第103話

「ふぅ……さすがに疲れたな」

「お疲れさん」


 キノコ達が柵造りに役に立たないんで、副会頭に荷車を引かせたおかげで数倍の速度で柵造りが終わったけど、随分と体力を消耗したみたいで荷車で横になっている。

 まぁ、それだけ頑張ってくれたおかげで随分な大きさの柵になった。

 高さ5メートルのサッカーコート2面分の広大なキノコ村が出来、そこから数十メートル離れた場所に小規模だけど狼用の水場を作った。ここに数が集まるようになれば、人力の食肉工場が完成する事になる。

 さて……フニーの回収も終わり、少量だけど狼肉の冷凍も終わった。後はさっさと帰ってのんびりゆったりぐーたらしようかなーと思ってると、数匹のキノコが俯き加減に近づいて来る。


「なんだ?」


 ふむふむふーむふむ……なるほどなるほど。


「リック少年。キノコ達は何と?」

「うん。柵の位置ズラしてって」

「なん……だと?」


 キノコ達の言い分を伝えたところ、副会頭が眉間にしわを寄せて老キノコに歩み寄る。


「ここまで盛大な柵を作らせておいて場所が悪いと言うのか貴様等は!」

「キノコに凄んでどうするんだよ。で? なんだってズラす必要がある訳?」


 なるなるふむなーるふむなる。どうやら俺が水源確保のために穴を開けた方角は魔力の通りが悪いらしく、そっち方面より反対側に伸びるように柵を作ってほしいらしい。


「なるほど。まぁ、お前等の好き勝手にさせりゃ土地が豊かになるから頑張って」

「さすがにもう一度あの荷車を引いてリック少年を移動させるのは骨が折れるのだが?」

「えー? 金級冒険者に勝てる実力なのにあの程度でへばっちゃうわけ? 本当に強いの? アリア姉さんだったら喜んで引っ張ると思うけどなぁ」


 脳筋アリアであれば、体力が有り余ってるだろうからこの程度の重さくらいだろうと体力強化にうってつけね! とか言いそうだ。


「やれやれ。骨が折れると言っただけで誰も不可能だとは言ってないだろう。このいずれ大陸中に覇を唱える大商会となるであろうルッツ商会の副会頭がこの程度で音を上げるとでも思っているのか!」


 と言いながら立ち上がったところですでにへばりにへばってる姿を目の当たりにしてるんで到底信用できる話じゃないが、キノコと比べるとやはりその体力・筋力は頼りになる訳で……。


「まぁ、途中でへばられても困るから軽量化しようか」


 とりあえず荷車をハニカム構造に。これで大分軽くなったと思う。ついでにサイズも縮小して4だった車輪を2にして大きく軽量化。これでさっきまでの半分以下くらいにはなったんじゃないかね。


「出来るのなら最初からやっておいてくれないか!」

「軽くしてって言わんかったじゃん。言ったらやったよ? 魔法なら少しは得意だしさ」

「それはそうだが……納得できん」

「過ぎ去った事に文句を言ったって仕方ないっしょ。それよりさっさと動く」


 急がんと飯の時間に遅れてエレナの無言の圧力を受ける羽目になる。なのでここで一旦帰ってまた後日としてもいいんだけど、そうなったら多分ひと月ほったらかしにする確信がある。なので今すぐやる。


「はぁ……フニーの値引きを期待してもいいんだろうね?」

「増量を期待しようじゃない」


 そう言ってキノコ達に目を向けると、数匹がこくりと上半身を動かしてどっかに立ち去った。これで大丈夫だろう。


「……さぁ。頑張って」

「ふぅ……では行こうか」


 随分と軽量化したおかげか、さっきまでと比べると副会頭の足取りは軽い。うん。これなら夕飯が終わるまでには何とか終わりそうだな。


 ——————


 あれから、何とか柵の位置を変更し終えた副会頭を乗せ、帰路につく。後ろには山盛りのフニーがある。乾燥させた方がいいか聞いたら是非にと言われたんで風と火魔法でカラッカラにしてやったら結構喜ばれたが、その逆にキノコ連中からは大層恐れられた。


「ふぅ……あれだけ走り回ったのは何年ぶりだろうな。明日目を覚ますのが少々怖いな」

「明日だといいね」


 年を取ると筋肉痛は数日後にやって来るなんて言うからね。

 それはどうやらこの世界でも知れ渡ってるらしく、ニヤニヤしながら告げると副会頭は眉間にしわを寄せて苦虫かみつぶしたような顔をしてる。


「そうなるほど老いてはいない」

「まぁ、明日になってみればわかる事だよ」

「……それよりだ。あの場所はこれからどうするつもりだ?」

「今のところは特に害はないから放っておくよ」


 フニーと狼肉が回収できるし、村からも結構距離があるからそう簡単にやってこないだろうし、来たとしても狼程度に越えられる壁じゃないし、ヴォルフやグレッグがその気配に気づかない訳がないからたぶん大丈夫だろう。


「確かに。害どころか益があるのだからな。しかしキノキノコが魔法を使う上に人の言葉を理解するほど知能が高いとはな……ギルドはこの事に気づいていないのか?」

「新人でも倒せる雑魚だから気付いてないんじゃない? それに、誰かにこの事を知られるとフニーの価値が下がると思うよ?」


 そこそこ高級品って事は、入手の手段が限られてるって事だ。であれば、こうして定期的に入荷できるというアドバンテージは限りなく大きい。つまりは儲けがデカいって事だ。これを逃すような副会頭じゃない。


「そうだな。この件は黙っておくとしよう。折角リック少年を引きずり回して柵まで作ったんだからな。苦労したというのに儲けが減るのは商会の副会頭としても個人としても看過できん」

「そうそう。こっちとしても高い値段で買い取ってくれた方がぐーたらライフに近づくんだからそうしておきなって」


 労せず金が儲かるんであればそれに越した事はない。


「またそれか……相変わらず欲のない少年だな」

「何言ってんのさ。働かずに暮らすっていう最高の贅沢を追い求めてるんだよ? これのどこが欲無しって言うのか理解できないね」

「普通の子供であれば、それだけの魔法の才があれば冒険者になるなり王宮に努めるために学園に通ったりするものなんだぞ」


 普通の子供ならそうするだろう。ワイバーンを単騎で百以上討伐できる魔力があれば、大抵のガキは英雄がどうのこうのって夢を抱いて冒険者なり王宮で筆頭魔法使いを目指したりするだろうが、こちとらブラック企業で働いてたおっさんなんだ。そんなもんに夢見るほどお花畑じゃない。


「そういうのはアリア姉さんに任せるよ」


 俺はあくまでぐーたら第一主義。なのであの村から出る事なんてほとんどない予定なんで、次期領主は兄のゲイツがしっかりとやってくれるし、冒険者とかはアリアがやってくれるんで、土地が貧しい以外は何の憂いもない。


「はぁ……まぁ、リック少年がそう言った性格のおかげで我々は利益を出せているのだから文句は言うまい」

「そりゃそうでしょ。だって言うのに余計な問題押し付けるなんて恩を仇で返されるなんて思ってもなかったけどね」


 白砂糖はかなり貴重だ。今までの砂糖と大して違いがないと分かっていても、体裁と見栄を気にする貴族連中であれば、すこぶる貴重な真っ白な砂糖ってのは喉から手が出るほど欲しいはずだ。自慢するにはもってこいだからな。

 なので、出所を知られないように言い値で売った。にもかかわらず普通にバラした上に面倒なのまで連れてきやがった。立派な背信行為だろう。


「相手は伯爵——それも、王国でも指折りの権力を有している大貴族だ。それを相手にシラ切り通すのは難しいと同情してもらえないか?」

「無理だね」


 だったら最初から買わなけりゃ良かったんだ。分不相応な物を売買するから余計な面倒事を引き寄せてこっちに火の粉が飛んでくる。

 つまり、最初の時点でルッツは詰んでいた訳だな。


「とはいえ、いずれ伯爵家にはリック少年が提案を断ったという報が届けられるだろう。それは大丈夫なのか?」

「大丈夫だと思うよ」


 いざとなれば隕石を降らせりゃいい。多分でっかいのを一発落とせば片が付くし、大抵の連中からは神の怒りにでも触れたんだろうと思われるくらいには信心深いから疑われる事にはならんだろう。


「……まぁ、リック少年であれば問題なかろう」

「問題なのはこれから付き合い方だから」


 もういつも通りなんてのは無理だ。すでに約束が反故にされたんだ。一度落ちた信頼を回復させるのは並大抵の努力ではない。それこそ今回の買い取り額を倍にすると言ったところで関係が修復されることはない。

 特に、今回ぐーたらライフを妨害するレベルの厄介事だ。とりあえず数年は儲けが大きく減ると思っておけと告げると、副会頭はがっくりと肩を落とした。

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