第104話

「はーい到着ー」


 村に戻ってくると、いつも通り村人が馬車にいる従業員奴隷から食料などを受け取っている。

 そんな馬車のそばには見慣れた魔法使いがいて、こっちをじっと――というか睨みつけるように見つめてくる。


「ご指名のようだな」

「なんか悪い事したかなぁ?」


 そもそも恨まれるほどかかわりが深い訳じゃない。せいぜいが同じ魔法使いにどうやって無詠唱やってるん? とかそのバカげた魔力量になる方法教えてちょんまげって聞かれるくらいで、あそこにいるのにも例に漏れず同じ事を聞かれたから、同じ言葉を返した程度に過ぎない。

 これのどこに恨まれる理由があるのかさっぱりだが、何かされた所でフェルト以下の魔力じゃあ俺は殺せないからと近づく。


「よっす。久しぶりだけど修行してんの?」

「当然。どう?」


 自信満々そうに胸を張ってる姿からすると、きっと増えてるんだろう。しかし残念ながら俺にはその差がよぉ分からん。

 毎日会ってりゃ気付けてるのかもしれんけど、この魔法使いと会うのは2か月ぶりで、そこまで期間が空いたら覚えとらん!


「増えてるんじゃない? よぉ分からんけど」

「むぅ……。自信あった」

「まぁ、これからも精進しなよ。そうすればぐーたらの道も見えてくるから」


 ぐーたら道に近道ナシ! 魔力を増やし、魔力操作を精緻にする事が一番の近道だからな。ここで気を抜いて止めたりしたらその倍は苦労すると思わんと――知らんけど。


「ぐーたら、興味ない」

「そうなんだ。詠唱の方はどう?」


 何の気なしに聞いてみたら眉間にしわを寄せて俯く。それだけで芳しくないんだなぁってのがよく分かるけど、そう難しい事を言ってるつもりはないんだけど、今まで出会った中で同じ事が出来るのがフェルトくらいしか知らんのが不思議だ。


「そんな難しいかな? 詠唱なんてのはどっかの誰かが適当に作ったもんだから要らねーって思いながら魔力を込めて単語を言うだけなんだけどね」

「うん? それはリック少年がいつもやっている事だな」

「そ。何も難しくないでしょ?」


 何も難しい事は無いんだけど、誰も出来たのを見た事が無い。まぁ、だからと言ってどうにかなるって訳じゃない。せいぜいが数秒の無駄遣いだなーと思うくらいで、ぐーたらライフの邪魔をしなければ基本的にはどっちだっていい。


「ふむ……聞くだけであれば確かに簡単だが、それほどまでに困難なのか?」

「難しい」

「まぁ、とにかく頑張りな」


 特に興味もないんでササっと会話を切り上げて家に戻ると、こっちでも当たり前だけど奴隷従業員達が倉庫と馬車の間を行きかって食料を運び込んでる光景が続いてたんで、倉庫内に氷魔法をぶっ放して上がっただろう室温を氷点下近くまで落とす。


「やはりこういった時期の氷魔法は便利という他ないな」

「だよねー。これを魔道具で再現できればよりぐーたら出来るんだけどねー」


 それが完成すれば、家の中限定だけど熱期とはおさらばできるようになるし、生物の保存も容易になる。幸いな事に、距離はあるけど生肉確保の目途が立ったんでますます需要は高まるだろう。

 ワンチャン王都から届けられるだろう新しい魔道具の本に氷の魔法陣でも描かれてりゃ、ここの熱期の暮らしはめっちゃ楽になる。


「出来た暁には是非とも我が商会に売ってもらえるとありがたいんだがな」

「それは無理だねー。舌の根が渇かないうちによくそんな事が言えるねー」


 砂糖の秘密も守れんような商会に、それよりはるかに便利であろう氷の魔道具を売るなんてありえないからな。曖昧な返事はせずキッチリ拒否。


「……仕方あるまいな。とはいえ取引は続けてくれるのだろう?」

「そうだねー。父さんも母さんも他に商人の知り合いが居ないらしいからさ」


 もしも他に知り合いがいたら2・3か月くらいで取引先を変える予定だったんだけど、あいにくとそう言った展開にはならなかった。まぁ、もしかしたら隠してるのかもしんないけど、今のところはそれを強引に聞き出そうというレベルじゃない。

 まぁ、聞き出すレベルになったところでエレナには無理だな。多少魔法に自信があると言ってもあの迫力の前には借りてきた猫になるしかない。


「こちらとしては助かったな」

「まぁ、それでもナントカ伯爵の対応次第で今後の取引額が変わると思ってね」


 一応ヴォルフから伯爵自身は中立側の貴族であるとは聞いてるけど、他の連中が銅貨は知らん。事実、ルッツが連れてきたアレは不快な奴だった。恐らくない事ない事に膨らし粉をたっぷりと添加して件の伯爵に伝えるだろうから、来月は相当高値で買い取ってもらわねばな。


「少年もいつか分かる時が来る。アークスタ伯爵は相当なやり手だとな」

「そういえばルッツもそんな事言ってたね。だったらそんな相手に砂糖売らなきゃよかったんだよ」


 確か……頭が切れる上に武力もそこいらの腕自慢じゃ当ても足も出ないんだったけ? それだけの傑物だってのに、白砂糖を手に入れるために厄介な奴を送り込んでくるなんて……はぁ、嫌だ嫌だ。俺はぐーたらがしたいだけなのに、勝手に厄介が舞い込んでくる。

 こういう時は夕方までぐーたらするに限るって訳で、副会頭に別れ告げて裏庭のハンモックでのんびりしようかと思ったところに背後から脳天を鷲掴みにされた。


「ようやく帰って来たわね」

「その声はアリア姉さんだね。なんか用?」

「んー? ちょっとアンタの魔法が借りたいからついてきなさい」


 まぁ、ついて来いと言いながら脳天を鷲掴みにされてるんで有無を言わさず引きずられるままに連行された先には、なぜかギンとリーダーの他にヴォルフが居た。


「来たかリック」

「まぁ、来たって言うか連行されたって言うか……なんか魔法が必要だって聞いたんだけど……酷い有様だねぇ」


 裏庭として使ってる一帯は、グレッグの奥義? 的な一撃で開けられたような大きさよりは小さいけど、いくつものクレーターがそこかしこに。


「随分暴れたみたいで」

「おう。やっぱ英雄と手合わせさせてもらえるっつったら本気でやらねぇと」

「その結果がこれって事か」


 ちらっとヴォルフに目を向けると、特に息が上がった様子はないが、ギン達の方は結構呼吸が荒い。つまり、2人を相手にしても何の問題もなかったという事になる。酒ジャンキーという事実で隠れてるけど、一応救国の英雄なんだったっけ。


「ちなみにどうだった?」

「いやー。やっぱ強ぇわ。オレ達も銅級に上がってちっとは強くなったと思ってたが手も足も出ねぇんだから。さすが国を救ったってだけはあるわ」

「いや。お前達も筋は悪くないぞ。歳を考えればこれからまだまだ伸びるだろうからな。いずれは金級にも手が届くんじゃないか?」

「英雄にそう言っていただけると励みになります」


 ギンの手放しの称賛にヴォルフは随分と嬉しそうだ。まぁ、最近の仕事はもっぱら事務仕事ばっかだからな。こうして体を動かす事でストレス解消になれば地面の修理くらいお安い御用。

 むしろ、ストレスをためた結果、ぽっくり早死にされる方が俺にとっても、ぐーたら道にとっても迷惑だからね。


「少しはスッキリした?」

「そうだな。多少は事務仕事で鈍った身体がほぐれた気がする」

「じゃあ修復するからどいたどいた」


 居られると巻き込むから一時退場してもらう。まぁ、居ても問題なくできるんだけど、その分魔力操作が面倒になるんでやらない。ぐーたらするためには繊細な魔力操作は不可欠だけど、必要でないのであれば大雑把に。これもまたぐーたらの極意也。


「こんなモンかね」


 いくらヴォルフやギン達が大暴れしたと言っても、魔法が使えればちょちょいのちょいの5分くらいでおしまい。


「相変わらずとんでもねぇ魔法だよなぁ」

「慣れればどうって事ないよ」

「その慣れに達してる魔法使いが稀なのですよ」

「それはぐーたらを愛する心が足りないせいだね」


 別に俺の様にぐーたらの極みを目指さなくたって、詠唱が面倒だとか。魔力を回復させるのが面倒だとかといった怠けの心があれば、自ずと努力をすると思うんだが、この世界の住人は違うらしい。

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