第109話
「さて……それじゃあ仕事しますかね」
ひと仕事終えた後のぐーたらは格別なんだけど、やる事をやらんとぐーたら道が遠のくからな。特に今年の麦は1ヶ月も放置してたせいでかなり育ちが悪いように見える。どれだけいつもの状態に持っていけるかが心配の種だ。
「お前が仕事とかいうの、似合わねぇな」
「まぁ、俺も本来であれば仕事なんてしたくないけど、やらんと死ぬし」
魔法があるからマシだけど、これが肉体強化チートとかだったら間違いなく馬車馬のごとく働かされてただろうなぁ。そう考えるとやっぱ魔法って便利。あんま動かなくても色々できる。
パパっと土板を作ってそこに乗り込むと、魔法使いも普通に乗り込んできた。
「村行くなら乗せて」
「別にいいけど、そっちはどうする?」
「結構です」
「怖ぇからいい」
すぐそこだから大したスピードは出さんつもりだが、前の俺的安全運転が相当トラウマになったようで、速攻でノーを突き付けてきた。
「じゃあねー」
乗らないと言うのであれば強制するつもりはない。そんな無駄な説得に時間を費やすくらいならさっさと進んだ方がいい。嫌われた所で相手はいち冒険者。俺のぐーたら人生には欠片に等しい存在でしかない。
さっさと2人と別れ、低空飛行で移動してると隣の魔法使いは随分と不満そうだ。
「遅い」
「すぐそこだしねー」
「つまんない」
「という事は、詠唱短縮が成功したって事だね。見せてよ」
他の何かに意識が向けられるって事は、ぐーたらに必要な詠唱短縮が成功したという事だろう。どうせ暇だし、その成果を見せてもらおうじゃあないか。
「……」
俺の提案に魔法使いがゆっくりと明後日の方を向く。なるほど。あっちに向かって魔法を撃つみたいだな。
しかし、1分待っても2分待っても動く様子がない。
「どした?」
「無理」
「なーんだ。つまんないっていうからてっきり詠唱の短縮が終わったかと思ったじゃん。それでよくつまんなって言えたね」
「……リック様、性格悪い」
「事実でしょ。まぁ、急ぐ必要が無いなら別にいいけどさ」
俺の場合はそうしなけりゃ死ぬから必死だっただけで、こいつの場合は最悪詠唱が短縮されなくとも今までそれで依頼をこなしてきたんだから困る事もないか。
それに、別に俺はこいつの師匠って訳じゃあない。ぶちぶち小言を言っても時間の無駄だし理由がないんで、この話はここでおしまい。
道中は特に気まずい空気になる事も――なってたのかどうかは知らんけど、静かなまま兵錬場まで戻ってきたら、アリアを中心に村の腕っぷし自慢の連中が軒並み大の字に倒れてた。
「……なんだリックか」
「なんだとはなんだよ。随分暴れてたみたいだね」
ちらっと眼を向けると全員もれなくボコボコにされてる。全面より背面の傷が多いのは、逃げる所を追撃したからだろう。やれやれ……おばばの薬だって無限にある訳じゃないんだから無駄遣いになるような事をすんなよな。
「だって訓練したいもの。で? 村の騒ぎはアンタだったわけ?」
「そーだよ。グレッグが乗る馬の調整してただけなんだけどねー」
「なーんだ。本当に魔物だったらアタシがぶった斬ってやったのに」
アリアならやってのけそうな気はするが、そこに異を唱えたのが魔法使いだ。
「空中の魔物、剣で倒す、難しい」
「そうなの?」
「ん。馬鹿ギンと兄さんでも苦労する」
空を飛ぶってのはそれだけで大きなアドバンテージだ。
近接職であれば、小さかろうが大きかろうが距離を取られちゃあ手も足も出ないし、相手に遠距離攻撃の手段があれば逃げるしかない。それを相手に何とかなるってのは実力があるって事なんだろう。銅級なのに。
「ふーん。ちなみにアンタは倒せるの?」
「もち。魔法使いだから」
少しだけ自信ありげに胸を張る姿はアリアには良く映らなかったんだろう。眉間にしわを寄せてあからさまに不機嫌そうだが、魔法ってのはそういうモンだ。遠くにいる敵を一方的に攻撃できる反面、近づかれると『基本的』には弱い。
理由は単純。詠唱があるから近くてぶつぶつやってりゃバッサリ――ってな感じでメリットとデメリットがちゃんと存在する。俺やフェルトはないけどね。
「じゃあアンタはアタシより強いの?」
「距離次第」
「どういう事?」
「遠ければ魔法を撃てるけど、近いと詠唱できずにやられちゃうって事」
「何言ってんの? 魔法なんて斬ればいいし、よけながら詠唱すればいいじゃない」
あっけらかんと言い放つ能天気さに呆れを通り越して残念だとすらいえる。
「あのさぁ。そんな事が出来ると思う?」
「出来る出来ないじゃなくてやるのよ。じゃないと魔物に殺されちゃうんでしょ?」
至極当然なんだが、それが出来ないからギンとリーダーがいるように、人には役割分担ってものが存在する。1人であらゆる事が出来る奴が居たらそいつは勇者とか呼ばれて大陸中に名が轟いてるだろう。
そして、この脳筋も武力全振り人間なのでそれ以外の事がさっぱりできない。
「14+17は?」
「え? 何よ急に。えーっと……ちょっと! 両手の指で数えられな――」
突然計算問題を出してあたふたしてる所に小石を投げればあら不思議。いつもであれば万発投げようが掠る事すらないというのに、今日はあっさりとヒットした。
「おー当たっ――だだだだだ!」
感想もつかの間。消えるような速度で踏み込んできたかと思ったら顔面を鷲掴みにされて強烈なアイアンクローが炸裂した。
「珍しいじゃない。アンタがこのアタシに喧嘩を吹っ掛けてくるなんていったい何のつもり?」
「いや、出来るっつったから試しただけだよ。まぁ、出来てなかったけどね」
いつもであればなんて事のない物でも、不得意としている事が加わるだけであっという間にパフォーマンスが低下する。その典型例が目の前で見れた。これだけでも自分の言ってる事が間違ってるとアリアに示す事が出来るだろう。
「そ、それは……いきなりだったからよ」
「なら姉さんはいきなりの戦闘では死んじゃう訳かぁ……そんなんで冒険者が何年務まるのかなぁ」
斥候とか探知が使える魔法使いが居れば魔物との戦闘をある程度回避できるだろうけど、物事は思った通りに進むことの方が珍しいと俺は思ってる。実際、こうしてぐーたら出来てないんだからな。
「むぐ……っ!」
「こんな簡単な事で警戒が疎かになるって冒険者としてどう?」
「銅級以下」
「うぐ……っ!」
「そ・れ・に。出来ない腹いせに理由をでっちあげて痛めつけようだなんて酷い姉もいたもんだよ全く」
「ふ、フン! だったらもう1回試してみなさいよ。今度は簡単には行かないわ」
「じゃあ頑張って」
あいにくだが、そういった訓練に付き合ってやるような人間じゃないんでね。この続きは魔法使いに頼んで俺はさっさと畑仕事に向かいたいっていうのに、首根っこを掴まれて逃げる事が出来ない。
「アンタ以外に誰がやるってのよ」
「ここに石投げ役が居るでしょ。俺、畑仕事あるんでそっちにやってもらいなよ」
適当に計算問題を出してやって石を投げるだけの誰でも出来る仕事だが、畑仕事は現在俺にしかできない。労働は基本的にノーサンキューの精神なんだが、こっちの方が面倒臭そうなんで逃げる口実に使えるのなら使わにゃソンソン。
「……アンタ。勉強できるの?」
「何言ってんのさ。姉さんより勉強できない人間は赤ん坊くら――いだだだだ!」
「どうなの?」
「問題ない」
「ならいいわ。アンタは用済みよ」
そう言うとぽいっと放り投げられた。魔法でふわりと浮いて土板に搭乗。そのまま逃げるように兵錬場を後にする。
後はこの訓練を家族に仕込んでおけば、ヴォルフが訓練をつけられない時に絡まれるような事が無くなるし、エレナが心配してた勉強嫌いも、訓練と紐付ける事で解決に向かうかもしれんから感謝されるだろうな。
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