第106話

「さーて。寝るか」


 朝飯を食い終わり、いつも通りの畑仕事を終えてやる事が無くなった俺は、朝損した分の睡眠時間の補填をしようとベッドにもぐりこんだところで扉をノックする音がしたが普通に無視する。


「いないのか――っているじゃないか。無視をするな全く……」


 ため息まじりに侵入してきたのはヴォルフ。


「なんか用? 俺寝ようとしてんだけど」

「ああ。実は来月に領地の調査を兼ねた遠征訓練を行おうと――」

「俺は行かないかんね」

「そんな事は分かっている」


 さすがにそこまで馬鹿じゃなかったか。

 ただでさえ王都なんかに行ったせいで麦の品質と収穫量が落ちてるんだ。これ以上そんな真似をするつもりは毛頭ない。それは腐葉土が手に入ったとしても変わる事はない。


「じゃあなに?」

「遠征に際して干し肉などの食事も運ぶわけだが、それを乗せる荷車を作っておいて欲しいんだ」

「別に構わないけど、それって魔道具にしていいの?」


 魔道具にするんならちょっとだけ手間がかかる。あの馬車も色々と微調整に時間を使ったからな。


「普通でいいが一応軽くはしておいてくれ」

「はーい」


 とりあえず話は聞いたんでのそのそベッドにもぐりこもうとしたんだが、ヴォルフに頭を鷲掴みにされて引きずり出される。


「はーい。じゃなくてさっさと取り掛かれ」

「魔道具じゃないなら当日すぐに作れるから大丈夫だって」

「本当だろうな?」

「俺が魔法得意なの知ってるでしょ? 荷車くらいあっという間に作れるって」


 キノコの里でパパっと作った経験があるし、ついでに軽量化のノウハウもある。耐久度はどんなもんか知らんけど、壊れるのもまた訓練。


「あ。そうだ。遠征するならグレッグ達にキノコの里に手を出すなって事と、ウルフが出るようになったって事を伝えといて」

「あぁ……そういえばそうだったな」


 おかげで昨日の夜も、今日の朝も肉がたっぷりで非常に満足のいく食事だった。これから頻繁にあんな食事になるのは個人的にも村的にも喜ばしい。


「居たら肉を回収してきてくれれば、定期的に新鮮な肉が食えるようになるね」

「ふむ……そこまで自然が豊かになっているのか」

「結構凄いよ。あいつ等は役に立つ」


 水さえ与えておけば勝手に生活するし、自然も良い方向に向かう。おまけに金になるとなれば生かさない理由がない。


「確かにな。金だけでなく肉まで運んできてくれるとはな。伝えておこう」

「これで干し肉生活とおさらばできるといいんだけどね」

「それはウルフの数次第だな」


 ってな感じで話が終わり、俺はベッドに。ヴォルフも特に何か言うでもなく部屋を出て行ったんで憂いなくぐーたらを謳歌できるぜ。


 ——————


「んが? こんなモンか」


 命の危機に瀕すると鍜治場の馬鹿力が発揮されるなんて話はよく聞くが、時計のない生活を何年も続けてると自然と決まった時間に起きられるようになった。今は昼少し前くらいで、スープのいい匂いがしてる。


「さて……と。氷だな」


 寝る前に氷魔法でキッチリ冷やしてあった部屋を一歩出るだけで焼けつくような熱気が侵入してきたことに、眉間にしわを寄せながら所定の位置に氷魔法を置きながらリビングに。


「あぁリック。待ってたよ」

「はいはーい」


 汗だくのサミィに苦笑しながら各所に氷を設置し、軽ーく風魔法で換気をすれば多少は涼しくなる。


「ふぅ……ありがとう」

「なんのなんの。じゃあ台所に行くねー」


 あっちの方がより暑いからな。氷なんて置いたところで速攻で溶けるんで、魔法の力でエレナに涼を与える。これも立派な仕事だ。

 少し急ぎ足でキッチンに行ってみると、扇風機を床に置いてスカートの中に風を通してるエレナの姿が。


「母さん、何してんの?」

「っ⁉ あ、あらリックちゃん。お手伝いに来てくれたのー?」

「ん……まぁ、それよりも――」


 この世界基準で随分とはしたない事をしてたよねー。尋ねかけたところで、顔の下半分に目にも止まらない速度でアイアンクローを叩きこまれた。


「なにも見てないわよねー?」


 ニッコニコ笑顔でそんな事を言われては頷く事しかできない。下手に反論しようものならどんな結末が待ってるか……想像するだけで身震いするぜ。


「うふふー。ご飯作っちゃいましょうかー」

「だね」


 なので今やってた事には一切触れず、氷魔法と風魔法を併用して室内の気温をぐぐっと下げる事にしておく。


「はぁー。涼しいわー。ありがとうねーリックちゃん」

「なんのなんの。それよりもいつも熱いご飯だと母さんもつらくない?」

「そうねー。夜になれば少しは大丈夫なんだけどー。やっぱり辛いわねー」

「うーん……氷の魔法陣がどんなもんか分かればもっと涼しくなる魔道具が作れるんだけどねー」


 王都からの届き待ちの魔道具の本に描いてありゃあいいんだけど、氷魔法はめっちゃレア魔法らしいから難しいのかな? フェルトか始祖龍に聞けばもしかしたらわかるかな? でもそれで作ったとなると、どうやって知ったん? となると誤魔化すのが面倒そうだからやらんけどね。


「分かるといいわねー」

「だねー」


 ——————


 とりあえず、扇風機を数台追加で作る事で誤魔化そうという事になって昼飯を終え、さすがに畑仕事をせにゃあならんので村の畑に行ってみると、1人の例外なくおっさん連中はゾンビの様に力なく手入れをしてるのはマシな方で、道端にぐったりしてたりうなだれてたりしてる。


「どーしたおっさん。元気ないぞ!」

「うぎゃあ……。そっだな大声は頭に響くから止めてけれ」

「何言ってんだよ。こちとら畑仕事に来たんだから様子を見てもらわんと!」

「わかっただ。分っただから大きな声さ出さねぇでくだせぇ」

「まぁ、飲むなとは言わんけどもう少し量を減らせば?」

「それは無理ってモンでさぁ」


 ここ最近は酒の購入量を増やしてるから随分と死屍累々の光景が広がるようになってきたけど、一晩で飲み干さずに一か月かけてちびちび飲めば適度なストレス解消になるし、何よりひどい目に合わないと思うんだがなぁ。

 このままこんな生活を続けるといづれ急アルにでもなりそうで怖いな。


「とりあえずさっさと畑行くよ」


 げしげしとおっさんのケツを蹴っ飛ばしながら各畑を回って一仕事を終え、そういえば広場に氷を作らんとなーと向かってみると、そこには村の奥さん連中と一緒になぜか魔法使いの姿があった。


「なにしてんの?」

「ああリック様かい。ちょいと悪いんだけどこれ何とかしてもらえないかい?」


 これというのはもちろん氷柱の事を言ってるんだろう。まぁ、今はすっかり氷が解けて上の魔道具がじりじりと熱い風を村中に広げるちょっとだけ邪魔な存在と化している。


「まぁ、その為に来たから別にいいよ」


 とりあえず魔法使いを無視してパパっと氷柱を作り上げ、無魔法で魔道具の上に降り立ち魔石に魔力の補充もしておく。


「いやー。ありがとうね」

「いいよいいよ。そんな事より、なんでここに居るの?」

「魔法の訓練。ここ涼しい聞いた」

「あー確かに」


 このクソ暑い村じゃあ、簡単石を握って寝っ転がってるってのが非常に難しい。炎天下でやりゃあ間違いなく脱水症状や熱中症で酷い目に合うのは確実で、最悪の場合はそのままお陀仏って事を考えると、ここで訓練するのは理に適ってる。氷がある状態であればだけどな。


「でも全然だった」

「だろうね。氷溶け切ってたし」


 いつもは朝飯を食い終わってから畑仕事のついでにこなすはずだったが、今日は睡眠不足のために昼までの時間を使って思う存分ぐーたらした結果、水の一滴すら蒸発しきった広場に変わり果てた。


「これで、訓練できる」

「だねー」


 だが、いくら涼しくなったとはいえこの炎天下で寝転がるのはどうなんだと首をかしげると、魔法使いがこちらをじ……っと見つめてくる。


「なに?」

「詠唱、短い」

「なに? まだできないの?」

「全然。コツ、聞きたい」

「前にも言ったけど詠唱は要らんって気持ちで魔法を使うだけだよ。『発火』とか『突風』とかこんな感じ」


 一応やって見せても首をひねるばかりでどうにも理解しがたいらしい。何が難しいのかさっぱり分からん。あのキノコ達ですら短縮するどころか無詠唱ができるって言うのに、どうしてこの魔法使いは出来ないんだろう。理解できん。


「詠唱、要らない。詠唱、要らない……『発火』」


 杖を構えて単語を口にするも魔法は発動しない。そんな姿を見てなるほどと納得できた。


「いきなり短縮しすぎだと思うよ?」


 火付け程度の火魔法を使うのにどのくらいの詠唱が必要なのか一切知らんけど、いきなり単語だけでやれるようになろうと言うのはかなり虫が良すぎる話だろう。


「え……」

「ちなみに発火くらいの詠唱ってどんな感じ?」

「……火の精霊よ、魔力を糧にその力の一端を与えたまえ」


 長ぇな。たかが着火のために長ったらしい構文垂れてらんねぇっての。そりゃあデカくても魔道具使うわな。


「威力上げると長くなる?」

「当然」

「ならどっか削るくらいから始めたら? いきなり単語だけじゃ無理っぽいし」


 そう説明すると、しょぼくれて元気がなかった魔法使いが少しは元気になって何やらぶつぶつ言い始めたんで多分大丈夫だろう。

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