第118話

「ふあ……っ。うん。良く寝た」


 目を覚ますと辺りは明るいし、周囲もあんまり騒がしくない。おかげで久しぶりに快眠できたような気がする。やはり安眠に静寂は必須だね。

 まぁ、だからといって朝ご飯を食べ逃すなんて愚は侵さないんだけどね。するするりと土柱を降りるとアリアとヴォルフが訓練している傍で土壁を作ってる伯爵娘とそれを見守るおっさんがいた。


「おはようございます!」

「……朝から元気だね」


 仮面をしてないから、馬鹿デカい声が朝のまどろみを吹っ飛ばしてくれる。望んでなかったんだけどね。


「はい! 今日も詠唱を短くするために頑張ってます!」

「そーかそーか。頑張ってね」


 適当な応援に伯爵娘は相変わらずの馬鹿デカ声で返答してくれるのに対し、おっさんはジトっとした目を向けてくる。


「なに? おっさんも暇なら魔法の訓練ぐらいしたら?」

「おっさんではないと言ってるだろう! そんな事より、ルルミリア様に一体何をした。昨日の夕方頃から土魔法でご自身の顔を覆うという危険極まりない事をしているのだ!」

「あー。それなら俺だわ。けど駄目なんか?」


 馬鹿デカい声を小さくするための方法の1つとして頭を土で覆うという提案をした記憶は昨日の今日なんでさすがに残ってるけど危険ってのがよく分からんな。


「駄目に決まっているだろう! 昨日はそのせいで、ルルミリア様は一度ご自分の魔法で頭を潰しかけたのだぞ!」

「えー? なんで魔法操作が下手なクセにそんな事をしたの?」


 土壁を作る工程を見るだけでも、伯爵娘の優秀(笑)の程度の低さがよく分かる。そんな実力でよくもまぁあの仮面を自分で作ろうとしたな。命知らずというかなんというか。アホだな。


「や、やっぱり駄目でしたか!」

「駄目だねー。土壁もろくに作れないのに仮面は難度が高いよ」

「何を言うか。このくらいの物が作れれば十分だろう」


 俺から見れば及第点を遥かに下回る土壁でも、おっさん達から見たら合格点らしい。こういう見解の違いを説明するのは面倒なんで、実物で示す。


「このくらいじゃないとねー」

「「……」」


 黙るほどか? 伯爵娘の作った土壁と同じくらいのサイズの物に、ちょっとレンガっぽくしただけなんだがね。

 このくらいできるようになれば、俺の感覚だと仮面を作っても自分を窒息させるような事にはならんと思ってる。


「せいぜい頑張ってねー」


 朝から余計な魔法を使うと腹が減る。という訳で、少しの距離だけど普通に土板に乗って玄関までやってきて、足を引きずるようにリビングに。


「今日は随分と疲れてようだけど、何かあったのかい?」

「伯爵娘に魔法を使わされた」

「魔法ならいつも使ってるじゃないか。今日も頼みたいくらいだ」

「そっちは利害が一致してるからいいの」


 今日も今日とて家中に氷魔法を設置する。今じゃあこれがないと熱期をとても乗り切れないからね。ぐーたらにおいて環境整備は重要。これを怠るようではぐーたら道の門戸は開けんだろう。

 って訳で家中に氷を設置してからリビングに戻ってみると、エレナの姿が追加されてた。


「あらー。今日はちょっと遅かったのねー」

「ルルミリアさんに魔法を使わされたらしいですよ」

「珍しいわねー。リックちゃんがそんな事をするなんてー。好きなのかしらー?」

「あ。そういう面倒なのは全部ゲイツ兄さんに押し付けるつもりなんで大丈夫。それよりもご飯食べたい」


 現状、そういった事に全く持って興味はない。何せ中身がおっさんだからな。幼女と言って差し支えない相手に興奮するような性癖じゃないし、そもそも5歳だからな。今は亡者の様にぐーたらのみを追い求める! 食欲は人並み。性欲は……適齢期にならんと分からん!


「じゃあすぐに持ってくるから、リックちゃんはみんなを呼んで来て頂戴ー」

「はーい」


 とりあえず今は飯。さっさと全員呼んでパパっと食って仕事を終わらせてぐーたらしたいからさっさと裏庭に行くと、相変わらずアリアとヴォルフはガンガンギンギン訓練してるし、伯爵娘とおっさんは魔力を使いすぎてバテたっぽいのとそれを看病してた。


「うおーい。ご飯できたよー」


 そう声をかけると、今まで受け一辺倒だったヴォルフがアリアを吹っ飛ばす。


「そうか。じゃあここまでだ」


 ヴォルフが剣を収めれば、アリアは悔しそうな渋面をしながら「ありがとうございました」とちゃんと礼をする。毎回こうなら俺もいちいち魔法を使って止める必要もないんだけどねー。


「リック」

「はいはい」


 いつも通り水魔法でアリアを洗ってやると妙な視線を感じて振り返ると、おっさんがこっちを見てるじゃないか。


「なに?」

「……このベレットですら困難な事を随分と事無げにするではないか」

「毎日やってりゃ自ずと技術は身につくんじゃね?」


 俺は神からチートを貰ってるから無詠唱なんかが出来るんだろうけど、才能が無かろうと、一定レベルの技術は身につくと思う。

 まぁ、あくまでも思うだけで事実はどうか知らんけど、あの魔法使いの魔力はちょぴっとだけど増えてたんだからきっと何とかなるだろ。


「出来ていれば文句は言わん」

「なんで文句を言われなくちゃなんないんだよ」

「貴様が提示した訓練法だからに決まっているだろう!」


 うーん。サッパリ記憶にないけど、おっさんと出会った記憶はうっすらと思い出したから、そういうのもテンプレとしてやるようにしてるから多分教えたんだろう。まったく覚えてないが。


「まぁ、そんな事より飯の時間だからおっさん達も命が惜しければ来るようにね」


 アリアの洗濯が終わり、風と火の魔法で乾燥させるとこれまたおっさんがびっくりしてたが無視無視。


 ——————


「うし! 仕事終わり!」


 朝飯を食って村での仕事を済ませた。後は昼までぐーたらして、昼飯を食ったら夕方までぐーたらするぞと庭のハンモック――はあのクソハーフエルフのせいで使えないんで、土魔法でメッシュ生地を再現したソファに寝転がって風魔法で周囲を――特に耳回りを念入りに塞ぎながらぼーっと空を見上げる。

 あぁ……やっぱぐーたらするのはいいねぇ。

 何もしないでぼーっと空を見てると雲がゆっくり流れてたり薄くなったりといった変化が楽しめる。

 あれはちょっと茶碗によそったご飯っぽく見えるなー。ご飯か。5年もパン生活を続けて結構ご飯欲が無くなったかなーとか思ってたけど、古い時代の日本っぽい場所があると知ったらやっぱり米が食いたくなる。

 そうなるとおかずは何がいいかねー。生卵は光魔法で滅菌すりゃあ大丈夫。魚は醤油があれば是非とも刺身で、なければ塩焼きかな。煮魚もいいなぁ。醤油は味噌の後に出来た物って漫画で見た事があるから、ワンチャン味噌があればサバ味噌にありつけるかも。

 なんて事を考えながらゆっくりと眠りの世界に旅立てるかなーと思ってると、ゆっくりと体が傾いていって、ゴロンと地面を転がった。


「……んぁ?」


 何が起きたんだろうと目を向けると、地面の一部が盛り上がってその奥にはこっちに向かって何か喚いてる伯爵娘と、随分とみすぼらしい恰好になってる節穴騎士の姿がある。俺のぐーたらライフを邪魔するとはいい度胸じゃあねぇか。


「礫」


 怒りのままに2人の脛に土魔法をぶつける。もちろん威力は同じって訳じゃないが、どっちも患部を押さえて蹲ったんでストレスが多少緩和された。


「貴様ぁ……いきなり攻撃とはいい度胸をしているな」

「酷いです! わ、わたし何もしてないのに!」

「どっちがやったか分かんないから等しく罰しただけ。それより、帰って来たって事は用意が出来たって事でいいのかな?」


 チラッと別の場所に目を向ければ、見覚えのある木箱があった。


「当然だ。さっさと作れ」

「ぐーたらが終わったらね」


 今は飯を食い終わった後のぐーたらを楽しむ時間であって、ぬいぐるみを仕立てる時間じゃないんで、もう一回土メッシュのソファに寝転がる。


「おい! 此方は急いでいるんだぞ! 今すぐ取り掛かれ!」

「そんなの知った事じゃない。昼飯が終わったら作ってやるから、それまではそこの伯爵娘の魔法の手ほどきでもしてやれ」

「なぜそんな近衛騎士がいち伯爵の娘に事をしなくてはならない」

「嫌なら明日明後日になるだけだぞ? ちなみに1回目は許したが、次ぐーたらの邪魔したら殺すぞ?」


 5歳クソガキの言葉だけじゃ分からんだろうから、魔法を使って脅しをかけておく。

 こうしておけば、まぁきっと大丈夫だろうという訳でおやすみー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る