第105話

「ふあ……っ。うるせぇ」


 いつも通りの目覚め――って訳じゃない。昨日やって来た商隊が数日居る訳だが、その間は基本的に安眠は望めない。

 なぜなら体力お化けの脳筋アリアが朝っぱらから護衛としてやってきた冒険者との手合わせに没頭するせいで、外でカンカンキンキンうるせぇおかげでいつもより2時間は早く起こされる。


「あぁ……眠い」


 ここで、風魔法で音を遮断すればもうひと眠りする事が出来るんだけど、1回それをやった結果としてアリアから豪快なアイアンクローをくらったままリビングまで運ばれた何とも痛過ぎる記憶があるんで使わない。

 とりあえず、大きく伸びをしてから水魔法で顔と頭を軽く洗って目を覚まし、のろのろと着替えを終えてリビングに顔を出すといつものようにサミィがのんびりとしていた。


「おはよー」

「ああおはよう。いつも通り眠そうだね」

「眠そうじゃなくて眠いんだよ。朝っぱらからガンガンギンギンうるさくて仕方ない」

「ふふふ。これでしばらくは寝坊せずに済みそうじゃないか」

「睡眠不足はぐーたらの大敵なんだよ。はぁ……せめて訓練所でやってほしい」


 あそこであればここから随分と距離があるんで、いくら暴れようがこっちまで爆音が響くような事はないんで、朝飯の時間までゆっくり寝る事が出来るって言うのになぁ。


「あはは。そっちはそっちで訓練の最中だからね。邪魔をしては悪いと思ってるんだろう」

「え? 自警団は朝からも訓練してるの?」

「そう聞いているよ。毎日という訳ではないらしいけど、今日はたまたまその日だったんだよ」


 うーむ……朝っぱらからグレッグの訓練をやらされるってどんな地獄だよ。というか本当に俺以外の人間は早起きだよなぁ。正直言って生き急いでんじゃないかと時々不安になるよ。


「本当に良く逃げ出さないよねぇ。俺だったら間違いなく別の村に行くと思う」

「あはは。リックにはそう見えるかもしれないけど、この村はリックのおかげで随分と暮らしやすくなっているんだから逃げ出す事はないだろう」

「うーむ。俺にはよく分からんね」

「それは仕方ない。キミには魔法というどこでも生きていける力があるからね」

「なるほど」


 確かにそうだな。俺には魔法があってこの世界では希少な存在で、働こうと思えば就職先は世界中にある。なので、俺の感覚としてはちょっと嫌だなーと思えば逃げ出せるが、何の力もない村人たちはそうもいかん。うーむ……知らず知らずのうちに傲慢になってたみたいだ。


「納得できたかい?」

「うん。サミィ姉さんのおかげで納得できた」

「それは良かった。キミには多くの村人が感謝をしているんだ。もちろんボク達も」

「1人そんな素振りが見られないのが居るんですけど?」

「あはは。アリアはそういうのが苦手なだけで、ちゃんと感謝してるさ」

「本当かなぁ……」


 とはいえ馬鹿正直に「俺に感謝してる?」なんて聞いても素直に答えるような性格じゃないし、そもそもアリアが感謝してるのかどうかも怪しい。


「まぁ、とにかく村人が居なくなるという心配はしなくても大丈夫って事さ」

「分かった」


 要は減らなけりゃなんだっていい。だが増えるのは大歓迎だ。来月から腐葉土だったり野菜の生育なんかも始める予定だからな。マンパワーは多いに越した事はない。


「じゃあ母さんの手伝いに行ってくるねー」

「ああ。頑張ってくれたまえ」


 リビングを離れてキッチンにやってくると、いつも通りエレナが鍋の前に立っている。


「あらおはよー。早いのねー」

「外がうるさすぎるんだよ。だから手伝いに来ました」

「じゃあ少し火力上げてくれるかしらー?」

「ふえーい」


 言われるがままに竈に火魔法を放り込んで火力を上げる。お手軽で便利なうえに微調整も利くからやっぱ魔法は最高だね。


「それじゃあちょっと食材取ってくるから頼んだわよー」

「はーい」


 まだ食材を入れる前らしく、鍋の中には何の食材も入っていなかった。懐かしいと言えるほど昔じゃないけど、数年前まではここに野菜の切れ端が少し入った薄い塩味のスープが普通だったんだが、今じゃあ具沢山。何とかここまで食えるようになってきたけど、飽食の時代を生きたおっさんとしては理想には程遠い。


「どうしたのかしらー? じーっと鍋を見てー」

「いやー。ようやくスープの具が潤沢のままひと月過ごせるようになったなーと思って」

「本当ねー。それもこれもリックちゃんのおかげなのよー」

「うーん。サミィ姉さんも言ってたけど、そこまで?」


 もちろん最悪の状況を脱しつつあるという自覚はあるけど、地球と比べりゃそこまで褒められるレベルじゃないんじゃない? ってのが素直な本音だ。


「そこまでよー? 何せリックちゃんが生まれるまではこういったスープを食べるのも珍しかったんだからー。それと比べると今はとても豊かになったわー。我が家の息子となってくれてありがとうねー」

「はぁ……」


 とりあえず頑張ると言った言動は避ける。豊かになるのはこっちも願ってる事だけど、だからと言ってキッツイ労働はノーサンキューだ。


「まぁ、とにかくゆっくり豊かにしていこうよ」

「あらー。これ以上豊かにしてくれるのかしらー?」

「当然。その為の魔道具だし、頼んだ腐葉土なんだから」


 腐葉土が定期的に手に入るようになれば、俺が毎日土魔法を使う必要が無くなるし、魔道具が潤沢に使えるようになれば夏は涼しく冬暖かに過ごせるうえに洗濯も料理も時短時短で暇が増えるとなると、自然と子作りが盛んになって住民が増えて労働力が増える。

 このサイクルが2世代3世代と続けば俺は悠々とぐーたらライフを謳歌できるだろう。欲を言えばどこからともなく移住希望者がやってきて速攻でぐーたらしたいが、そんな奇特な連中は生まれてこの方見た事が無い。


「でもー、本当にそんなものがあるのー?」

「あると思うよ。最悪森の土を持って来てもらえれば何とかなると思うし」


 何せ青々と木々が生い茂ってるんだ。ここの土と比べりゃ天と地ほどの差がある。自作出来りゃ経費削減になるだろうけど、木々どころか雑草も生えん不毛の地でそんなもんが作れるはずがない。

 なので金で解決する。幸いな事にぬいぐるみの収入は結構な大金だ。サイズはまちまちだが日給金貨5枚は濡れ手で粟どころじゃないほどのぼろ儲け具合だ。その金払いの良さに関しては尊敬してもいい。


「わかったわー。とりあえず、魔道具を作ったらお母さんに見せに来るのよー?」

「別にいいけどなんで?」

「なんでもよー」

「はぁ……」


 よく分からんが、口答えをするのはいかん空気を瞬時に察知。一応今までのも見せてきた気がするんだけど、あえて口には出さない。言うと嫌な空気になりそうだからね。


「はーい。それじゃあそろそろ出来るからお父さん達を呼んできてようだーい」

「はーい」


 逃げるようにキッチンを後にして中庭に行ってみると、そこではアリアとヴォルフのいつもの訓練じゃなくて、ギンとリーダー対ヴォルフという変則マッチが行われてた。

 てっきりアリアとやりあってんのかと思ってたが、どうやら違ったらしい。


「朝から元気な連中だねぇ……」

「アンタが元気なさすぎるのよ」

「これでも元気いっぱいだけど?」


 眠いっちゃ眠いけど、普通に歩いたりできるし魔法の操作を間違ったりする事もないくらいにはちゃんと目が覚めてるし元気だ。


「しっかし……2対1だって言うのに父さんは余裕そうだね」


 ギンとリーダーは随分と素早く動いてるのに対し、ヴォルフは立ち位置から大して動く事なくそれらをさばいている。こういう姿を見るとさすが救国の英雄という他ないが、いつもはただの酒ジャンキーだ。


「当たり前でしょ。父さんを誰だと思ってるのよ。救国の英雄なんだからそんじょそこらの冒険者より強いに決まってるじゃないの」

「アリア姉さんは混ざらないの?」

「2人がやりたいっていうから代わってあげたのよ」


 なんでも、いつも通り訓練をしてたらギン達がやってきて、ギンがいつもの調子でヴォルフに手合わせを頼んだところあっさりOK。もちろんリーダーはその脳天にフルスイングの拳骨を叩きこんだらしい。

 そんな感じで始まった戦闘で俺はぐーたらの世界から引っ張り起こされた訳か。許せんな。


「まぁ、そろそろ朝ごはんだから止めてもらおうかね。水流」


 腕を横に薙ぎ払う動きに合わせて水魔法で3人を薙ぎ払う。

 ヴォルフは魔法が使えるから素早く気付いたみたいだけど、こっちも逃がすつもりはないんでかなり広大にしたんで諦めたような表情でこっちを見ていて、残りの2人は普通に流された。


「やれやれ。こんなやり方をしなくてもいいんじゃないか?」

「安眠を邪魔された恨みだよ」

「今のリックの仕業かよ。せっかく身体が温まってきたとこだってのに……」

「そっちの都合よりこっちの都合だからね。って訳で帰った帰った」

「わーってるよ。そっちの嬢ちゃんもまたやりあおうぜ」

「今度こそ1本取ってやるわ!」


 ギン達が去った後、ヴォルフを水魔法で綺麗サッパリ洗い流して悠々と朝ご飯をいただきました。

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