧なんかを担保としてお茶を濁すって事は考えつかんのかな?
「相変わらず勤勉だよねー」
訓練が大事なのは分かるけどさー。だからって毎日毎日ああやって動くのは俺の性には欠片も合わん。日がな1日ベッドでぐーたらしてるのが理想の生活なんだけど、そんな生活をくれるのは5年後か10年後か。一応10年後は成人なんで強制的にぐーたらライフを送る予定ではある。
「さて……そろそろ降りますかね」
希望はいつまでもこうしてぐーたらしてたいけど、今の俺は育てられてる存在だからね。朝ご飯をちゃんと食べないとエレナに生きてる事を後悔するレベルで怒られるからな。
「よ……っと」
ぴょーんと飛び降り、良きところで無魔法で落下を止めて地面に降り立つ。
「え? なに?」
大きく伸びをし、さて朝食の手伝いにでも行こうかとしたら、いつの間にかアリアが俺のすぐそばに居てちょっとビックリ。
「……なんでもないわよ」
「? そう……それならいいけど」
なんだったんだろう。てっきり謂れのない暴力を受けるもんだとばっかり思ってたけど、なにもされる事なくヴォルフの方に行っちゃった……本当に何だったんだろうか謎だ。
「まぁ、いいか」
考えても答えが出なそうだからこの件はこれでおしまい。どうせビックリさせようとか考えてたんだろうって事にしとこう。
「おはよー」
「おはようリック」
いつも通り家にいるサミィに挨拶をすると、苦笑いが返って来た。
「どったの? なんか表情が硬いんだけど」
「いや……君が地面に激突するんじゃないかという光景を目の当たりにしたからね。何かあったんじゃないかと肝が冷えたんだ」
「あれは別にそこまで危険じゃないよ」
傍から見たら飛び降り自殺みたく見えたかもしんないけど、俺からすれば十分な安全マージンを取ってる。何せ今世はぐーたらするのに必要な要素が環境という点を除けば十二分に揃ってるから、そうそう死ぬつもりはねぇ!
「君はそうかもしれんが、見てる側は気が気じゃなかったさ。事実、アリアは君を助けようと随分と急いだみたいだったからね?」
「……あぁ。あれはそういう事だったんだ」
気が付いたらかなりの至近距離に居たのは、まかり間違って寝ぼけて落下したと勘違いして、受け止めようと駆けてきてたのか。そう考えると恐ろしい脚力だな。
「でも父さんは動かなかったよ?」
アリアは結構な至近距離に居たけど、ヴォルフはこっちを見てたけど上から見た場所から動いてなかったように感じた。
「それは経験の差だろうね。きっと父さんは君があの程度じゃ死なないと思っていたんだろう。そうして事実、君は何食わぬ顔で着地したわけだ」
「まぁ、こんな若さで死にたくないからね」
誰が好き好んでぐーたらライフをおくれる環境を手放さなきゃいかんのだ。俺はいきれる限界までぐーたらする。それが俺に課せられた天命なのだからな。
「だから動かなかったんだろうと思うよ。母さんも慌てた様子はなかったしね」
「やっぱり年を重ねてるだけあるねー。という訳で手伝いに行くねー」
「ああ。出来れば今度からはああいった事はしないでくれると助かるよ」
「えーっと……覚えてたらね」
俺としては覚えているほどの危険じゃない。あれが危険だって言うなら、始祖龍とのやり取りはどうなるんだろうね。
——————
「さて……」
朝飯も食い終わり、家中に氷を設置してさぁて村にでも行こうかと玄関を出たところに節穴騎士が立ってた。
その表情は少し悪い。目もどことなく虚ろだし、何より魔力が澱んでるところを見ると相当に参ってるみたいだな。たかが頭を下げるくらいでそんなに思い悩まんでも良かろうに……現代人からすると理解の外だ。
「ちょっと邪魔よ」
「痛っ!」
内心やれやれと思ってぼーっとしてると、少し足を止めたせいで後ろからアリアの前蹴りが背中にクリーンヒット。転びそうになるのを魔法でカバー。その勢いのまま土板に涅槃像スタイルで乗り込む。
「危ないんだけど!」
「アタシが来てるのに足を止めるアンタが悪いのよ。それに、別に怪我するほどの強さで蹴ってないし無事だったんだから文句言うんじゃないわよ」
酷い言い草だ。これで俺を助けようとあんな間近まで迫ってたなんてサミィの頭にはお花畑があるらしい。まかり間違ってもそんなことある訳ねぇ。
「なによ」
「別に」
文句を言ったところで通じるような相手じゃないからな。こういうのはさっさと終わらせるに限る。
す……っと玄関前から離れるとアリアに続いて伯爵娘やおっさんも出てきて、ちらっと節穴騎士の方に目を向けるけど、その雰囲気に当てられてか何も言わずに離れていく。
「で? どうすんのさ」
こっちとしてはどっちだろうと関係ない。土下座をすれば追加料金が手に入るが、しなければ通常通り金貨5枚。どっちにしたってあぶく銭だし、使い道はこの村をぐーたらライフを送るためにより良い物にするために使われるから、出来りゃさっさと土下座して帰って欲しい。
土板の上でぐでーっとしたまま問いかけても節穴騎士からの反応はない。聞こえてない訳ない距離なんだだから、無視されるのは気に入らないねぇ。
「聞いてんの?」
「聞いている。心の整理をつけるまで待て!」
「お? という事は土下座する気になった?」
「……いや、人間ごときに頭を下げるなど許されん事だ」
「じゃあどうすんの?」
もしかして実力行使でもするつもりか? 一応ある程度は魔法の実力を示したつもりなんだけど、勝てる見込みがあると思われるのは心外だなーと内心ちょっとイラっとすると、節穴騎士は腰に下げてた剣を突き出す。
「ここに我が家に代々伝わる宝剣がある。値をつけるのであれば金貨30枚はくだらんだろう」
「……確かにね」
どうやら風の精霊の祝福を受けているらしいその剣は、本当に金貨30枚以上の価値はあるらしい。そして、俺を騙そうとするような馬鹿な考えを実行に移したわけじゃないようで一安心だ。
「当然のように鑑定魔法も使えるか。まぁいい。これを担保として貴様に預ける。いいか! 預けるだけだ。これを代償にぬいぐるみを渡してもらおう」
「いいよ」
「随分と簡単に受け入れるのだな」
「まぁね。いつまでも居座られると邪魔だしね」
1番望んでたのはもちろん土下座だけど、それを延々と待つのは正直面倒臭い。さっさと終わるのなら剣を預かる方がよっぽど楽だろう。亜空間に入れておけば無くす心配も忘れる心配もないからね……多分。
「ってかそこまで土下座するの嫌かよ」
「当然だ。劣等種族の人間ごときに頭を下げるなど死んでも断る」
「ハーフなのに?」
「……それでもだ」
よく分からんプライドがあるらしい。
だったらなんで人の王に仕えてんだよとの疑問を投げかけてみたかったけど、そんな事をすると長くなりそうなんで止めよう。
とりあえず剣は受け取ったんで、1回自室に戻って亜空間から取り出したぬいぐるみを手に戻ると、馬に跨ってて帰る気満々って感じだ。
「用意がいいね」
「当然だろう。これ以上姫様を待たせる訳にはいかん」
「そう思うんだったら、今度からはお前よりましな奴を寄越すんだな」
毎月毎月役立たずを使者として送り付けられるとその意趣返しとして王都の近くにクレーターでも造ってやりたくなるからな。
「何を言うか。近衛以上に王家の命をこなせる人材などそうそう居るはずが無い」
「ぬいぐるみにケチつけて家宝の剣を手放す事になったクセによくそんな事を自信満々に口に出来るね。そんな失敗をしといて近衛だと自信満々に答えて恥ずかしくない訳~?」
神経逆撫でダンスを踊りながらも挑発すると、悔しそうに歯ぎしりをしながら腰に手を伸ばすけど、当然そこには何もない。
「次に会う時は覚えているがいい」
「覚えてたらねー」
……はぁ。ようやくいなくなったか。これで残ってるのは伯爵娘とおっさん。こっちもさっさと帰って欲しいもんだよ全く。
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