第119話
「うし。ほいじゃあぬいぐるみ作りに着手しますか」
「ようやくか……」
「理解しがたい度胸だな。近衛を待たせるなど命知らずにもほどがあるぞ」
昼ご飯を食い終わり、1時間ほどぐーたらしてる間中ずっと節穴騎士が睨みつけてきてたし、伯爵娘の訓練を見守るおっさんもブチブチ苦言を呈してきたんで仕方なくやる事になった。
「えーっと……何作るんだったっけ?」
「ランドドラゴンだ! 魔法使いのくせにその記憶力の無さはおかしいだろ」
「魔法使いと記憶力って関係あんの?」
「当然だろう。魔法使いの実力を測る1つが記憶力だと言われているのだぞ」
「なんで?」
「詠唱を覚えてないと使えないじゃないですかー!」
「……あー」
そっか。ぐーたら力が足りないこの世界の魔法使い達はあの厨二っぽい詠唱をしなくちゃ魔法が使えないんだったな。
俺の場合は表向き単語で済ませてるから記憶力はほとんど関係ない。さすがにこれまで言葉に出来ないようじゃ記憶力が悪いって言うよりはもはや病気だからね。そうなったらおばばに相談しよう。
「まぁ、俺には関係ないし」
「確かにな。悔しいが貴様には必要のない事だ」
「正直羨ましいです!」
「ルルミリア様いけません。いくら魔法の腕が上がる可能性があろうとも、人の名前も覚えられないような貴族になられるのは伯爵様もお望みではありません!」
酷い言い草だ。俺だって何もかもを覚えてない訳じゃない。記憶しとかなきゃいけない事はちゃんと記憶してる。覚えないのはその必要性がないと判断したからなんだけどな。
「俺も一応貴族なんだけど?」
「いつまで無駄話をするつもりだ! とっとと作れ!」
「そーだったそーだった。じゃあ始めますかね」
魔法で箱を開けて布と綿の品質を確認するけど、やっぱり色がまだらだし手触りも良くない。どうも近くにある街の職人は腕が悪いらしい。それとも、そんな3流品くらいしかこんな辺境には回ってこないのかね?
とはいえ、ランドドラゴンの質感的にはこっちボロっちい方が忠実度が高いんでこのまま使うとするか。
まずは前回無駄になった綿を使った糸を土魔法で作った針に通してスイスイ縫い進める。
「も、もしかして魔法で作るんですか!」
「手でやるより早いからねー」
「チッ! そんな事まで出来るのか貴様は」
「恐ろしくなるほど繊細な魔力操作を当然のように行うのだな」
「これもぐーたら道を歩んでる成果だね」
一応ルッツから針と糸を何度か購入したことはある。何せ貧乏だからウチの服は総じてボロい。買えるのは中古品オンリー。その中でもパーティーなんかで着る一張羅なんかは比較的マシな部類だけど、普段着は適度に修繕が必要なくらいにはそこそこボロい。
昔は、エレナが夜なべはしなかったが結構チクチクやってる姿を見たが、魔法で代用できるようになってからもっぱら俺の仕事だ。まぁ、適度に稼げるようになった今じゃあ呼び出される頻度は極端に少ないがね。
それでも、一度覚えた技術はあんまり衰えないままこうして金稼ぎに使えるんだから、世の中ってのは何が起こるか分からん。
もちろん労働をするという事はぐーたら力が減るという事なのであんまやりたくないんだよなーと内心愚痴をこぼす。
「あ、あの……見学してていいですか!」
「んな事より土壁出してたら?」
チラッと出来上がった物を見ると、俺の真似をしてレンガ壁を作ろうとしてるっぽいけど、結果は見るも無残。うっすらと線が見えるけど、レンガか? と聞かれたら間違いなくNOと言えるレベルで違う。
なので、裁縫を見学するよりは少しでも魔法を使いまくって魔力操作に慣れる方がグーたらライフの近道になると思うんだが、伯爵娘は「見てる方が勉強になると思います!」と言ってきたんで好きにすればと返す。
おっさんは不機嫌そうにしてたけど口は挟まんかった。
「あれ? そういえば実物に近い方がいいんだっけ?」
「女子受けするような感じでいいといったと記憶している」
「分かったー」
じゃあ全体的にずんぐりむっくりな感じにして、しゃくれた顎も鋭い牙も丸みをつけて、そんなこんなやって夕方くらいになってガワが完成。後はそこに綿を詰めて、最後に別で作っておいた岩を適当に縫い付ければランドドラゴンのぬいぐるみの完成だ。
「いい感じじゃない?」
前に作ったのと比べると当たり前だが質は良くない。とはいえこれ以上を求めるのは俺の役目じゃない。節穴騎士がこれでいいと判断したんだから俺はこれ以上は何もできないしするつもりもない。
「うわー! 可愛いですねー!」
「むぅ……。いささか肌触りが気になるな」
「そっちは俺の管轄外だから知らん。それよりも前の分と合わせて金貨10枚をさっさと払え」
「ええっ⁉ それってそんなにするんですか!」
「いくらなんでも暴利ではないか? 服だとしてもそこまでかからんぞ?」
「文句があるなら王女殿下に言いな。言い値で納得したのはあっちだ」
2人の疑問に上の人間を出して黙らせる。この世界の一般常識がちゃんと頭に入ってる連中からすると、そんな真似できるか! となるだろうからな。
事実、2人はピタッと動きを止めて明後日の方を向いた。それだけ王家に意見するのは憚られるんだろう。俺はするけどね。
「これだ」
節穴騎士は渋々と言った様子で革袋を投げてきたんで魔法でキャッチ。中を確認してみると金貨2枚しかなかったんでその額に石礫を見舞う。
「ふぎゃっ⁉」
「おいコラ。金が足んねぇぞ」
「いつつ……無茶を言うな! 布と綿を購入したんだぞ! 金貨10枚など持ち合わせている訳がないだろう!」
「じゃあこいつは渡せねぇな」
約束の金は金貨10枚。それが支払えない以上はぬいぐるみはこっちのモンだ。
「ふざけるな! それらの材料は国庫から出ているのだぞ!」
「じゃあ材料に戻すか?」
縫うよりバラす方が簡単であっという間に終わる。止めようにも俺と節穴騎士とじゃあ魔法使用のタイムに比較するのもおこがましいくらいの差があるので、手出しできまい。
「近衛相手にとんでもない事をするな貴様は」
「だ、大丈夫なんですか!」
「大丈夫だからやってんの。で? どうすんのさ」
「むぐぐ……持ち合わせはそれで全部だ。それ以上の支払いとなると次の機会でなければ不可能だ」
「じゃあ……やる事やってもらうとすっか」
「な、何をさせる気だ?」
なぜ胸を隠したりする動作をするのか理解しがたい。
こちとら中身はおっさんだけど外見は5歳児だぞ? そんないたいけな幼児が、金が払えないならお前の殻で払ってもらおうかグヘヘ……なんていう訳ないだろうが。だからそこの伯爵娘もおっさんも汚物を見るような目を止めい!
「土下座って知ってるか?」
「知ってはいるが……まさか、それをやれというのか!」
「当然。それをやりゃあ来月まで待ってやるよ」
俺の目的はシンプルイズベスト。謝罪だ。
それにしても、土下座の文化があるって思わんかった。
「貴様……近衛を相手にそんな事を言えるのは王家くらいだぞ?」
「ふ、ふざけるな! 王家に使える近衛騎士が、戦争でたまたま武功を上げて貴族になった成り上がりにそこまでしてたまるか!」
「じゃあ王都に帰ってお金をもってまた来な」
俺個人としては、王家と喧嘩するなら上等だと言って隕石を落とせる人間なんで、これ以上譲歩するつもりは微塵もないが、この節穴騎士はどうなんだろうね。
王都に帰れば確実にその報せは王宮に行く可能性がある。何せ王家の命でこんな辺境くんだりまで来てんだからね。
それなのに、一向に王宮に来ないとなると当然怪しまれる。ここで素直に失敗しちゃったから金貨10枚の追加を頂戴♪ とか言えれば楽なんだろうが、難しいんだろうね。
さすがにこのくらいで国家に反意アリとか疑われることはないだろうけど、信用は間違いなく落ちるだろうね。もしかしたら近衛騎士を辞めさせられるのかな? そうなったとしても俺には関係のない話。想像力が足りん節穴騎士が悪い。
という訳で、そろそろ晩飯の時間なんでいつも通り土板に乗って家に帰る事に。そしてちゃっかり伯爵娘も同乗してる。おっさんは怖いのか乗らんかった。
「い、いいんですか!」
「構わんだろ。事実、俺はどうだっていいからね」
土下座をするかしないかで人生が変わる――のかな? とりあえずこの話はいったんおしまい。夕飯を食ってぐーたらして寝るのみだ。
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