第101話
「さて……もう着いてるかな?」
逃げるように親方の所から帰還した俺は、亜空間から取り出した薬草と調理器具を籠を付けた土板に乗っけて村に向かう途中で、遠くの方にヴォルフのじゃない魔力を感知。
この距離だと昼過ぎくらいになりそうだからのんびり温かい飯が食えると少しだけウキウキしながら家に戻る。
「ただいまー」
「あらおかえりなさーい。もうすぐご飯できるわよー」
「じゃあ手伝うよ」
間に合ったようでエレナの機嫌も通常通りだ。念のために後で氷の再設置を心に決めて厨房に入ると、火を使ってるから当然滅茶苦茶熱い。強力な扇風機を設置したとはいえ焼け石に水とまではいわないけど、しんどそうなのは明らかだ。
さすがにエアコンレベルの冷風を出すのは駄目だろうけど、風魔法で熱気を移動させることくらいは問題ない。
「あらありがとー」
「なんのなんの」
熱気を逃しながら食材を切り、鍋に放り込むだけの簡単なお仕事だからな。
しかし……そろそろ塩味以外の調味料が欲しいよなぁ。胡椒は無理だとしてもハーブの類があれば味に変化が出せると思うんだけど、そういうのは高いか知られてないかなんだよなぁ。俺もそこまで詳しい訳じゃないのが拍車をかけてる。
理想で言えばもちろん醤油に味噌。ソースやマヨネーズドレッシングとかもいいな。塩と酢と油の簡単な物なら作れるかもだけど、この世界じゃ獣脂が一般的で植物油なんてあるのかすら知らん。今度ルッツにそれとなく聞いてみるか?
「リックちゃん?」
「んあ?」
「お料理運んでちょうだーい。それとアリアちゃん達を呼んできてー」
「ふえーい」
無魔法で家族分の皿をテーブルに運び、玄関を出ようとしたところで反対側から勢い良く開けられて顔面にクリーンヒット。
「あ? ちょうどいいとこに居たわね。汗流したいからこっち来なさい」
「いや、謝罪とかない訳?」
「どうしてよ。ただの偶然でしょ? んな事まで謝ってらんなわいよ。そんな事よりさっさとやんなさいよ。アンタのせいで母さんに怒られるの嫌よ」
むぐぐ……確かに今のはまったくの偶然と言われればぐうの音も出ない。それに、ちんたらしてると折角の穏やかな昼食があっという間に地獄に様変わりする。確かに遠慮したい。
ササっと済ませるためにいったん家の外に出て魔法で洗濯。その光景をぼーっと眺めてるとふと思い出した。
「父さん。お昼食べ終わったらキノコ採りに行ってくるね」
「そうか。同行は必要か?」
「別にいいかな?」
相手はちょっとした土魔法が使えるキノコ。俺の敵ではない。わざわざ尋ねたのは確認作業みたいなもんだ。ついて来ると言えば当然連れてったし。今みたいに大丈夫だと言えばのんびりゆったり回収に向かうだけだからね。
「はいおしまい」
こんな話がアリアの前で出来るのも水で耳を覆ってるからだ。もしこんな話を聞かれてたらアタシもついていく! とか言い出して迷惑だからこういう話は聞かせない。
一応冒険者がやってくる予定なんでそっちに目を逸らす事は出来るけど、眼鏡に適う奴じゃなかった時が面倒臭いが、その辺はルッツも織り込み済みだろうから問題はないと思いたい。
――――――
「ごちそうさまでした」
「はーい。おそまつさまでしたー」
今月は俺自らが王都に行ってたってのもあって、月末の末だってのにスープの食材がゴロゴロ入っててとてもおいしかった。
来月以降もぬいぐるみの収入分食材が購入できるし、フニィ茸も収入もプラスされるんでようやく最下級の食事から脱出できたと言ってもいいかもしれないね。
この世界に生まれて5年。ようやく人らしい生活が送れるようになったと考えると感動するねぇと1人感慨にふけってると玄関をノックする音が聞こえたんで戸を開けてみると、随分と不機嫌そうな副会頭が居るじゃあないか。
「随分不機嫌だね。どったの?」
「アークスタ伯爵の使いの者を追い出したらしいじゃないか」
「そうだね」
何せ忙しい身だ。王都ですらひと月。そこからさらに遠方へ向かうってなると、当たり前だが農作物どころか村人の生活にも影響が出る。そんな事になってまで遠征する必要性というのが伯爵領にはない。目的も砂糖に関する事なので猶更だね。
なのできっぱりすっぱり拒否した。そこに文句を言われたくはない。特に俺の薬草と調理器具で生計を立てているルッツ達にはな。
「あまりそういう事をしてほしくないのだが?」
「そういう事はルッツに言いな」
そもそも。砂糖なんて金の生る木を金貨10枚なんて安値で売ったのは口止め料を多分に含んでいたからだ。それをあっさり反故にしておきながら文句を言うなんて最近調子に乗ってるのかな?
「しかしだな――」
「文句は聞き入れません! 嫌なら俺から手を引けばいい。そうなったらこっちはまたイチから商人探すから大丈夫だよ」
商人を探すだけなら俺でも出来る。何せ魔法を使えば馬車とは比べ物にならん速度で飛びまわれるし、最終手段として転移魔法がある。これを使えば王都まで一秒以内。そっから交渉して実際に村までのルートを超高速で教えれば、2・3日で新しい商売相手の出来上がりって寸法だ。
「それは困るが、伯爵の顔に泥を塗られるのも困るのだよ」
「そこは諦めな。遅かれ早かれ俺と付き合うならこういう事は起こるし、これからもっと酷い事になるかもしれないからね」
「酷い事?」
「戦争とかだよ」
今はまだ平和的な状況だけど、いつ内部貴族が俺達へ攻撃してくるかは分からない。明日かもしれないし、一生ないかもしれないけど、そうなれば容赦するつもりはない。隕石降らせて一発KOに持ち込める。俺のぐーたらライフを邪魔するものは死あるのみ。
「ううむ……確かに君達には敵が多いが、さすがにそこまでやるような連中はいないと思うのだが?」
「分かんないよ? 今はまだ小金を稼いでる程度だから気にされてないかもだけど、いずれはここを俺がぐーたら出来るくらいには繁栄させるつもりなんだから、万が一があると思わない?」
未来永劫貧乏で居続けるつもりはない。もちろんセレブになるつもりもないが、ここを普通の町くらいまで発展させればそれはそれで目を付けられる可能性は高くねぇか? って考えてる。
「うーむ……本当にそこまで発展するのであれば可能性も無きにしも非ずだ」
「でしょう? それを考えると1人の伯爵に目を付けられた程度であたふたしたってしょうがないよ」
すでに数十の貴族に嫌われてるんだ。そこに1つ追加された程度で何とも思わん。
「本当に5歳児か? 肝の座り方が尋常ではないぞ?」
「別にここで文句を言ったって本人の耳に届くわけじゃないしね。それよりもルッツはどったの?」
「使いの者と一緒に伯爵領に向かった。リック少年の無礼の謝罪のためにな」
「何言ってんの。それがルッツの仕事でしょ」
金貨10枚は伊達ではない。それで勘弁してやったんだからできる仕事は全力でやってもらわんとな。
「そんな事より新しい商品の仕入れに行くからどいて」
「新たな商品だと?」
「フニーってキノコ」
「……こんな荒廃した土地であれが手に入るのか?」
「そ。生産者と知り合ってね。これから取りに行くつもり」
「同行は出来るのか?」
同行かぁ……。別に構わないっちゃ構わないけど、相手は魔物だからなぁ。アリアだったら問答無用でノーと断言するけど、副会頭だったらちょっと面倒だけどこっちの言う事をちゃんと聞けるからいいか。
「武器を置いていくって言うならいいよ」
「別に構わんぞ? たとえ徒手空拳なれど金級冒険者に劣らぬ活躍が出来るほどの男であるからな」
普通にOKが出たんでサクッと土板を作って出発——の前に連れてきた奴隷従業員にいろいろと指示を出すのを忘れない。こうしないと行動に移れないのが奴隷の面倒なところだね。
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