第107話

「……うん。今日は静かだ」


 昨日と違って今日はいつも通りの時間に起きる事が出来た。これは非常に喜ばしい事である。

 確か今日は、兵錬場での訓練がある日だとか言ってたっけ。そのおかげでいつもの時間までぐっすり寝れたから万全の体調——とはいかんけどいつも通りの調子だ。

 パパっと着替えを済ませていつも通り氷を設置しながらいつも通りリビングにやってくると、なぜかいつも通りじゃない光景があった。


「チッ」

「目が合うなり舌打ちってどうなの?」


 そんな事をしたのはもちろんアリア。

 その行為にエレナがにこやかな笑顔を見せてるが若干怖い。多分後で説教されるだろうけど俺には何の関係もないんで復讐とかは筋違いと言いたいが、恐らく何かしらの被害にあうだろうな。アリアはそういう性格だ。


「起きてきたか。とりあえず座れ」

「元からそのつもりだけど、訓練してないって珍しいね」


 脳筋アリアが訓練をしない日なんて存在しない。なぜなら俺が生まれてから一度も病気した姿を見た事が無いからな。馬鹿は風邪をひかないとかって言葉があるように、アリアはその脳筋ぶりでウイルスを蹴散らしてるんだろう。


「痛っ⁉ なに?」

「なんかムカついたから」

「父さん。アリア姉さんが訓練できない腹いせに俺を殴るんだけど?」

「はぁ……とりあえず話を進める。ここにアッシュフォード伯爵から手紙がある」

「……誰?」


 突然アッシュフォード伯爵と言われても、俺の記憶の中には該当者がいないんで、返す刀で返答したらため息まじりに王都に向かう途中で馬車を引っ張り上げたろと言われて声のデカい巨人貴族が記憶のゴミ箱から飛び出してきた。


「あぁー。あの声のデカい人ね」

「……そうだ。そのアッシュフォード伯爵から、パーティーの招待を受けた」

「ふーん……」


 何せウチは成り上がり貴族。大抵の貴族から馬鹿にされてる上に他の追随を許さない戦果を挙げて王家とも関係は深い。それを妬む烏合の衆からの妬みや恨みが強いから他貴族から招待されるなんて事は一生ないかと思ってた。


「で? 行くの?」

「行くに決まっているだろう。戦友で気心が知れた仲とはいえ相手は上位貴族だ。昔ならいざ知らず、今では多少領地を離れても問題がないからな」

「じゃあアタシも行きたい! 伯爵って事は強い兵士や騎士が居るでしょうから一戦交えたいわ!」


 キラキラした目でそう告げるのは当然アリア。まぁ、ヴォルフやグレッグ以上の実力者がそうそう居るとは思えないけど、しばらく居なくなってくれるのであればこっちとしても静かにぐーたら出来るのでありがたい。


「構わんが、あまり無茶はするなよ」

「良かったね。アリア姉さん」

「ええ! 伯爵家ともなれば実力者が沢山居るでしょうから楽しみだわ!」


 ふんすふんすと鼻息荒く気合十分なアリアの姿に、俺はうんうんと頷く。どのくらい居なくなるのか知らんが、その間は悠々自適なぐーたらライフが送れそうだ。そう思うと自然と笑みがこぼれる。


「ちなみにだが、伯爵はリックに参加要請を出している」

「まぁ、だとしても行く気は欠片もないけどね」


 指名されようが何しようがここから出ていくつもりは毛頭ない。王都に行くのだってマジで嫌だったんだ。それに劣る権力者を相手に俺を引っ張り出そうなど笑止千万過ぎるわ。


「お前ならそう言うと思った。しかし、例の腐葉土とやらがあれば畑は大丈夫なんだろ?」

「そうだけど氷魔法を毎日置かなきゃなんないし、兵錬場の武具を作ったり泥道を直したり、氷室だって放っておいたら食材腐るしね」


 この地の熱期はあと半年くらい続く。当然毎日設置しなけりゃ氷はあっという間に解けて、残るのは熱風をまき散らす邪魔な魔道具が残るだけ。グレッグの訓練で毎日のように武具はぶっ壊れるし、泥の道は熱期の猛暑であっという間に元の荒野に戻るからな。

 うんうん。普段から面倒な仕事だと思ってたが、こういう時の言い訳としては持ってこいだ。


「うーん……確かに食材に関しては何とも言えんな」

「そうだね。前は明期だったからひと月大丈夫だったけど、熱期は無理」


 明期であればまだ冷期の寒さも残ってたから大丈夫だったけど、ここの熱期は朝だろうが夜だろうが暑いんで、氷室の氷もあっちゅう間に溶けるから頻繁にガキ共がやって来る。


「……仕方あるまい。伯爵には父さんから事情を説明する事にする」

「そうしといて」


 まぁ、行けたとしても行くつもりなんてないけどな。


「しかしなぜ急にパーティーの誘いなど来たのでしょうか」

「だねー」


 サミィの疑問ももっともだ。小説とかで知る限り、貴族ってのは社交会をやりまくってるイメージがあるにもかかわらず、我が家にそういった類の手紙なんて俺が知る限り一通もない。


「王都に向かう際にリックの魔法を目の当たりにしたからだろう」

「あの程度で?」


 個人的にはぬかるみから引っ張り出して整地した程度だ。あんなのは無魔法と土魔法が使えりゃそう難しい事じゃない。ぐーたら道を突き進む事が出来れば誰だって出来るようになる程度のものでしかない。


「リックからすればそうかもしれないが、ああも事無げにやれる魔法使いは父さんでもあまり知らないぞ?」

「きっと俺と同じでぐーたら道を突き進んでるんだよ」


 魔法使いとして強くなりたいなら、とにかくぐーたら第一主義で生きるのが最短だと俺は思う。

 朝目を覚まして戸板を開けたり顔を洗ったりするのにいちいち詠唱するのは時間の無駄だし、ぐーたらの観点で言えば働いてると捉える事も出来なくもないので、極めるためには労働を排除して生活する必要がある。


「確かに。アンタの魔法が凄いってんなら、他の連中も同じくらい怠け者って事でしょ? そりゃあ表に出てこないわよ」

「確かに。たとえ王家への仕官だとしてもぐーたら出来ないんでと言って断りそうだ」

「当然だね」


 うんうん。2人とも少しだけぐーたらの何たるかを分かっているようだ。魔法が使えれば王家なんぞに仕えなくとも金はいくらでも稼げるし、極を目指そうとすれば自ずと無駄な消費はしない。一食を豪華にするより、3食手間のない物を食うのがぐーたら道也。

 まぁ、本当に俺みたいのが居るのかどうかは知らんけどね。


「はぁ……とりあえず伯爵には参加する旨を手紙で送るか」

「間に合うの?」

「開催は来月か……グレッグに頼むから手紙と一緒にゴーレム馬を持って行け」

「はいよ」


 グレッグであれば、実力的にも申し分ないから問題ないだろう。

 だが、ヴォルフのこの決定に異を唱える脳筋姉が1人。


「えーっ! じゃあ帰って来るまで午後からの訓練はどうするの!」

「村の連中を相手にすればいいだろう」

「あいつら弱すぎるから訓練にならないのよ。父さんじゃ駄目なの?」

「父さんは昼からも書類仕事で忙しいからな」

「それじゃあお勉強をしましょうかー」

「うん! 村の連中で我慢するわ!」


 よほど勉強が嫌らしいアリアはエレナからの提案に速攻で手のひらを返した。


「1日訓練できないくらいで大げさだなぁ」

「アンタは1日ぐーたら出来なかったらどうなのよ」

「現在進行形で出来てないから文句はないけど?」


 俺が究極のぐーたらを実践できるのは10年後か20年後か。とにかく今じゃない。1日中ぐーたら出来たのなんて小学生低学年くらいの冬休みくらいだろう。夏は宿題があるし、中学高校は受験勉強。大学は就職活動で社会人ではブラック漬け。

 そして今も……はぁ、俺はぐーたらの神から愛されてないのかね。


「ちょっとアンタ大丈夫?」


 ボケーっとそんな過去に思いをはせていると、ガックンガックンと体を揺さぶられる衝撃で意識が現代に帰還した。


「急に何?」

「それはこちらのセリフだよ。君が急に静かになったと思ったらどんどん目から光が無くなっていくんだから心配にもなるさ」

「少し考え事をしてただけだから気にしないで」


 そんな心配されるくらい酷かったかな? 確かに恨み辛みは多少あったが、あのアリアまでもが結構マジな顔つきで心配されるほどとは思いもせんかった。


「それじゃあお話はおしまいねー。リックちゃんご飯の用意手伝ってー」

「はーい」


 とりあえず、ここを離れる事になりそうになくて一安心かな。

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