第108話
「これがアッシュフォード伯爵宛の手紙だ」
「はいよ」
朝飯を食べ終わってすぐ執務室に呼ばれ、20分ほどボケーっとしてたら手紙を渡された。後はこれと倉庫に置きっぱなしのゴーレム馬をグレッグに届ければ昼の仕事はおしまい。夕方までぐーたらしよう。
「いってきまーす」
「ちょっと待った! アタシも乗せていきなさい」
玄関を出て早速土板の乗って倉庫まで行こうかというところで、てっきり一足先に行ったとばかり思ってたアリアが家から飛び出してきて飛び乗って来た。
「なんでいるの?」
「あによ。居ちゃ悪いっての?」
「いやいや。てっきり姉さんの事だからとっくの昔に兵錬場まで走って行ってると思ってたからビックリしてんだよ」
特に今日は、朝の訓練がない事でいつも以上に体力が有り余ってるはず。そう考えて手紙を受け取った後に10分くらい余分にボケーっとして時間を潰したってのに、結果は相乗りで兵錬場に向かう羽目に……。
「ったく……こんなモンに頼ってないで自分の足で歩きなさいよ」
「じゃあ姉さんも降りて走ればいいじゃん」
「アタシはいつも走ってるけどアンタはまったく走らないじゃない」
「ちゃんと年齢に見合った運動量で体を鍛えてますー」
本来であればぐーたら道に反する行為だとお思いだろう。だがしかし! 肉体の健康寿命を長く保てば、その分長くぐーたら道を極めるための修行が出来るのだから、それもある意味ではぐーたら行為と言えなくもない。
「アタシがアンタの頃の時は村中を走り回って体力をつけてたわよ」
「俺は姉さんと違って頭にも栄養がいってるからね。そんな馬鹿みたいに走り回る体力はな――いだだだだ!」
「誰の頭が空っぽだって?」
「事実でしょ! あんな簡単な算数も分からないのにどうしてそんな文句が言えるのかが分からないんだけど?」
「あ、あれはたまたまよ」
小学生低学年の問題で眉間にしわを寄せて頭を抱える姿のどこがたまたまななのか。そんな稚拙な嘘で誤魔化せると思ってる所がアリアの脳筋たるゆえんなんだろうね。
そんな事を考えながらまずはゴーレム馬を保管してある倉庫に。
「ちょっと。兵錬場に行くんじゃないの?」
「グレッグが乗る馬の点検・整備が必要なの。嫌なら先に行ってればいいじゃん」
俺は一言も兵錬場に行くとは言ってない。どこに行くのかも聞かずに乗り込んできたアリアが悪い。こういうところが脳筋の脳筋たる所以なんだろうな。
さて……おおよそひと月ぶりの再会なので、まずは魔力を注いで動きを確認してみると、うん……やっぱ土で作ったからか一か月も放置してるとところどころ脆くなってる所があるし、そもそもこいつは俺の魔力で動かすタイプの奴だから、グレッグが使うなら魔道具にしてやらにゃいかん訳よ。
という事でまずは分解して――
「うん? なによ」
「まずは兵錬場に行こうか」
魔道具化するには魔道インクが必要だけど、こんなクソ暑い村で野ざらし保管なんかしてたらどうなるか分からんし、凍って品質が変化するかもしれないんで氷室にも置いてない。あるのは亜空間。
そんなのを取り出すところを見られたらアリアに何言われるか分かったもんじゃない。まずはこいつを兵錬場に置いてこないと話が進まん。
「怪しいわね。なんか隠してんじゃないでしょうね?」
「そんな訳ないでしょ。一応グレッグの背丈に合わせた方がいいのかなとか聞きたいから行くだけだよ」
誤魔化してるってのもあるけど100パー嘘って訳でもない。まぁ、グレッグならどんな馬でも乗りこなしそうだけど、確認作業ってのは大事だ。
「ふーん……まぁいいわ。行きましょう」
なんでそこまで疑われるのかさっぱり分からんけど、とりあえず土板には乗ったんで、そのまま兵錬場へ。
——————
「なるほど。確かに適任はワタシしかいないみたいですね」
兵錬場へ行くといつも通り訓練をしてたんでグレッグに事情を説明するとすぐに理解してくれた。やはりこういう人間がコーチの側に立ってくれると教えられる側も楽でいいよね。
「そんな訳だから、馬作ったら1回乗ってみて」
「構いませんよ。ワタシとしても少年が作った馬の乗り心地やクセなどを確認してみたいので」
「それじゃあまたあとで」
という訳ですぐに倉庫に戻って亜空間から鉄板と魔道インクもどきを取り出す。
さて……俺が魔法で動かしてた時は馬が走るがごとく動きを再現してたけど、現状の魔道具知識でそれを再現できるわけがないんで、何か代替案を考えねば。
手っ取り早いのは土板だね。これに風魔法の魔法陣をいくつか埋め込んで浮かびながら前進する感じにすれば乗り物としては完成だけど、安全性は皆無。特に急ブレーキでもしようもんなら人間ミサイルと化すのは目に見えてる。
「どうすっかな」
最悪、知らぬ存ぜぬで送り出しても問題はないだろう。あの脳筋アリアを相手に赤子の手をひねるようにあしらう実力者だ。そうなったとしてもどうにかして危機を回避するだろ。
……まぁ、一応そこまで速度は出んようにしとこう。時速50キロくらいでいいかな? 魔石は始祖龍からもらったの1つで広場の魔道具が動いてるから、ゴーレムの魔石が潤沢に残ってるんでそれを何個か設置して、最後に馬の形に直せば試作1号機の完成だ。
「どれどれ……」
試運転もかねてスイッチオンとした瞬間、1メートルくらい浮かび上がりながら原付くらいの速度で走り出したけど、宙に浮いてる関係か左右に曲がるのにバイク並みに身体を傾けないとピクリともしないし、傾きすぎるとクルンと上下が反転するからちょっと危険だな。
うーん。そうなると馬の形は魔道具としては不向きだな。安全性を考えると飛行機みたいに翼を付けた方がいいだろう。受ける抵抗がデカけりゃさっきみたいに反転しにくくなるだろう。
「……うん。大丈夫だね」
試しに体重の軽い俺が思いっきりやろうとしても反転する事なく緩いカーブを描くだけでに留まる。うし。これで一応の完成として、後はグレッグに実際に乗ってもらって具合を確認してもらおうかね。
「ああ。やはり少年の仕業でしたか」
「うん? どったのグレッグ」
声に振り向いてみると、グレッグと銅級冒険者3名が珍しく完全武装した状態でそこにいた。
「村人達から魔物が村の近くを飛んでるって報告がありまして」
「んで、オレ等がこうしてやってきたら、リックがのけぞりながら変なモンに乗ってぐるぐる回ってたわけだ」
まぁ、あれだけ派手にやってりゃ見つかりもするか。とはいえ肝心なのは亜空間がバレない事だからね。それに比べりゃ村人達が騒がしくなるのは比較にならんよ。
「魔法?」
「うんにゃ移動用の魔道具だよ。後は微調整するだけだからグレッグ。乗ってみて」
「ワタシは馬が用意されるのだと思っていたのですが?」
「あれは旋回性能が悪いから却下。こっちは安定してると思うから乗って確かめて」
「ええと……先程の様に弓なりにのけぞれば良いですか?」
「普通に馬にまたがるようにしてくれりゃいいよ」
俺の説明を聞いてあからさまにほっとしながら跨られるのはなんか釈然としない。それじゃあまるで俺がいっつも変な事をしてるようじゃあないか。
「ふむ……意外と速度が出るのですね」
「一応ゴーレムの魔石を3つ使ってるから強力だよ。曲がる時は体を傾けて」
「ほぉほぉ。こうですか?」
言われるがままグレッグが体を傾けて体重を右にかけると右に。左にかけると左にといった感じで、おおよそ俺の想像通りの機能をちゃんと果たしてくれる。
「悪くないですね。しかしこの砂埃はどうにかならないのでしょうか」
「どうにもならんね。低く飛びすぎるとこの翼の意味がなくなるし、取り外すと著しく操作性が悪くなるからね」
「試しに外してもらってもよろしいでしょうか」
「いいよ」
という訳で一度着陸。翼部分から魔法陣を取り出し、翼を切り取ってグレッグが大空にテイクオフ。さっきみたいにグイっと身体を傾けた瞬間、体重が俺の倍以上あるせいか一瞬で上下が逆になり、グレッグが落下。
「これは確かに危険ですね」
特に心配する必要もなく空中で態勢を整えて普通に着地。コントロールを失ったゴーレム馬は俺が魔法で回収。
「どうする?」
「翼アリでなければ不可能ですね」
という訳で、もう1回パパっと翼をくっつけたゴーレム馬にまたがって、グレッグは声デカ伯爵に手紙を届けるために村を後にした。
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