第111話
「ふあ……っ。うるさ……」
副会頭たちが帰って数日。いつも通りの日々が戻って来るだろうと思っていたのに、朝っぱらからガンガンギンギンといつも以上に剣同士がぶつかり合う音がうるせぇ。これは、木剣じゃなくて真剣でやってるっぽいって事は、そっち方面の客が来てるって事なんだろう。
「……起きるか」
腹具合だともう少し時間があるが、万が一ぬいぐるみの騎士だった場合は要望を聞いたり、今度こそ運んで来ただろう材料の確認なんかをする必要もありそうだからな。
本来、ぐーたらをおろそかにするのはぐーたら道に反するが、ちゃちゃっと作ったぬいぐるみが金貨5枚に化けるんだ。これで村が豊かになれば、巡り巡ってぐーたら道の為になると言い聞かせながら着替えを済ませ、道中に氷を作りながらリビングに。
「おはようリック。君に客人が来ているよ」
「外のうるさいのでしょ? ぬいぐるみかな?」
「多分そうだと思うよ。随分な大荷物でやって来ていたからね」
大荷物か……それなら大丈夫と思うのと同時にデカいのを作るのか? と若干嫌になるな。月に1体を金貨5枚とは言ったが、サイズの指定はしてなかったっけ? よく覚えてないんで次回からはサイズの指定を忘れずにやっておこう。
いつものように飯が出来たと言いに行くために庭に行ってみると、センターで青と茶に分かれた髪を後ろで束ねた女がヴォルフと打ち合いをしている。
「どんな感じー?」
俺には武術の心得がないんで、アリアに解説を求めた。
「ギン達より強いわね」
「父さんとは?」
「父さんに決まってるでしょ。見て分かんない訳?」
「サッパリ」
どっちも余裕綽々って感じで攻防入れ替わってるからな。一切の興味がない俺からすればどっちもどっちって感じしかない。
あえて違いを言うとすれば、女騎士の方はレイピアを使った流れるような連撃で、1発1発の低い威力を手数でカバーするような戦い方に対し、ヴォルフは幅広の大剣をその筋力にものを言わせて振り回す大艦巨砲主義みたいな戦い方をする。
どっちがいいかは俺には分からん。どっちだろうと魔法で吹っ飛ばせば関係ないしねー。
「よく見なさい。あっちの女騎士の方の剣先は父さんから随分と距離がある一方で、父さんの剣は相手に近いでしょ? それだけ父さんの相手の剣に対する反応が早くて、反撃に移る動作に無駄がないのよ」
すらすらと饒舌に語るアリアに疑問を感じで軽く頬をつついたらほぼノータイムでアイアンクローが飛んできて頭蓋骨が悲鳴を上げる。
「いだだだだだ!」
「アタシが説明してるってのに邪魔してんじゃないわよ」
「だ、だってロクに勉強ができないアリア姉さんが人に分かりやすく説明するなんて出来る訳がないから偽物だだだだだだ!」
「どういう理屈よ!」
俺の反論にアイアンクローの威力が爆上がりする。この馬鹿力は間違いなくアリアだが、あの分かりやすい説明には全く説明がつかない。
「ったく……そろそろ止めないと母さんに怒られるわよ」
「おー痛。じゃあパパっとやっちゃいますかね」
「眩しいのはすんじゃないわよ」
「分かってるって。じゃあ……『突風』」
ヴォルフ達を中心に半径30メートルくらいの範囲で突き上げるように空気の塊を吐き出すと、2人の身体は簡単に宙を舞ったが、相手は酒ジャンキーとは言え救国の英雄だし、アリア寸評でギンより強いってんなら大丈夫だろうとボケーっと見てると、どっちも空中で体を捻って苦も無く着地に成功した。
「……どうやら朝食の時間になったようだからここまでだ」
「どうも」
随分と不愛想だなー。ここに来る連中のほとんどはヴォルフとの手合わせで少なからず喜びを表現するんだけど、あの女騎士にはそれがない。じゃあ何のために手合わせしたんだ? って疑問が出てくるけど、飯の時間が迫ってるって強迫観念にすぐに記憶の彼方に飛んでった。
——————
「うげ……」
朝飯を食べ終わり、食休みのぐーたらでもしようかと中庭のハンモックに寝転んだところで、さっきの鉄仮面女騎士がドデカい木箱を宙に浮かせてこっちに近づいて来るじゃあないか。
まぁ、朝起きた時点で知らん魔力があるのは知ってたから特段驚きはしないが、待つ気はありませんと態度で示すのは気に入らんね。やっぱり貴族社会ってのは性に合わないな。
「貴様がリックだな。王女様への献上品の回収に来た。さっさと作れ」
「あーそーですか。後でやっとくんでそこ置いといてくださーい」
そういってぐーたらしようとしたら、急に背中を引っ張られる感覚が――これは違うな。どうやら落下してるっぽいんで風魔法で体を浮かせて怪我を回避した。
「……その歳でそこまで詠唱を短縮するとは、『人間』にしては頑張っているではないか」
「そりゃどうも。んな事よりどうしてくれんの? これ」
人間ってのを強調するって事は、別な種族らしい。まぁ、何だろうと俺には関係ない。
改めて確認すると、ハンモックの一部が斬られて地面に落ちている。この村じゃあ薬以外は何か欲しい物が有っても1月待たなきゃなんない。つまり、来月注文して再来月にならんと手に入らんって事で、その間ハンモックはお預けって事だ。
これは、ぐーたら道を歩むものとしてはかなりの大事。怒りがふつふつと湧いて来て、気が付いたら無魔法で女騎士を拘束していた。
「……何のつもりだ?」
ほぉほぉ大したもんだ。この状況にあって相変わらずの鉄仮面ぶりとはね。魔法に自信がるのかどうか知らんけど、魔力の量も密度もフェルトどころか役立たずのあのエルフにすら及ばないんだよなぁ。
「あれ? 人間の言葉が理解できない? 人の寝具ぶった斬っておいてどう責任取るんだって聞いてんのはこっちなんだ。さっさと答えろや」
ちょいと押しつぶすように拘束してる魔法に力を込めてみると、ここでようやく抵抗らしき反応があったが、俺からすればあってないようなモンなんでゆっくりゆっくり圧力を増してゆく。
「っ⁉」
こんなクソ暑い村で着る事自体自殺行為なんじゃないかと思える金属の鎧が変な音を立てた辺りでようやくその女騎士に変化が現れる。俺の魔法を解除しようとしてるんだろうが、お前の魔力じゃ未来永劫不可能だよ。
「ま。答える気が無いなら別にいいよ。昼飯食べ終わったらまた聞きに来るから、心変わりするように期待してるよ」
このまま放っておいてもいいんだが、そうなると家族に見つかった場合面倒な事になるんで、土魔法で穴を開けてその中に放り込む。ちゃんと空気穴はあるんで窒息する事はないが、一応水は入れておいてやろう。脱水症状で死なれると困る。
しっかりと周囲を固め、どうせ暴れるだろうから風魔法で音を遮断すれば家族にバレる事もないかな? と試しに無魔法を解除してみると、数秒の沈黙の後にちょっとだけ地面が揺れたがそれだけだ。せいぜい魔法を撃ちまくって魔力量を微増させるいい機会だと思う事だね。
——————
「さーって……」
昼まで涼しい自室のベッドでぐーたらし、昼飯を食って畑仕事と広場の氷柱づくりを終えて、後は夕方までもうひと眠りするかなーと考えながら庭に行ってみると、なんと! ハンモックが支えを失って地面にだらしなく――あぁ……そういえばぬいぐるみを貰いに来た騎士が居たんだったっけ。ぐーたらしたらすっかり忘れてたわ。
念のために身体を結界で覆ってから穴を開けてみると、相当暑かったんだろうな。少しひしゃげた金属鎧を脱ぎ捨てて随分とぐったりしてる女騎士がいた。
「やっほー。ちゃんと生きてるー?」
「ぐ……っ。貴様……よくもやってくれたな」
「もっと閉じ込めてほしい?」
「……」
やれやれ謝罪はないか。まぁ、苦しんでる姿を見てだいぶ溜飲が下がったから良しとすっか。ハンモック代はキッチリ回収するがな。
「うん?」
どうやら登ってくる体力ないみたいなんで無魔法で引っ張り上げてやると、髪の間から除くその耳の形が気になった。
人と違って先が少し尖り気味……こういうのってどっかで見た気が――
「あぁ……ハーフエルフってやつ?」
「っ⁉」
おっと口に出てたみたいだな。これだけヘロヘロにされたにもかかわらず表情を一切変えなかったって言うのに、ハーフエルフって聞いた途端にぎょっと目を見開いて慌てた様子で耳を隠した。どうやらビンゴらしい。
「あー……なんか言っちゃまずかった?」
「貴様には関係のない事だ」
表情を見る限り、テンプレに近いようにハーフエルフは嫌われてるのかな? だとするならこの鉄仮面女騎士がここまで表情に出すのも納得だが、俺にはどうでもいい事だからどうでもいいか。
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