第112話

「で? 今回は何を作ればいいの?」


 さっさとぬいぐるみを作ってさっさと退散してもらおう。


「今回はランドドラゴンとの事だ」


 ドラゴン? 少女の姫ちゃんがドラゴンとはまた変な感じがするって言ったら男女差別かな? とか思いながら投げ渡された全容が描かれたカラーの絵を眺めると、やっぱりおかしくない? との思いが強くなる。


「これ……本当に欲しいって言ったの?」

「……ああ。自分も耳を疑い何度も確認したんだが、間違いない」


 鉄仮面女騎士も疑問に思ってる。そのくらいランドドラゴンはいかつい姿だ。

 人間の十数倍って巨体に翼はなく全身を岩が覆いゴツゴツしてる。牙は下側が大きく天を突くように生えてシャクレっぽい。前回のクマはまだかわいげがあったけど、こいつには女子受けするような要素が欠片もない。


「まぁ、注文が間違ってないなら別にいいけどさ、精巧に作ったらいいの? それとも女子受けするようにかわいい感じに作ればいいの?」

「後者で良いのではないか? 前回もそうしたのだろう」


 まぁ、それでいいっていうならそれで作るけど、後から注文と違うと言われてもこっちは一切看過しない。

 さて……まずは材料の良し悪しを確認してみますかねと持って来た木箱を開けてみると、中には大量の綿とランドドラゴンに合わせただろう色合いの布がこれまたたっぷり入ってる。


「じゃあ出来たら呼ぶから適当に時間でも潰してなよ」

「こんな辺鄙な土地で何が出来ると言うのだ」

「そんなの決まってんじゃん。寝たり寝たり寝たりだよ」


 寝る事こそぐーたら道の始点にして極致。それに対して女騎士は滅茶苦茶蔑んだ目を向けてくる。分かってない証拠だ。ぐーたらを極めるのにこれほど適した修業はないと言うのに。


「そんな無駄な事を必要以上にする必要などない」

「じゃあ訓練でもしてたら?」


 無魔法で針をすいすいと操ってぬいぐるみを作る。ゴツゴツ岩肌はクッションみたいなのを複数張り付けて表現するつもりだし、長く突き出た牙は布を複数枚重ねて子供にも安全な硬さで再現するとして、後はサイズだな。

 木箱の中を見ると、前回の数倍の量の綿と布が入ってる。つまりこれは、これを使い切るサイズのぬいぐるみを造れって事なのか? 面倒だなぁ……でも、使い切らないとこの女騎士が許しちゃくれなさそうだ。


「ねぇ。全部使うの?」

「当然だろう。これらは全て王家の物だ。盗むような真似をすれば自分の剣でその首が飛ぶと思え」

「出来るの? 手も足も出なかったくせに」


 この世界の連中のほとんどが結構好戦的だ。まぁ、ちょっと前まで戦争やってたんだからそう言う血の気の多さがあるのは仕方ない事だけど、俺みたいなガキを相手にちょっとした憎まれ口にいちいち反応されるのはマジで面倒臭い。

 俺が止めりゃいい話なのは分かるんだが、そういう我慢はしないと決めてるんで止めるつもりはない。


「あれは油断していただけだ。貴様のような人間の子供に自分を害するほどの魔力を持ち合わせているなど欠片も考えていなかったからな」

「ふーん」


 俺の魔力も感じられないようじゃそんな事は一生かかっても無理だろう。これが出来ないと相手がどんな感じで魔法を使ってくるのかが分からんから、どうしたって後手後手になる。そうなれば待ってるのはじり貧からの敗北ルートだけ。

 さて……とりあえずランドドラゴンの体の部分は完成したんだが、こいつは本当にデカいな。魔法でやったからスイスイ縫ったが、出来上がった全長は俺の数倍はある。姫ちゃんの事は思い出せんがガキだったのは覚えてるが、このサイズならバイクみたいに乗れるんじゃないか?


「……ふむ。ちょっと柔らかすぎるか」


 試しに乗ってみたが、個人的に支えになり切らないとはいえ乗れなくはないって所かな。作ってるときは考えもしなかったんで背中部分がちょっと狭く感じるけど別にいいだろ。本当に乗るかどうか分からんしな。


「おい。まだ大量に残っているぞ」

「うっさいなー。この絵見て分かんないの? このランドドラゴンを見て完成とか思ってんのか? まだ途中に決まってんだろうが。そんな節穴の目でよく騎士なんてやってられんな。侵入者とか見逃してんじゃないの?」


 深い深いため息をつきながらそう言い返してやると、女騎士はすぐに眉間にしわを寄せながら怒りで顔を真っ赤にするが、事実は事実なんで言い返さないみたいだ。

 姫ちゃんと会話をする立場にあるって事はそこそこ地位があるんだろうけど、それでこんな簡単な事を見抜けないなんて……部下が居たら可哀そうだね。

 なーんて事を考えながらもすいすい縫って岩を模したクッションを作って縫い付けていく。うん……絵と違ってゴツゴツ感は少ないけど、これはこれでランドドラゴンっぽさは残ってる。

 後は天高く突き出した牙だけど、これは布を円錐にして作るのが強度的には良いんだろうけど、女児の安全性を考えると綿の方がいいのかが悩ましい。


「なぁ。どっちがいいと思う?」


 とりあえず簡単に作った2つの物を女騎士に見せると、意図を察するの若干遅かったが手に取って硬さを比べた結果は、安全性を考慮して綿入りの方に決まった。


 ——————


「こんなモンだな」


 出来上がったころにはすっかり日は落ちて夕暮れになった。いつものサイズならもうちょい早く仕上がるんだが、やはりデカいだけあって時間がかかった。


「こんなもの1つ作るのに随分と時間がかかるのだな。これだから人間は」

「はぁ……本当にお前は節穴騎士だな。こんなデカいぬいぐるみが普通にやって数時間で出来る訳ないだろ。ちっとは頭を使えよ」


 結局、ぬいぐるみが出来上がる間中ずっといた訳だが、これだけ間近で見てたにもかかわらず、素っ頓狂な事を言いやがった。本当に良くこんなんで騎士をやってられるな。それとも、ハーフエルフってのは生まれつき節穴で脳筋なのか? 今度フェルトにでも聞いてみるとしよう……覚えてたら。


「フン! これだから人間というのは愚かだと言うのだ。自分の手にかかればこの程度の縫物などあっという間に終わらせるだろう!」

「じゃあやってみな」


 大層自信満々なんで、ササっと糸を解いて分解。全部を箱に放り込んでその場を後にする。

 布が裁断されてるのはハンデとしてくれてやるが、その程度の違いがあったとしてもまぁ無理だろうと思う。フェルトならワンチャン可能かもしんないけど、糸を千切らず、針を折らずに魔法で操作するのって結構繊細だからな。


「ぬっ! 貴様! 針と糸に細工をしたな! 針は折れ、糸は千切れたぞ!」


 どうやら早速壁にぶち当たったらしい。やれやれ。そもそも俺に魔法でかなわない時点でこうなるのは目に見えていたんで何とも思わん。


「馬鹿言え。それはお前の魔法の扱いが雑なだけだ。人のせいにすんな」


 折れた針を魔法で拾い上げ、千切れた糸で2・3縫いして見せればあら不思議。犬歯むき出しで笑みを浮かべるじゃあありませんか。たとえそれが、一般的には怒りを露わにしているんですよと説明されたら「まぁビックリ! 怒ってたの⁉」なんて白々しい反応を返すつもり。そんな忠告をする奴は居ないがね!


「あー疲れた」


 家に戻って机に突っ伏すと、サミィが苦笑いを浮かべる。


「もう終わったのかい?」

「一応終わったよー。まぁ、明日になって追加の仕事が出てくるかもしれないけど」

「追加の仕事?」


 首をひねるサミィ事のあらましを説明すると、びっくりしたような顔をした後に困ったように苦笑いをする。


「それは……あまりにも無知過ぎないかな。ボクでもああいう物の制作には時間がかかると知っているんだけどなぁ」

「普通はそうだよねー」


 そう。普通であれば何かを作るにはそれ相応の時間がかかる物だ。ぬいぐるみだろうと武具だろうと絵画・彫刻・貴金属等々。特に機械工業がないこの世界じゃあより一層時間がかかるのが当たり前だからな。

 やっぱハーフエルフってのが理由なのか? いや、家にも節穴騎士レベルの無知が居るじゃあないか。


「そういえばアリア姉さんは?」

「ただいまー」


 噂をすればなんとやら。そっちに目を向けると物凄く不満そうな顔をしたアリアが居た。丁度いいから聞いてみるとしようかね。


「随分と不満そうだけど何かあったのかい?」

「午後の訓練がつまんな過ぎたんです。あの騎士と手合わせしたかったのに……」


 そう言いながらこっちを睨みつけてどっかと椅子に腰を下ろす。きっとエレナが居たら小言の一つでも飛んでただろうが今はキッチンで夕食作りの真っ最中だろうから、そろそろ手伝いに行くかと思うがアリアに聞いとこう。


「俺は兵錬所で訓練したらと勧めたけど完成まで動かんかったのはあっちだ」

「じゃあアンタが悪いんじゃない。ぬいぐるみくらいパパっと作んなさいよ」


 アリアの発言にサミィと目を合わせると、大きくため息をつく。なんとなくそんな予感がしてたんで俺は特に反応しなかったけど、内心ではさすが脳筋はレベルが違うぜぇ。

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