第113話
「ふあ……っ。うるさ」
うっぷんを晴らすかのように訓練に熱が入ってるみたいで非常に迷惑だ。腹具合を考えるとあと30分くらいは寝てられたはずなのに、ガンガンゴンゴンと木剣同士のぶつかり合う音がマジでうるさい。
「おはよー」
「さすがに起きてきたね」
のろのろと着替えを済ませてリビングに顔を出してみると、相変わらずさわやかイケメンに見えるサミィが優雅にたたずんでた。
「うるさくってね。さっさとグレッグが帰ってこないかなー。このままだと寝不足で頭がおかしくなりそうだよー」
「アッシュフォード伯爵邸のあるシングレアまで馬車で7日ほどかかるからもう少し時間がかかるから頑張らないと」
「うーん。7日かぁ」
あれに使ったのはゴーレムの魔石とは言え、村の広場にある魔道具と比べれば10数分の1くらいだからね。7日くらいなら何とか魔力が切れる前に帰って来れるといいんだが……。
こんな事なら、どのくらい時間がかかるのか聞いときゃ良かった。それならケチケチせずに魔石を大量に使ったのになー。そうすりゃあ魔力が足りんくなって帰還が遅れる事に対して一喜一憂する事もなかったのに。
「一応馬車より早く走れるはずなんだけどなぁ」
今日で出て行って5日くらいだったから、明日には帰って来て欲しいな。じゃないとノイローゼになっちまいそうだ。
「あらー。リックちゃん起きてきたのねー」
1人ぐったりとしてるとエレナが食器を手にやって来た。どうやら調理は終わったらしい。しまったな。手伝うのをすっかり忘れてた。
「おはよう母さん。ご飯作り終わっちゃった?」
「そうねー。だからお父さん達を呼んできてくれないかしらー」
「はーい」
いつも通り、ヴォルフとアリアを呼びに行こうと玄関を出ると、そこにいたのは目の下に真っ黒なクマを作った目でこっちを睨んでる節穴騎士。
その手には、昨日俺が作った物とは比べ物にならないほど不細工な出来のランドドラゴンだろう茶色の塊が。
「おぉ。ちゃんと出来てるじゃん。こいつぁ俺の負けだよオミソレシマシター」
心にも思ってない敗北宣言を適当にしてさっさとヴォルフ達の元へ行こうとするも、肩をがっしりと掴まれる。
「作り直せ。そうすれば代金を上乗せしてやろう」
「そんな事しなくたって大丈夫だって。ちゃんと作ったんだから姫様も喜んでくれるはずだから自信をもって!」
心にもない励ましをしてその手を振り払う。個人的にはこれで取引が無くなっても何ら問題はない。腐葉土が買えなくなるのはちょっと痛いけど、そこはキノコ連中に頑張ってもらおう。奴等なら5年10年と経てばこの荒れ地を普通の土地くらいにはしてくれるかもしれんからね。
「い、いいのか? 王家の反感を買う事になるんだぞ!」
「俺は構わんよ」
「いいわけないだろ!」
ガツンと脳天に硬い何かが振り下ろされた。ちらっと後ろを確認すると眉間にしわを寄せてるヴォルフがそこにいた。マジ切れしてる訳じゃなさそうだが怒ってる顔をしてる。酒ジャンキーで王家ラヴだからな。
「痛ぁ……。父さん居たんだ」
「王家がどうのこうのという話が聞こえたからな。そんな事より今の話はいったいどういう事だ?」
「ああ。それはこの騎士がぬいぐるみ作りの失敗を俺に擦り付けようとしての発言」
ちらっと眼を向けてヴォルフが首をかしげる。まぁ、昨日のやり取りを知らん奴からするとそれを見て何を作ったのかを正解するのは難しいだろうね。
「なぜお前が作らなかったんだ?」
「いやいや。俺が作ったのをそこの騎士がバラバラにしたんだよ」
実際は俺がバラバラにしたが、出来ると大見得を切ったのはあくまでこの節穴騎士だ。しかし……絶対に失敗するだろうなぁと思ってたけど、あそこまで酷いとなると手の施しようがないね。前回同様1から布と糸を用意せんといかんレベルだ。
「どういうことですかな?」
「何を言うか! 貴様が勝手に分解させたのではないか!」
「お金を払いたくないからって人に罪を擦り付けないでよー」
騎士の言う通りなんだが、そんな反論に対する言い訳はすでに用意済みだ。
普通に考えて金貨5枚はバカ高い。一応質のいい布と貴重らしい綿を使って作ってるから費用もかかってると言い訳できるが、用意してるのはあっち側なんでこっちの損失はゼロ。
なんで、価値を知らん人間からするとぼったくってると思うよなぁ。特にヴォルフは酒と武器以外の価値を低く見積もりがちだからね。この節穴騎士も当然そう思ってるだろうと考えてると思ってるから、言い訳には最適である!
「陛下の臣下としてその行動はいかがなものでしょうか」
「違うと言っているだろうが!」
「言い訳すんなー。それ持ってさっさと帰れー」
「それはいかんぞリック。あんな塊でこいつの忠誠を疑われるのはどうでもいいが、我々が陛下の不興を買うのは臣下として見過ごせん。作り直してやるといい」
「え? 無理ですけど?」
突然の裏切りにビックリはしたけど、ちゃんとNOと断言はしておく。
「なぜ無理なんだ? 一度作ってるんだろう」
「あんな布じゃあ無理だし、やっぱもう1回作って欲しいならそれ相応の報酬って必要じゃん? 謝罪もまだだし」
あんなボロボロの布でもう1回作ったところで耐久が低すぎてあっという間に駄目になるのは目に見えてるからな。前回同様近くの町で布を買う以外に方法がない。魔法は便利だが万能じゃあない。
それに、やっぱ出来なかったんだから土下座の1つや2つ欲しい訳よ。さんざん大口叩いておきながら作ってと言われてはいそうですかと言うのは都合がよすぎるとは誰でも思う。
「リック……さすがにそれはどうなんだ?」
「嫌ならいいよ? けどこれを拒否するとそっちの騎士は降格とかあるかもしんないし、父さんだって王様の不興を買いたくないんでしょ? だったらちゃんとしたもんでやらんと。あ、追加料金は金貨5枚でね」
「そんな金ある訳ないだろう!」
「じゃあ諦めなよ」
俺自身は王家に嫌われた所で何とも思わんし、あっちだってたかがぬいぐるみ程度で爵位剝奪だの反乱の疑いありとして派兵するような馬鹿じゃないだろう。それを見越しての態度だが、万が一そうなってもこの国を捨てりゃあいい話。
さすがのヴォルフも、そこまでいったら王家への忠誠なんてないだろうし、あったとしても家族よりそっちを取るならもう終わってんだろって思えるから、1人置いてあと腐れなく出ていける。
俺のそんな態度にさすがのヴォルフもこれ以上言っても無駄だと感じ取ってくれたんだろう。その表情に焦りが見える。
「とにかくお前は布を用立てろ。追加料金に関しては後日話し合いが出来るが、ぬいぐるみが遅れると王家に申し訳が立たん。だから、急いで近くの町や村を駆けずり回って集めてこい」
「1人でか⁉」
「お前がやったことだろうが! 自分の事は自分で責任を取れ!」
そう言って騎士を怒鳴りつけると、節穴騎士は何故か渋々と言った様子で馬に跨って走り去った。あの様子だと布を集めるのがどれほど大変か全く分かってないだろうから、ちんたらする可能性が高い。
「なんなんだあの騎士は。こちらの陛下に対する忠誠の邪魔をするとは……あれでも近衛か?」
「近衛の誰もが父さん並に忠誠がある訳じゃないでしょ。俺が王様をあんま良く思ってないみたいに、あの節穴騎士はそっちより実力を買われたから近衛なんじゃないの?」
近衛ってのは王を守るために存在してるってイメージで、何より実力が重要視されると俺は思う。まぁ、低すぎるのもそれはそれで問題なんだけどね。
「しかし……何故先月と違う者が来たんだろうな」
「それは俺も思ってた」
前回は材料を持ってこないって超ド級のポカをやらかしたが、それはあくまで王宮側のミスであって、あの男自体にミスらしいミスはなかった。態度も今回の節穴騎士と違うしね。
まぁ、怪我か病気か何かだろうと思う事にしよう。悩んだところで意味はないし、俺は金がもらえりゃそれでいいし。
「お話は終わったかしらー?」
「「っ⁉」」
冷たい声質に、俺もヴォルフも心臓がきゅっとなり、恐る恐る背後を振り返ってみると、ニッコリ笑顔でありながら言いようのない迫力を纏ったエレナがそこにいた。
「朝ご飯の時間になっても帰ってこないから見に来たんだけどー、男2人でいったい何をしていたのかしらー?」
うーわ。こりゃ怒ってるなー。とりあえずちゃんと説明をする必要があるね。あのクソ節穴騎士め……本当に面倒事しか持ち込まないな。
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