第114話
「はぁ……何とか誤解が解けてよかった」
「まったくだ。相変わらずお前は口が上手いな。リック」
「口が上手いって止めて。なんか誤魔化してるっぽく聞こえるから」
あれから必死に節穴騎士とのやり取りを事細かに説明する事で一応許してもらったけど、若干気まずい空気の中での朝飯となりアリアやサミィから「朝から何してんだコラ」という旨の視線がひしひしと感じた。
そんな中でも一番ムカつくのが、いつの間にか難を逃れていたアリア。
ヴォルフが急に居なくなった事で自主練でもして同じように被害者になるだろうと思って内心ほくそえんでたのに、いざリビングに行ったら平然と座ってやがったし、しかっりと汗を流してやがった。
コノウラミ、ハラサデオクベキカ……。
「——ック。リーック」
「んぁ? なに?」
「なにじゃないだろ。急に目の光が無くなった等心配になるだろうが」
「大丈夫大丈夫。それよりも、もう少ししたらグレッグが帰って来るっぽいよ」
今しがた気付いたけど、俺の作った魔道具の魔力が遠くの方からなぜかよたよたした感じの動きでこっちに近づいて来るのが感じられるし、そこにもう2つ知らん魔力もある。
「なに? ……父さんにはちょっとわからないが、本当なんだな」
「自分で作った魔道具の魔力を忘れるほど記憶力は悪くないよ。それよりも、誰か一緒に居るっぽいから出迎えの準備とか大丈夫?」
声のデカい伯爵は一応嫌われてない側の貴族だからね。テンプレを考えると出迎える必要があるだろうと思ってそう尋ねてみると、ヴォルフがハッとした。どうやらそう言うのに縁遠すぎて考えてなかったっぽい。
まぁしょうがないだろう。俺が生まれる前はどうか知らんが、5年間で他貴族の使者ってのが来たのはこの前の砂糖の一件だけ。必要ないから思いもつかんのも仕方がない。
「伯爵家からの使者か……それは出迎える準備をしないと外聞が悪いな」
「まぁ、本当にそうかは知らないけどね」
「お前が感知できるって事は魔力持ちだろう? 貴重な魔法使いが使者じゃない訳がないだろう」
「貴重だったら別の人を使者にする方が安全じゃない?」
一般的な常識として、魔法を使うには詠唱が要る。それを鑑みると、結構な至近距離で相対する使者の仕事は魔法使いには向かないようにしか見えないんだけどな。
「それだけ相手を信用してますよって意味があるらしいぞ」
「ふーん」
つまり、あの声デカ伯爵はそれだけヴォルフを信用してるという訳か。まぁ、あの魔力が本当に使者なんであれば、そういう事なんだろうけど、道中で孤児かなんかを拾ってきたって可能性も無きにしも非ずだけどね。
「とりあえず母さんにお茶の用意をさせる。リックは何か簡単な菓子を作ってくれ」
「ふえーい」
砂糖の在庫はいくらかある。なので飴ならある程度作る事は出来るけどお茶に合うか? って言われればどうなんだろうと思うからやっぱり無難なクッキーとかでいいだろう。小麦なら潤沢にあるから懐も痛まんしね。
時間的にも余裕があるし、ぐーたら作っても間に合うだろう。
——————
「うし。こんなモンだろ」
魔法を使ってパパっと焼き上げたクッキーは普通のと表面に砂糖をまぶして溶かした奴とエレナに分けてもらった紅茶の葉を練りこんだ奴の3種類を用意した。これなら文句はないだろう。赤貧領地にしては十分すぎるもてなしだ。
問題があるとしたら――
「ちょっとリック。もうちょっと寄越しなさいよ」
「アリアの言うとおりだよ。確かにこれからやって来るだろう使者殿へのもてなしも大事かもしれないけれど、姉2人にもう少し甘味を差し出すのも悪くないんじゃないかな?」
菓子を焼くとどうしたって甘い匂いが充満する。そうすれば自然と寄って来るのがウチの女性陣だ。砂糖の常備はあるけど、菓子を作るってなると正確な計量が成功への第一歩にもかかわらず、その腕前は壊滅的だからね。
とはいえ俺は生粋のぐーたら至上主義者。料理の手伝いはするけど調理はあんまりしない。食いたいモンはもちろんあるけど、材料が圧倒的に足りないから動く気はない。
今回はこれをエレナに献上して少しでも機嫌を直してもらうという意図があるからぐーたらの誘惑を泣く泣く振り切ってクッキーを作ったんだ。それをそう何枚もくれてやるものか!
「これはお客さんの分だからダメ」
「じゃあそいつが残したら寄越しなさいよ」
「意地汚いなぁ。アリア姉さんも一応は女性なんだか――痛っ!」
「一応って言い方が凄くムカつくわ。何でサミィ姉さんには言わないのよ」
「余ったらくれなんて言わなかったからだけど?」
まぁ、これが俺と同じくらいの年だったらまだ理解できるけど、アリアは12歳。地球だと中学生だからまぁ分からんでもないと擁護できなくもないけど、この世界じゃああと3年で大人の仲間入りって時期にあまりにも子供過ぎるからな。ガキと断ずる以外道は無し!
「さすがに家族以外の人の余り物に手を出すのは憚られるからね」
「むぅ……」
「とはいえ、必要じゃないのかと問われれば否と答えるくらいには欲しているからね。君には毎日甘い物が食べられるように作ってくれるとありがたいよ」
「自分でやって」
そういうのが面倒だからあんまり料理をしたくないんだが、成人したら作る予定ではある。何故なら味付けは自分好みに出来るし、何より食い切れない量を作っても亜空間に放り込んでおけば死ぬまで腐らない。なのでいちいち外ので歩く必要がない。これはかなり重要。
「んなの出来たらやってるわよ」
「まぁ、出来なくていいんじゃない? 毎日これ食べてる生活を送ってたら確実に太ると俺は思うなー」
この世界にカロリーの概念があるかどうか知った事じゃないけど、甘いモンを摂取すればするだけため込みやすい。
そして、どんな世界だろうと体重の増減に敏感なのが女子。俺の太ると言う言葉に明らかに時間が停まったんで、悠々とキッチンを後にする。
「はいはいお待たせしましたよー」
魔法でドアを開けて応接室に入ると、そこには顔を真っ赤にして俯いたままもじもじしてるゆるふわウェーブで金髪ロングの少女と、眉間にしわを寄せた仏頂面に眼鏡をかけたおっさんがこっちを睨んでる。
この2人が、伯爵の領地からやって来た使者らしい。
おっさんの方は、どうやら前に会った事があるらしいけど記憶にないと言ったらヴォルフが馬車の件で文句を言ってきた奴だとコッソリ教えてくれたがマジで記憶にない。
一方の少女の方は、なんとあの声デカ伯爵の娘なんだとか。ちみっこい体におどおどした態度は絶対嘘だろと口から出そうになったのをヴォルフがギリギリ止めてくれた。
まぁ、そのあとしてもらった自己紹介の声のデカさに間違いなく伯爵の娘だなぁと思うのと同時に、なんで来たん? って疑問がある。
「使者を待たせるとはいい度胸だな」
「先触れもなしにやって来たはそっちでしょ? おあいこだよ」
用意した菓子を心持ち伯爵の娘の方に置いて椅子に座る。
個人的には何で俺もって気分だが、この2人が来たのは他でもない。俺に用事があるからあらしい。
チラッと見ると、こういった菓子の類は食い慣れてるのかと思ったけど、伯爵娘がチラチラ見てる感じだとお菓子は珍しいのか?
「それで? 本日はどのようなご用件で?」
「うむ。本日やって来たのは他でもない。パーティー参加の旨の手紙を確認したが、そこに主が目的とされている人物の名前が載っていなかった事に対する返答を受け取りに来た」
「理由であれば送った手紙に書いておいたはずですが?」
そう。どんな理由を書いたのかは知らんが、俺はこっから離れらんない。理由は熱期だからだが、だからと言って他の季節になろうとも行く気は最初からない。もちろんそんな事を堂々と書く訳にもいかないだろうからわざわざやって来やがった理由が分からん。
「確かに書いてあったが、伯爵家のパーティー参加要求に対して、熱期の外出が不可能という拒否は受け入れがたいと言うのがこちらの言い分。故に詳細な情報を開示してもらおうか」
納得できないかぁ……。分らんでもない。
冷期であれば、差の程度はあれど雪が降り積もって道が塞がって物理的に移動不可能になる領地があるのは広く知られてるけど、熱期に動けないとはこれ如何に? って思われるのは至極当然。
「別に構いませんが……いいか?」
「ついて来るだけでしょ? なら早速行こうか」
なんで、ここはどうして俺がこの村を離れられないのかを言葉じゃなく行動で示す必要がある。
ぐーたら道の観点で見れば、自ら行動すると言うのは大きく道を外れた行為となりえるのだが、そうしなければより大きくぐーたらから外れざるを得ないと言うのであれば特例で認められている。
なので、仕方なく行動に移すのだ。
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