第115話
「さて……ほいじゃあまずは氷を作る」
「氷魔「氷魔法が使えるんですか‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」」
突然の大声に屋敷が揺れたし体が押された。あの伯爵の娘ってだけあって本当に声がデカい。というかこんなちみっこい身体のどこからこんなデカ声が出てるのか……人体の不思議だ。
「うるさ……」
「あっ‼ ご、ごめんなさい」
その謝罪も十分うるさいんだが、それを指摘したら一生話が前に進まないんで無視しよう。
「この時期は毎日氷魔法を屋敷のいたるところに設置する」
「熱期は熱いのが当然だろう。伯爵様の要請を断ってまで行う行動とは思えんな」
「それはここよりましな領地で暮らしてるからだろ。それに、今は俺が居るからそう感じないだけだ」
という訳で家の各所に氷を設置。ついでに小型扇風機の魔道具についてる魔石に魔力の充填も忘れない。
「それも貴様の仕事か」
「だねー。うちで魔法使えるのは父さんか俺くらいだけど、いろんな属性使えるのは俺だけだからね。次は外に行くぞー」
玄関開けたら2秒で土板。それに乗っかり猛スピードで陸を下って村へ。
「うおおおおおおおお! あ、危ないから速度を落とせええ!」
「すぐ終わっから黙ってろ」
おっさんの文句を無視してそのスピードのまま村に突入。と言っても人に当たるような高度じゃないんで安全性はバッチリ。その分高く飛んだけど伯爵娘からは文句が無かったんで気にせず着陸。
「はぁはぁ……死ぬかと思った」
「大げさなんだよおっさん。伯爵娘を見てみろ。平然としてんだろうが」
やはりこの世界の女子はスピードに強い。おっさんみたくふらつく様子もないどころか、土板を消した時に悲しそうな表情を一瞬だけしてまた俯いた。
「このベレット、年齢はまだ23だ! 断じておっさんなどではないと前にも言ったはずだ!」
「……ああ! そういえばどっかでこんなやり取りした気がする。つまりおっさんと会った事があるって事か」
「覚えていなかったのか⁉」
「まったくこれっぽっちも」
なるほどなるほど。そう言われてみれば、確かにあの時に役立たずの魔法使いが居たのを思い出した。こいつがそうだったらしい。
「まぁいい。それで? この村で貴様は何をする」
「畑の手入れと武具の手入れ。後は食糧庫に氷を補充したり村の中央広場に氷の設置に風の魔道具の魔力充填に引き込んだ水のゴミの回収等々——あれ? 俺って働きすぎじゃね?」
うわー。改めて確認してみると、自分の過労ぶりにぐーたら神からぐーたら道の段位降格が告げられるかもしれん。まだ5歳とは言え、ぐーたらの極致を目指す者としては是非とも避けたい案件だ。
——まぁ、ぐーたら道とかぐーたら神とかは俺の中にしか存在しないんだけどね。
「どうした? 呆けてないで作業内容を見せてもらおうか」
「うーい」
とりあえずここは広場なんで、いつも通り氷柱を作って。魔道具の上に行って。魔力を充填して終わり。
いつも通りの作業を終えて降りると、おっさんは眉間にしわを寄せながら天を仰ぎ。伯爵娘はじっと氷柱を眺めてた。
「どったの?」
「いや……それよりも、これからもまだ魔法を使うのか?」
「当たり前でしょ。使える物は何でも使う。現に俺は、赤ん坊の頃から魔法を使いまくってこの村を支えてきたからねー」
俺は、今世はぐーたらすると決めてるんだ。それがほんの数年で打ち切りを迎えて第3の人生をまた地球でスタートさせるのは真っ平御免だとフル活用しまくったからな。
あの頃ばかりは、ぐーたら神の忠言も「クソくらえじゃ!」といって追っ払ってたなー。今はその神託に従って、分相応のぐーたらライフを送って日々ぐーたら道を極めるための精進を欠かさない。
「じゃあ次は畑に行くから」
「おい。もしかしてまたそれに乗るのか?」
「勿論。俺はちょっとの移動に対しても手を抜かないからね」
可能であれば家でも歩く事なく移動したいんだけど、それをするとマジでエレナの機嫌が悪くなるから絶対にやらない。それは成人して1人暮らしを始めるまでお預けとしてる。
「むしろ手を抜いてるようにしか見えん。畑などここからでも見える距離だぞ? そのくらい歩いたらどうなんだ」
「分かってないな。日常生活で魔法を使うからこそ魔力が鍛えられるし、魔力の操作が上手になるんだろうが。魔法使いなんだからそのくらい分かれよ」
やれやれ。よくこんな足りない知識で伯爵家の魔法使いなんかやってるな。こちとらネット小説のテンプレ知識しかないのにここまで出来るってのに、それに劣ってるのは同じぐーたら道でもこいつのは明らかに外道。
「な、何だ? 急に睨みつけてきて」
「いや……随分とぐーたら道を外れた行為をしてるなーと思ってな。今ならまだ間に合うから正しいぐーたら道に戻れ」
「そもそもぐーたら道が何なのか知らんのに外道だ正道だの言われても意味が分からんわ!」
「それもそうか」
こいつはうっかりしてたぜ。とはいえ、ぐーたら道は結構魔法使いの修行としては悪くないと思ってる。だから魔法使いにはぐーたらを勧めてるんだ。
「とにかく。さっさと行くぞー」
ささっと土板を作り、おっさんの首根っこを魔法で引っ掴んで出発。1分2分程度の移動だけどさっきより速度落としてるおかげか叫ぶような事はなかった。
「おーリック様ででねぇですか。お待ちして――って、そっちは誰でさぁ」
「えーっと……魔法使いと伯爵娘」
「ベレットとルルミリア様だ!」
「だそうだ。ただの見学だからいないものと思っといて」
「へぇ。かしこまりましただ」
あんま長居すると村人達に悪いから、さっさと仕事を終わらせっか。
ぺたりと地面に手をついて、土魔法で必要な栄養を与えるだけの簡単なお仕事なんで、あっという間に終わる。
「はい終わり。じゃあ次に行こうか」
「ちょっと待て。今何をしたんだ?」
「土魔法で麦の育成に必要な栄養を土に補充したんだけど?」
「この広大な畑に、そんな事を一瞬でか?」
「一瞬じゃないけど?」
正確には2・3分くらいだ。
ウチは広さだけしか売りがないから畑はそこそこの広さを確保してる。本気を出せば今の数倍の畑を管理できるけど、ぐーたら道の観点で俺はやらんが未来はどうなるか知らん。ヴォルフがやるかゲイツがやるかは自由だしね。
そんな畑仕事をパパっと終わらせ、次に向かったのは兵錬場だ。
ここではほぼ毎日のように、村の腕っぷし自慢の連中がグレッグによって虐殺に近い訓練が行われている。もちろん今日もだ。
「たった数日空けていただけでウジ虫に逆戻りとは、貴様等はこの数日間一体何をやっていたというのだ愚か者どもがぁ‼」
「「「ぎゃああああああああああ‼」」」
グレッグが槍を振るえば、ドカーン! という轟音と共に村人が吹き飛び、地面には大きなクレーターが出来て、握っていた槍はボロボロになってる。折角作り直しても毎度毎度ああやって壊されるのは困ったもんだよ。
「グレーック。補充に来たよー」
「おお。待っていましたよ少年。おや? ルルミリア様とベレット様がご一緒とは。少年のの仕事の見学ですか?」
「その通りだが、それにしても随分と激しい訓練をするのだな」
確かに。グレッグの訓練はたまにしか見ないけど、今日はいつにも増して激しい。腕っぷし自慢の村人がその一撃で宙を舞うのは日常茶飯事で、おばばの傷薬の効きがいいのに加え、俺の作った防具の耐久力も相まって何とか大怪我は免れてる。
だけど、今日のはちょっとやりすぎだ。注意せんとマジであの連中が居なくなっちまう。
「勿論。伯爵閣下によって鍛え上げられたそちらの騎士団と違って、我々の兵力はスライムに手足が生えたような無様としか言えぬ練度ですがね。それだと言うのに、数日間を空ける愚を行う無能ばかりで困ってしまいます」
「やりすぎだよ。怪我は治せるけど死人は生き返らないんだから加減しろって」
「何をおっしゃる少年。これでも十分加減しておりますとも。それよりも武具の増産を頼みます。出ないとあの腑抜け共の訓練が滞ってしまう」
「へいへい。じゃあさっそく始めますかね」
とりあえず槍を数本。防具一式を10人分作って見せると、後ろでおっさんの唸り声と伯爵娘の凄い! というデカい声が聞こえるが無視を決め込む。
「あい分からず見事な手前ですよ少年」
「こんな感じでどう?」
「ふむ……これ以外は問題ないですね」
弾かれた1本は伯爵娘のデカ声にビックリして手元が狂った奴だ。と言ってもほんのわずかな違いだけど、グレッグは見逃さない。よくこんなえり好みをしててよく傭兵が出来たなぁって疑問が出るくらいには、完璧にこだわる。
「じゃあ一気に作るよ」
「お願いします」
基準が決まれば後はそれをなぞるだけ。魔法でポンポン作り出す。
「これで十分?」
「もちろん。これだけあればこのウジ虫共の錆落としには十分です」
「やりすぎんなよ」
「分かっておりますとも」
ニッコリ笑顔が逆に怖い。エレナほどの迫力には遠く及ばないけど、これはこれで嫌だね。
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